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 キルリアと男が消えて通常空間に戻っても、ウィルダムは驚いて立ち上がることも出来なかった。ただ夢から覚めたような感覚が残るだけだ。全てがなかったのかのような気持ちになってくる。しかし、体はまだあの恐怖を覚えていた。

「なにが……」

 そう呟くと一番後ろの席に座っていた少女が振り向いた。

「あら。やっときたの? もう、終わっちゃったわよ」

 少女もクラスメイトでライトリアの一人だ。入口に座り込んだまま動かないウィルダムを見て不思議そうにしている。

「ウィルダム?」

 名前を呼んでも反応がない。どうしたのかと少女が、ウィルダムを揺すると、突然、ウィルダムは立ち上がった。

「……どうしたの?」

 驚いた少女が、恐る恐る問う。ウィルダムは立ったまま少女を見下ろして聞いた。

「サーシャ、キルリアはどこだ?」

 あまりに真剣な表情で聞かれたことに少女は驚いて、一瞬怯んだ。

「……キルリア?」

 少女は確かめるように聞き返す。その反応にウィルダムはいやな予感がした。

「……それ、誰?」

 少女は不思議そうに言った。嘘だと、冗談だと思いたかったが、その反応は、本当に知らない者の反応だった。そして、少女の瞳にも嘘の気配はかけらもなかった。

「……マジかよ」

 そのことを理解したウィルダムは毒づいた。少女はキルリアのことを本当に知らないのだ。知らないと言うより、忘れたと言った方がいいかもしれない。つまり、記憶の抹消だ。

 確かに、魔術にはそのようなことをする力もある。ウィルダムはそこまで考えると、教室を飛び出した。

「え? ウィルダム!」

 少女の呼び掛けにも振り返らず、ウィルダムはあるところを目指した。そこは、二階に降り、棟の端にある、書庫だった。

 書庫には、今までの資格や賞の受賞者名簿やクラス名簿が置いてある。ウィルダムはカビ臭いその部屋に入ると、現在の特別選抜の名簿を出した。ページをめくり、今現在の所属者のページを探し、そこに記されている名前を上から順に指でたどっていく。やがて、自分の名前のところで指が止まった。

 そこには、六人の名前があった。その一番下が、ウィルダムになっている。七番目は、空欄だった。

 ウィルダムは、それでもあきらめず、他の賞の名簿を開いたが結果は同じ。どこを探しても、キルリアの名前は存在していなかった。まるで、始めから存在していなかったかのように、全てが消えていた。

 本当に夢だった。

 そう、割り切ってしまいたかった。しかし、ウィルダムは覚えている。朝、いつものように仕事を教えにきてくれたのも、あのとき、自分のために行ってしまったことも。泣きながら、ごめんと繰り返していたことを、ウィルダムは鮮明に覚えていた。

 ウィルダムには、あれを幻なのだと言い切ることは出来なかった。

「……くそっ」

 何も出来ない自分が腹立たしい。そして、キルリアが本当に《闇》にさらわれたのなら、それを報告しなければならない。

 たとえ、キルリアが《闇》の者だったとしても。

 ウィルダムは書庫をでた。その足で一階にある学長室に向かう。

 帰らなければ、とウィルダムは思った。


 そして翌日、ウィルダムの姿はすでに学院にはなかった。

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