研究員の日記 五月六日(プロローグ 12/25)

 研究員の日記 五月六日


 容易には信じられない。


 私の説明を聞き終えたものは皆、そんな表情を浮かべたまま押し黙っていた。

 最初に口を開いたのは藤崎所長だった。


「本当に可能なのか? そんなことが」


 私は頷き、


「お話した通り、私はこの目で一度だけ見たことがあります」


 そう言って配布した資料のページをめくった。

 そのページには、石製の猫の像が写った写真が載っていた。大きさの比較となるよう、煙草の箱も一緒にその写真に収められている。猫の彫像は、箱の半分ほどの大きさしかない。

 私の動きを真似るように、皆次のページをめくる。

 そこには、見開きの二ページを使って連続写真が載せてある。この猫の像がいかに作られたかを物語ったものだ。

 確かに、これをいきなり見せられて、「こうやって作ったんだ」と言われてもにわかには信じがたいだろう。


 一枚目の写真は、テーブルの上に大人の拳大の石が載せてあるだけだ。その右上に先の尖った金属製の器具が見切れている。

 二枚目、その器具の先端から、白い光のようなものが石に向けて照射されている。

 三枚目、ここからだ。光の当たった石の表面から、二つの三角形をした突起が突き出ているのがわかる。

 四枚目、その二つの突起は、丸いものにくっついた形で、さらに石から突き出ている。これは完成品である像の猫の耳と頭部なのだ。つまり、この猫の像は、石を削りだして作られたものではない。照射された光によって、石の中から出て来たものなのだ。

 連続写真の最後は、完成された猫の像が完全に石から抜け落ちた瞬間で終わっている。元になった石は、像が出て来た部分がクレーターのようにえぐれている。石のこの部分を材料にして猫の像は作られたということだ。


「レーザーのようなもので石を削り取って作っているということなのかね?」


 藤崎所長が私にそう質問してきた。一度の説明では理解、いや、納得してもらえなかったようだ。無理もない。


「違います。先ほども説明しましたが、石に照射された光のようなものは、プログラムなのです。そのプログラムが石の分子に働きかけ、猫の形となるよう分子配列を組み替えたのです」


 私のこの説明に、「そうなのか」と膝を打つ人間はひとりもいない。当然だ。信じられるわけがない、こんなテクノロジーが存在するなど。


「今は元となる材料を加工したものしか作れませんが、費用と時間を掛けさえすれば、研究はさらに進むと叢雲むらくも博士は言っています」

「君の言葉の意味がわからんが……」


 藤崎所長は頭の中を整理するように、少しこめかみを押して、


「『元となる材料を加工したものしか作れない』とは、どういうことかね? そんなものは当たり前だろう。石をいくら削りだしても、石は石だ」

「違うんです」


 私は声に力を込めた。


「先ほども言いましたが、これは削りだして作られたものではありません。分子の配列を変えて作られたんです。研究が進歩すれば、分子間で原子、電子の数のやり取りを操作することも可能になると叢雲博士は言っています。つまり、石から金属や樹脂といった別の材質を作ることも可能となるのです」


 ざわめきが起きたが、私はかまわず続ける。


「さらに、像のような削りだしのムクのものだけではなく、複雑な部品が組み合わさった機械を作り出すことも将来的には可能です。……例えば、銃器のような」


 ざわめきはさらに大きくなった。その声を静めて所長は、


「〈向こう〉にある石や岩を使って、武器を作成する、ということか?」


 私は頷いた。


「だが、そもそも、そのための機械を持ち込むことが――」

「できます」


 私は所長の言葉を遮って、


「このプログラムは記録媒体にデータとして入れておくことが可能なんです。元はプログラムですから。それなりの容量を必要としますが、向こうにこのプログラムを入れた記録媒体を持ち込んで、作動させればいい」

「銃器さえ向こうで作製可能ならば、銃弾程度の大きさのものは、回数さえかければいくらでも持ち込むことは可能、か……」


 得心したように藤崎所長が言った。それを受けて私は、


「叢雲博士によれば、弾丸の精製も可能だそうです。ただ、火薬などの化学薬品を作ることは難しいそうなので、銃器類はすべて電動ということになります」

「電動。電気で動かすと?」

「そうです。超小型超大容量バッテリーを搭載した強化服を先に精製し、武器の動力はそこから得る設計だそうです」

「強化服?」

「そうです。強化服に身を包み、変幻自在の武器を操る戦士を、〈向こう〉に送り込むんです。その戦士が、あの怪物どもを駆逐します」

「とんでもない技術だ……まるで錬金術のような」

「叢雲博士は、この技術をこう名付けました。〈錬換れんかん〉と」

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