3
ウルドが完全に去ったのを確認して、ルークはキルリアに目を戻す。
「ごめんね、煩くしちゃって」
「……いえ」
静かに、でも目を合わせず答えたキルリアを見て、ルークは目を細めた。
「あいつ、まだ子供だから、ああでも言わないと、出ていかないだろうからさ。今言った事は全部忘れて。僕らは君を罰する気はないから」
そう言ってルークはキルリアに微笑み掛ける。それでも、キルリアはルークを見ようとはしない。ただ、伏し目がちに淡々と言った。
「いいえ、罰してください。私は国を騙し、この国民の命を奪った事もある。死罪は当前です」
「そうはいかない。情状酌量の余地はあるし、何より、君を失う事は国の損害にしかならない」
淡々と語るルークに、キルリアは目を伏せた。そして、何かを押し殺すように息を付く。
「シャルア殿下、貴方は何か勘違いをなさっているようですね」
「してないよ。確信している。……もう、ルークとは呼んでくれないのかい?」
寂しそうに笑ったルークに、キルリアはぐっと腕を握り、押し殺した声で答える。
「そんなこと、……出来ません」
これ以上、話してはいけない。そう思って、キルリアはルークに背を向ける。しかし、そんなキルリアの青い髪を、ルークはそっと撫でた。
「リリュート」
「違う、私はっ……」
「ごめんね、すぐ助けてあげられなくて」
ルークの言葉に、キルリアは、はっとして振り返る。そして、優しげな青い瞳と出会う。懐かし面影が、そこにはあった。
「……頑張ったね、リリュート」
「……ルーク兄さま」
ぽつりと呟いたキルリアは、心の中で何かが崩れた気がした。目の前が歪む。涙が溢れて、頬を伝う。
「生きていると分かったなら、何としても助けに行ったのに……。ごめんね」
申し訳なさそうに目を伏せたルークに、キルリアは首を横に振った。
「覚えていて、くれただけで、十分です」
しゃくり上げながら、涙で頬を濡らして、キルリアは言う。そんなキルリアの頬に手を当てて、ルークは微笑んで言う。
「忘れる分けないよ。可愛い、たった一人の従妹だ」
「ルーク兄さま……」
キルリアの涙に触れるルークの手が温かくて、キルリアはルークの手に自分の手を重ねた。それでも涙は止まらなくて、次から次へと涙は溢れて、キルリアは、まるで幼い子供のように、ルークの手に縋って、声を上げて泣いた。
ルークもそんなキルリアを静かに見守り、何も言わずに小さな子をあやすようにただ、その肩を撫でていた。
泣きじゃくるキルリアを見ていると、彼女がまだ小さな少女だと、改めて思い知らされる。たった13の少女は、その短い人生でどれだけの苦難を味わってきたのか。泣くことも訴えることも、誰かに縋ることもできなかったに違いない。小さな彼女が今までどうやって生きてきたのか。思いやるとルークは心が痛んだ。そして、改めて、これ以上、この子を苦しめる事はさせないと誓わずにはいられなかった。
やがて、縋るように泣いていたキルリアも落ち着いたころ、ルークはその細い肩を撫でて、静に言った。
「大丈夫。もう、君を魔王には渡さないから。僕らが君を護るから」
しかし、ルークの言葉に、キルリアはビクリと肩を揺らし、身体を硬くした。
「……リリュート?」
その様子に首を傾げたルークが名前を呼ぶ。キルリアはその声に、目を伏せ、一つ息を付くと、ルークの手を自分から引き離した。その様子にいやな予感がして、ルークはキルリアを伺う。そんなルークに、キルリアは微笑んで言った。
「ルーク兄さま、遅いのです」
「え?」
「もう、遅い。……どうか私を、この国から追放してください」
キルリアの言葉に、ルークは目を見張る。
「何故だい? 一度は君を見放した僕らを、信じられないからなのかい?」
不安げなルークに、キルリアは微笑んだまま、首を横に振った。
「そんなことはありません。助けてくださったことも、覚えていてくださった事も、本当に感謝しています。だからこそ、私はここに居てはいけない」
「……わからないよ、リリュート。折角、再び生きて君に逢えたのに」
困ったようなルークを見つめて、キルリアは改まったように言う。
「ならば、こうしましょう。『リリュート』はもう居ません。彼女は10年前に死にました」
「どういうこと……?」
「私はキルリアです。魔王の娘。魔王の使い魔。ライトリアになったのも、あの方のため。それ以外にはなりえないのです」
「なんで……」
困惑するルークに、キルリアは微笑むだけで答えない。その笑みにはすべてを悟ったような覚悟が見えて、先程見せた弱さなど感じられない。その事実に、ルークは驚いていた。これが、13の少女なのか。ルークは信じられなかった。そして、彼女をここまで追い詰めたものに憎しみを覚えた。
「……わかった。父上に話してみる。しかし、体が治るまではここにいてくれ」
そう言って立ち上がったルークに、キルリアは首を横に振って言う。
「殿下、それでは、遅いのです。今すぐに」
「キルリア・ファクト」
キルリアの言葉を遮ったルークの声色に怒りが見えて、キルリアははっとルークを見上げる。
「これは命令だよ。君もライトリアだろう。それに、そういう事なら尚更罪人を野放しにはできない」
「シャルア殿下!」
「また来るよ」
キルリアの訴えには答えず、踵を返したルークは、振り返ることなく病室を出ていった。
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