第26話「旅の話」

アラハンから王都へ。その移動時間は1ヶ月半程だ。1番平坦な道を竜車で行ってもそのくらいになってしまう。道も舗装されていない箇所がほとんどだ。何度かは車輪を取り替えながら進まないといけないだろう。


俺もそうだが、馬車は早く進むものだと思っている人が多いんではないだろうか。だが実のところ人より少し早いくらいであり、利点は歩かないで済む、大量の荷物を運ぶことができる、と言ったところだろうか。竜車は馬車よりは早いのだろうけれど、この舗装されていない道をそんな速度で走っていたらこっちはたまったもんじゃない。


でも、俺はこの世界で初めて"旅"をするんだと思う。前世で言えば旅行っていうのは、移動時間を楽しむものではなく、目的地を楽しむものだ。でも今は違う。長い時間をかけて移動し、見るものに感嘆し、様々なもの触れて、そういった体験を楽しんで行きたい。少なくとも、こいつらと一緒にいる間は。


…まあ、とは言っても街から街への道には魔獣が全くでないわけでもないからある程度戦闘とかはしなくてはいけないんだろうけど。


それはさておき、皆から貰った品でも開けていくか。クリスマスプレゼントを開けるような感覚に近いなこれは。さてさて、どれから行こうか…





「リッカ君!見て!カレーだよカレー!今夜はもうこれしかないね!くさっちゃうもんね!もう食べちゃう!?食べちゃおっか!!」

「落ち着けココ、まだ出発してから1時間くらいしか経ってないからな」

「ココ、まだ10時よ…お昼にも早いわ…折角のカレーなんだし、夕方まで取っておきましょう」

「相変わらずココちゃんはカレー好きだね」

「ボクの血はカレーで出来てるといっても過言じゃないんだよ!」

「過言だろ明らかに」


いつかこいつをカレーライスと例えたことがあった。この世界にもカレーはある。米もある。そして、ココはウチで母さんのカレーを食べてから、カレーを見る度にこんな感じになる。家庭料理っていうイメージが強いから商店街とかでは販売しないけど…これはジェイさんだな。名前も何も書いてないけど、これから旅立つっていう時にココが好きなカレーを大量に作ってくれるのは彼しかいないだろう。


「あ!リッカ君!お米!お米がないよ!!どうしよう!?」

「米がなくてもカレーは食えるだろ」

「そっか、そうだよね、良かったあ…死ぬかと思ったよ…」

「…お前は遭難したら1日もたなそうだな」


…ところどころ包んでいる布が水玉上に濡れているのは気のせいということにしておこう。


「この香り…ジェイさんのカレーだ…!うへへぇ…ありがとうジェイさん…!!!」


頬ずりしてる。この娘カレーの鍋に頬ずりしてる。カレーのことになると一気にキャラ崩壊するな。


「まあ食べ物はほんとに大量に貰ったし、ひとまず置いておきましょう。…こっちは服ね?どちらかというと装備に近いのかしら。随分と厚くて重いコートね」

「これは…武器屋さんからかな?ここ、わざわざ店の名前を刺繍してあるよ」

「それにしてはボロッちいな」

「そんなこと言わずにさ…明らかに男物だし、僕は騎士団の装備があるからリッカが使いなよ」

「…そうだな」


首元にファーがついている黒いコート。現代風のジャケットにも通じるものがあるデザインだな。丈は長いけど。にしてもこういう世界に来ると黒い装備を着なくてはいけないルールでもあるのかね…


「ま、使ってみるか」

「似合うと思うよ、リッカ君!」


お、正気を取り戻し現世に帰還したか。


「機能性重視のプレゼント、ありがたく使わせてもらおう。85点だ」

「…点数つけていくのかい、リッカ…」

「まあ使えないもの貰ったってしょうがないしいいんじゃない?」

「いやぁ…いいのかなぁ…ボク悪い気しかしないけど…」


続きましてこの袋。かわいらしいピンクで、なんか小さいも丸っぽいものが沢山入っているような膨らみだ。。恐らく花屋さんだろう。あとの面子にこの女子力が発揮できるとは思えない。


「この時点で30点は加算されるな。ん?手紙?」

「…待ってリッカ、それ先にワタシ達に貸しなさい」

「え、なんで?」

「そういえばさっき花屋さん、ボク達に手紙書いたって言ってたよね」

「ああ、そういうことか。リッカ、渡してあげなよ」

「そうだな。ほれ」


手紙を受け取るリティナ。封を開くところを覗き込むココ。


「…ばっこれはっ」

「…これは…禁忌だね…」

「…おい、気になる。読ませろ」

「駄目」

「うん、駄目だね」


2人とも目を合わせようとせず、ひたすらに目で文字をなぞっている。


「何が書いてあるんだよ」

「ただの手紙よ。袋の中身も薬とその調合方法のレシピみたいね。気にしないで」

「そうそう。気にしちゃだめだよ」

「そうか」

「…おいリッカ、あれ」


ラークが膝で膝を小突く。顔を向けると、顎で手紙を刺す。ちなみにこの馬車は四人乗りで、俺の隣にラークが、その正面にリティナとココが座っている。背中側に進むって電車でもそうだったけど、中々慣れないよな。


…ん?手紙の裏に何か文字が書いてあるな。


『男をつかむなら胃袋をつかめ!薬もお腹にに入るものだから一緒でしょ!一服盛っちゃえ!頑張れ恋する乙女達よ!!!』


「「………………」」


「…生きて王都に辿りつけるといいな、リッカ」

「ラーク、お前も蚊帳の外じゃないことくらい気づいてるんだろ?俺が気づいてるんだから…生き抜くぞ」

「…ああ、頑張ろう。マジで」

「…気を取り直して次のを開けてみよう」


あれは点数がつけられないな…。


うわ。これは…本屋さんかな?精一杯包装を頑張ろうとして珍しいものを使ってみたけど逆におどろおどろしくなってるあたりとかあの人をよく表していると思う。凄い色した箱だな。


「見るまでもないな。2点だ」

「中身くらいみてあげようよリッカ…」


仕方なく箱を開いてみる。うわ、かびくせえ…マント?いや、大きいスカーフってところか。縞模様でカラフルな感じだがの柄だ。見た目だけはオシャレではあるが…


「ん、これにも手紙だな」

「2人はあれに夢中だし、僕たちで先に読もうか」


『親愛なるリティナ嬢へ。これは古丿星(グローリー)と言われる魔法を軽減する効果のある外套です。これが貴女の身を守るお手伝いができる事を、心から祈っております。しがない古本屋の店主アーヴィより、愛を込めて』


「込もっちゃったな」

「込もっちゃったね」


スカーフごとリティナに投げつけておく。


「うわ!くさ!何よ!!」

「本屋さんからの愛のフレグランスだ。ちゃんと受け取っておけ」

「んー?…あの人たまに凄い目で見てくるのよね…そういうことじゃないわよね、これ」


手紙を読みながら若干引いた顔をするリティナ。


「さあ?」

「………残念ながら王国騎士団の魔法使いの外套は決まったものがあるの。またほこりを被ってしまうわね」

「そんなのあったっけリティ…」

「あったの!ワタシは見たの!!なに?疑うのラーク?」

「いや…そういうわけじゃないけど…」


こいつ本気で嫌がってるな。可哀そうに本屋さん。俺が鍋つかみにでも使ってあげよう。…ちゃんと洗ってから。


「…本当に使わないなボク、借りててもいいかな?ちゃんと洗えば使えそうだし」

「その勿体ない精神、お前こそ大和撫子だココ」

「ナタデココ?なにそれリッカ君」

「その意味わからない言葉急にいうクセやめなさいよね…良いわよココ」

「リティナ、襟が伸びるよ…そろそろ離してくれないかな…」


で。


「これは酒屋さんしかありえないな。98点」

「まだ僕らは未成年だよリッカ。気持ち分を込めても40点」

「これ凄い強いものだったはずよ…0点でしょ…」

「ていうか皆、点数つけるのやめようよ…」


これはあれだ、長旅で気が滅入ったら一発やるしかないな。酒なんて飲んだことないけど。


「ところでココ、腿の上に置いてるその長い布の袋はなんだ?」

「あ、これはお母さんから貰ったものだよ。今は王都の病院にいるけど、搬送される前に貰ったんだ」


ココのお母さんは命に別状はなかったが、怪我が酷かった。その一因に、俺が乱暴に扱った事もあるのではないかと思ってる。重傷者は転移魔法で王都に連れて行かれた。奴隷もそれに含めると言ったのはうちの街長だ。なんだかんだ良い街だよ、アラハンは。…王都に行ったら病院に顔を出しておこう。


「これ。一応家宝の笛なの。クチーナの笛っていうんだ」

「綺麗な笛だな。緑色で。エメラルドみたいに輝いてる」

「またわかんないこと言って…」

「リティナ、エメラルドは宝石だよ」

「う、うっさい!」


縦笛か。縦笛というと中学校で好きな女の子の…というのはやらなかったが。リコーダーみたいに俺も吹けるんだろうか。高校の授業でギターをやったな、そういえば。





『リッカ』

「ん?」

『ワスレテ ナイ?』

「!……………何をだ?」

『…バカ!』



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



その夜。俺たちは竜車を降り、ただ夕飯を食べていたはずだった。



『タノシイネ! リッカ! タノシイネ!』

「ラーク!ちょっと脱いでみなさいよ!!ほら!!!!」

「やめてよリティナ…!リッカ!助けて!リティナが苛めるんだ…!!!うわぁぁあん!!!」

「リッカくぅん…ねえリッカくぅん…カレー、カレーがなくなっちゃったよぉ…」

「だっはっは!足りんぞ足りんぞ!!もっと飲め!!!飲み尽くせ!!!!我はサンドイッチ伯爵ぞ!!!!!」





3瓶ほど空いた。

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