研究員の日記 五月四日(プロローグ 10/25)
研究員の日記 五月四日
上の決定は即座に下された。
「何としても〈向こう〉の調査を行い、有効利用できるよう開発する手段を見つけろ」
というものだった。
勝手な言い分だが、理解はできる。
恐らく、いや、確実にあそこは地球上の土地ではない。地球とよく似た別の星である。
あの転送装置は誰が何の目的で作ったのか? あの星と地球にはどんな関係があるのか? 向こうの星で我々が見て襲われかけた怪物は何なのか?
向こうにも転送装置があるということは、向こうの星にも知的生命体がいたはずである。
しかも、現在の地球の科学力であんなものを作れるはずはないから、あれはどう考えても向こう製のはずだ。
それほど高い科学力を持ったものたちが、どこへ行ったのか?
謎は尽きないが、上にとって大事なことは、
「まだ誰の(地球人に限ってだが)手も付けられていない土地が手に入る」
これに尽きる。
しかも、土地などという生やさしいものではない。
地球と同じ重力が働いていたということは、向こうの星も地球と同じ大きさ、質量があると考えて間違いない。土地の利用、資源の活用。どれほどの利益をもたらすか知れたものではない。
何としても手に入れたいという気持ちは理解できる。しかし、それが可能かどうかはまた別問題だ。
遅い朝食の後、会議に招集された。
昨日のような大規模なものではない。調査メンバー、藤崎所長と久しぶりに現場にやってきた数名の幹部による小さなものだ。議題は予想した通りだった。
「何か、有効な手立ては考えられないか?」
藤崎所長の口からのその言葉に、即答するものはいなかった。
もちろん私も何も考えなかったわけではない。
しかし、まずあの星をどうにかしようとしたら、あの怪物との交戦は避けられないと思われる。
地球の武器で対抗できない相手ではないだろうが、我々にはその武器を向こうに持ち込む手段がないのだ。
どんな技術を駆使して完成させた超兵器を携えたとしても、転送機を通せばただのスクラップと化してしまう。そうなれば対抗できる手段は徒手空拳のみ。とても敵う相手とは思えない。
「試しに屈強な格闘家などを派遣して、戦わせてみてはどうか」
などという無責任な意見をひとりの幹部が出したが、調査メンバー全員に藤崎所長も加わり却下した。あの怪物を見ていないからそんなことが言えるのだ。
誰かが言葉を発するより、沈黙の時間のほうが長くなり始めた頃、調査メンバーのひとり、
「今朝、歯を磨いていて思ったのですが……」
吉村は、そう前置きして、
「私の奥歯には詰め物がありますが、それは無傷です」
それを聞いた田中が顔を上げて、
「そういえば、私の右膝にもボルトが入っていますが、何ら支障はありません」
生体でなくとも、その一部を補っている物体であれば、生体の一部と認識するのか? または、生体内部に閉じ込められた物体までは破壊されないのか?
再び実験が開始されることになった。
問題はその実験方法だった。
方法として、スポンジで包んだ金属片を口の中に含み転送するという案が採用された。
もし金属片が粉々になったとしても、スポンジで包んでいるため口内を傷つけることはないだろう。スポンジがいくら粉々にされようと、緩衝材としての役割は果たすはずである。
もうひとつの問題は、向こうに待ち構えているであろう怪物だった。
転送したはいいが、向こうに着いた直後怪物に囲まれて即攻撃を受ける。などというようなことがあったら目も当てられない。
調査の際、一番最後に帰還した隊長の話によれば、自分が最後にタイマー機能を使って帰還した直前までは、怪物が向こうの遺跡内部に侵入してきた様子はなかったと語った。
我々が怪物に追われて扉から逃げ込み、全員が帰還し終えるまで、数分の時間を要した。そのくらいの時間があれば、怪物がとうに扉から侵入し我々に追いついていてもよさそうなものだが。怪物はあの扉から向こうへは侵入できないのかもしれない。
今はその推測を便りに、怪物はまだあの扉を開けて内部に侵入してはいないと信じるしかない。
実験は明日行われることになった。
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