研究員の日記 五月十五日(プロローグ 13/25)
研究員の日記 五月十五日
私とは別口に、もうひとつの計画が訴状に上げられていたらしい。それは、人体に改造を施し、肉弾戦闘に特化した兵士を創り上げるという計画だったそうだ。
人体しか向こうに持ち込めないのなら、人体そのものを戦闘兵器にしてしまおうという考えだ。しかしこれは人道的な見地から却下された。
当然だろう。誰も好きこのんで改造人間になりたがるものなどいるわけがない。強制して改造手術を施したとしても、そんな経緯で生まれた戦闘人間が、素直にこちらの言うことを聞くとは思えない。
しかし、叢雲博士の研究がなければ、そちらが採用されていたかもしれない。体だけでなく、脳にも改造を施されて、従順な戦闘マシンが作り上げられていたのかもしれなかった。
当の叢雲博士は、この話を快諾した。
博士の研究施設をここへ持ってくることはできないため、資金と必要な物資を援助し、週に一回、もしくは劇的な成果が上がったときのみこちらに来てもらいミーティングを行うという決まりとなった。
叢雲業蔵博士。この名を知るものは多くない。
博士は現代から見ればオーバーテクノロジーとも言えるような数々の研究を行う科学者で、そのせいもあり学会ではほとんど相手にされていない。
だが、ただのマッドサイエンティストと一笑に付していい存在ではない。
その数々のオーバーテクノロジーの研究の中に、ある程度実現の段階に差し掛かっているものが少なくないからだ。
〈
それほどのものを作る技術と知識がありながら、略歴は一切不明。
〈博士〉と言っても、正確な博士号を取っているわけではないため、博士という呼び方は愛称のようなものだ。学会が叢雲博士を遠ざけるのは、そんな理由もある。
私はある研究を通してその存在を知り、博士の元を訪れることが何回かあった。〈錬換〉もその時に見せてもらったものだった。
「どんな使い道があると思う?」
〈錬換〉を見せられ目を丸くしている私に向かって、博士が投げかけた言葉だ。
何を言っているんだこの人は? と思った。
こんなものが実現――いや、実現はしているのだが――したら、その用途は無限大ではないか。何の目的もなしにこんなものを研究、そして実現していたというのか。
私はこの人物が恐ろしくなって。それから足を運ぶ機会を少なくしていった。
しかし、今こそ叢雲博士の研究が必要とされている。
久しぶりに連絡を取った私のことを博士は忘れていたようだったが、すぐに思い出してくれた。
叢雲博士が先に〈遺跡〉を見たいと言ってきたので、本日、博士を案内した。叢雲博士がここに到着したのは午後二時のことだった。
藤崎所長の説明を聞き、その目で実際に遺跡を目にし、調査隊の報告書を読み、転送の様子を記録した映像を見せられても、叢雲博士はほとんど表情を変えなかった。
私は、やはりかなり気難しいというか、変な人だなという、昔のままの印象を受けたが、すぐにそれは覆された。
その夜、博士の歓迎会と称した飲み会において、酒が入った博士は昼間とは別人のように饒舌になり、よく笑った。
最初こそ唯一の知り合いである私や、藤崎所長としか話さなかったが、興味を持った研究員らが会話に加わると、話は段々と盛り上がっていった。
博士の研究チームには自分の甥も在籍しており、これが身内
〈錬換〉についての質問にも答えていた。
今のところ、あまり大きな物体を作る事はできない。せいぜい武器としては長剣くらいの大きさが限界だということ。
〈錬換〉の材料となるものは、無機物しか使えないこと。有機物、つまり、生物や死体を材料にして錬換はできないという。
有機物というからには、生物に限らず、木材や、石油を原料に作られたプラスチックなども材料にはできないということだ。
この原因はよくわかっていないが、有機物特有の複雑な分子配列が、錬換プログラムに干渉して阻害しているのではないかと語った。岩などについている微生物などは、錬換時にふるい落とされてしまうのだという。
その他に、水などの液体も分子間の結合が弱いため材料としては使えない。
砂や土などは可能だが、鉱物や鉄などを材料にするよりも精製に時間がかかる。などといったことを教えてくれた。
「砂や土を固めて何か作ろうとしても、すぐに崩れてしまうだろう」
博士はそう説明した。
これらの問題の解決とともに、いずれ化学薬品なども作れるようにしたいと博士は語った。そうなれば、食料の精製も不可能ではなくなる。
身ひとつで敵地を進み、武器、弾薬、食料もすべて現地で調達。補給いらずの無敵の兵士、〈錬換武装兵士〉の構想を博士は語った。
「似ていますね、あの遺跡と。あれは生体は通すがそれ以外の物質は通さない。というか、破壊されてしまう。博士の錬換は、無機物には有効だが、有機物には効果がない」
ひとりの研究員の言葉に博士は、
「言われてみればそうだな」
と静かに返しただけだった。
「ところで、博士の研究されているその錬換なる技術ですが、いったいどういう経緯で発見されたのですか?」
他の研究員のひとりが浴びせたその質問には、答えを語ることなくうまくはぐらかしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます