研究員の日記 四月十二日(プロローグ 4/25)

 研究員の日記 四月十二日


 チューブの中に入れられたパソコン、ディスプレイ、キーボード、マウス。通常使用するときのように、整然と配置されている。マウスの下にはマウスパッドまで敷かれている。

 そのパソコン一式は、数十秒後にはスクラップとなった。本体もディスプレイもキーボードも、もはやどれがどのパーツを構成していたのかも判別できない程粉々に。

 これを回収するのは骨だ、とでも言いたげに、億劫そうな動作で防護服を着た研究員がチューブの中に入る。

 私は思わず山根と目を合わせた。

「今度こそ、次はモルモットが、あの透明な檻に入ることになるな」

 私と山根は視線で会話した。


「……聞こえますか、モニター室」

 スピーカーから声がした。声の主は、今チューブ内に入った研究員のようだ。防護服の中にはマイクとスピーカーが備え付けられていて、このモニター室と会話できるようになっている。

 藤崎所長が手元のマイクを引き寄せ、

「どうした?」

「……ゴキブリです。ゴキブリがいます」

 モニター室は静寂に包まれる。すでにルーティンのように帰り支度を始めていた所員らも、動きを止めた。

「ゴキブリ?」

 藤崎所長は研究員の言った言葉を反芻した。

「はい、ゴキブリです。恐らく……パソコンの中に入り込んでいたのではないでしょうか?」

 あのパソコンは実際に使用していて、不要になったものだと昨日山根は言っていた。高温状態が保たれ、ある程度の空洞もあるパソコン内部は、ゴキブリにとって格好の住処なのだろう。私も昔、パソコンを分解したら中からゴキブリが出て来て驚いたことがある。

「それは……つまり」

 所長の声が少し震えているのがわかる。

「はい。このゴキブリは、〈生還した〉ということなのではないでしょうか?」

 モニター室がざわつく。

 遺跡の研究員は、小型カメラを持ち出し、パソコンの残骸の中にいるゴキブリにレンズを向ける。サブモニターには、粉々になった残骸に体を捕られ、もがいているゴキブリの姿が映し出された。

 普段であれば、こんな大画面で見るのはご免被りたい醜悪な映像だが、今はモニター室全員の刺すような視線を浴びていた。

「……生物は無傷?」

 藤崎所長は呟いた。小さな呟きだったが、マイクを持った状態のままだったため、その声は部屋中に響き渡った。

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