研究員の日記 七月三十日(プロローグ 22/25)

 研究員の日記 七月三十日


 二台目の錬換れんかん端末が完成した。


 一週間後、隊長に続き田中も二人目の錬換武装兵士となって、二人で向こうの偵察に行くことに決まった。

 亮次りょうじもしきりに同行したいと願い出たが、これは却下された。

 一番反対したのは叢雲むらくも博士だった。かわいい甥をもう二度とあのような目に遭わせるわけにはいかないという思いが強いのだろう。


「もうあの時のようなヘマはしません」


 と亮次も食い下がったが、その希望が通ることはなかった。


 錬換武装兵士第二号誕生を祝ってその夜は祝宴が上げられた。

 その宴の中でも、亮次は転送への未練を漏らしていた。

 子供の頃に胸躍らせながら読んだ本、観た映画、アニメ、遊んだゲーム。そこに描かれていた未知なる地を進む冒険譚。

 地球にはもう未開の地は残されていない。深海や宇宙などは別だが、そこへ行けるのは選ばれた特別な人だけ。一般の冒険心溢れる有志が個人で開拓できる場所はもうどこにもない。

 しかし、遺跡から転送して行く〈向こう〉は違う。自分は幸運にもその「選ばれた特別な人」になることができた。何としてももう一度行きたい。

 そんなふうに自分の気持ちを熱く語っていた。

 語りに熱中していたのか、その間、亮次はほとんど飲みも食べもしていなかった。もっとも傷に障るため、飲食も制限されているという話だったが。


 私は目の前の霧が晴れるような感覚を憶えた。

 亮次の他、ここにいる誰かたったひとりでも、〈向こう〉を新たな土地、資源の利用という利害の計算以外の、未知なる場所への冒険心という捉え方で見ていたものがいるだろうか? 私ももちろん。

 亮次の目は、怪我をする以前よりも輝いているような印象を受けた。

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