第28話「甲斐性の権化」

「着いちまったな」

「着いたね」

「着いてしまったのね」




「………いや、早く着くのは悪いことじゃないよ…」


そんなラークも少し苦笑いをしている。なんてったって、1カ月半ほど掛かる予定だった旅が、ものの20日程で終わってしまったのだ。実際、旅は超高速だった。24時間、ほとんど竜車は走り続けていた。御者さんも竜車の走竜も休むことなく走り続けた。最初は身体の心配をしていたが、御者さんの


『大丈夫。全て任せなさい』


その一言でいつもいなされていた。実際こうやって着いてしまったんだから何も言えない。魔獣さえ一匹も出なかった。観光?まあ窓の外は眺めていたよ。外に出ることは滅多になかったけど。三度の食事と、途中の街で食材を買う程度だったんじゃないか?


そんなこんなで、王都の中央通りが俺達の目の前に姿を現していた。王都ダインアレフ。この国で一番大きく、王族の住む街だ。政治の中心であり、またその分経済も発展していて商店や娯楽の数も半端ではない。


街の中央には高くそびえる真っ白な王城。この構図、俺は東京と千葉の間にあれを思い出した。なんか人外の生物が沢山居る場所だ。あれくらい広いんじゃないか、ここ。


「何はともあれ無事ダインアレフに着いたわね。ここまで連れてきてくれた御者さんにお礼を言いましょう。王国騎士団の方じゃないんでしょう?」

「そう言ってたね。騎士団は遠征とアラハンの復興に人員を割いていたからこっちにまで回らなかったみたいだ。僕たちもそっちを優先してもらったほうがいいし、本当にありがたいよ」

「冒険者ギルドの依頼とも言ってたぞ。まあ、それくらいしか教えてくれなかったけどな」

「ボクらと挨拶くらいしかしてくれなかったしね…もっとお話したかったんだけど」

「ちょっと声かけてくるよ、俺」





少し離れたところで走竜の手入れをしている御者さんに声をかけてみた。…いつもは必要最低限しか話してくれないけど今日は少し粘ってみるか…


「御者さん、20日間ありがとう。お礼がてら、皆で昼食でもどうかな。といってもお店は全然知らないんだけど」

「…生憎、少し用事があってね。残念だけれど。あと礼はいい。ギルドの依頼だしね。君達も気にせず目的のところに行くといい」


…やはり手ごわいな。全身真っ黒の怪しい人だけど、悪い人じゃなさそうだからちゃんとお礼をしておきたいんだよな…うん…子供としか見られてないならなんとかキッカケを作ってみるか。


「…そんなこと言わずに是非。"高名な召喚士"のお話も聞きたいですしね」

「…ほう。カマかけにしてはほぼ確信している目をしているな…面白い、少しだけ話そうか」


これだけ休みも無く移動できる走竜なんていない筈だ。なら考えられる可能性は走竜を交代させていたということ。魔獣が出なかったのも、出なかったのではなく、召喚した魔獣を使って、近くに来る前に敵を撃退していた可能性が高い。撃退だけなら魔法使いというのも考えられるが、走竜の方は魔法では説明がつかない。…一番考えられる可能性は、少し可能性が低いのは否めないが、彼がやり手の召喚士であるということだ。





「…では改めて。私(わたくし)はガレット・サッチ。西海の向こうの、島国の生まれの騎士ですの。20日間、大変興味深い経験をさせて頂きましたわ。貴方の名前も教えてくださる?」

「……………それは想定外だ」

「…?どうなさったの?」


フードを取った彼は、彼女だった。


女性で!しかもかなりの美人で!お嬢様口調なんて予想できるか!目線は青く鋭いけど、どこかお姫様然としているその素振りもなんだ!…いや、今は名乗らないわけにもいくまい。


「アラハンのリッカです。王都まで本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ楽しい日々でしたわ。あんなにゆっくり出来たのも久しぶりでしたし。報酬は頂いておりますが、いい休暇になりました」


金の長髪を揺らしながら、まるで顔の周囲に花が咲きそうな笑顔でそう答えた。20歳前後だろうか。…いや、外国人の方の年齢は外見と比例しないからな…でもそれくらいだろう、多分。ていうかあの速度で休暇かよ。何者だよ本当に。………あっ


「ガレット…?」

「はい。私(わたくし)の名前はガレットですが…?」

「"唯一丿軍(セルフェス)"のガレット・サッチ…グレブリアの英雄じゃないですか!」


西海の向こうの島国グレブリア。そこの内戦を一週間でおさめた英雄。その尋常じゃない魔力量で召喚魔獣達を束ねいくつもの戦場を1人で駆け抜け生還した聖女。ついでにその国の王女。ついた名前は唯一丿軍(セルフェス)。


「私(わたくし)をご存知ですのね。本を読まれたのかしら?あの本に書いてあることはほとんどが嘘の情報ですので、あまり買いかぶらないで頂けますと幸いですわ」

「…いや、大半が嘘でもいいんだ。貴女が国を救ったということさえ事実であれば。シィル?」

『ナニ?』


俺の服の中に入っていた風の妖精を呼び出す。シィルは服の間から顔を出すと、少し不思議そうに俺を見上げた。街の中じゃ顔を出すなって言ってあったからな。


「…妖精ですわね。それも高位の。貴方も召喚士を目指しているのかしら?」

「ええ。全力で。それしか能がないし。…全く気付かなかったけど、貴女に会えて本当に良かった。貴女のような召喚士になれるよう努力するよ」

「私(わたくし)なんてまだ修行の身ですわ。この国に来たのも武者修行をしたかったからですし」

「意外とぶっとんだ性格してますね貴女」

「あら?召喚士になろうとしている貴方も人のことが言えなくってよ?」


そう言うと彼女は俺の左頬に唇を寄せ、口付けをした。


「ふふっ私の国の挨拶ですわ。…少しこの国の殿方には刺激が強かったかしら?またお会いしましょう、リッカ!妖精さんも、また会いましょうね!」


『バイバイ!』


そういって彼女は走竜と共に過ぎ去っていった。竜車を置いて。後で別の走竜が来るんだろう。そうだ、その筈だ。なんかこう、そうやって別の事を考えて思考を紛らわせないと後方から感じる殺気に対してめげてしまう気がするんだ。




左肩に指が食い込む。1センチくらいかな?結構な深さだよ?それくらいも結構余裕で埋まっていくんだから人体って不思議だよね?



「…浮気?ねえリッカ君、浮気?」

「…いや…ただ挨拶してただけなんだけど…」


右肩に指が食い込む。今度は2センチくらいかな?これも結構な深さだよ?人体にとってはもう深海みたいなもんだよ?それすらも余裕で埋まっていくんだから人体って不思議だよね?いややっぱり余裕じゃねえわ超痛いわ。


「…リッカ、あれは誰なの?ていうか一か月間ワタシ達に隠れて何かやってたの?」

「…隠れる場所も時間もなかっただろ…」





「リッカはどんどん甲斐性の権化みたいになっていくね、お兄ちゃん嬉しいよ」

「茶化しやがったな…」

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