第17話 三すくみ

「そろそろ、本題に入りませんこと」

 

 隣に座るナーティが伊佐神に言い、やっと呪縛から解放されたかのように伊佐神は三人を見回した。

  伊佐神は予知夢で視たことは、三人それぞれスカウトする時に説明している。不思議なことに、三人は疑いながらも伊佐神に従ったことになる。

 みやび、珠三郎、ナーティは互いに何か探るような視線を飛ばしあっていた。


「あ、あ、あの、それでは、ただ今よりーっ」


 極度の緊張で声が裏返ったまま、伊佐神はソファの上で背筋を伸ばし、両膝をくっつけた上に握りこぶしを置いて第一声を投じた。


「藤吉さん、落ち着いて」


 隣に座るナーティは目線をみやびに向けたまま、伊佐神の握りこぶしを優しく叩く。


 ナーティの射るような視線を、みやびは正面からガッチリ受け止めていた。

 眼力なら、負けてはいない。

 みやびの魅力のひとつは、やや目じりの上がったアーモンド型の大きなその両眼にある。武道家として宝蔵院流槍術免許皆伝の腕を持つことで、それが独特の澄んだ瞳の色として現れているのだ。


「す、すいません。これで、お三人、すべてお揃いになられました。

 すでに、みやびさまと珠三郎さまには、古来より雍和と呼ばれている化け物が、この世に生まれ出る場面を実際にご覧いただき、三匹ほど葬っていただきました」


「四匹ねっ」


 みやびは口をとがらせた。


「は、はい、そうでした」


「ボクも本当は信じていなかったのだけどね。

 まぁ、愛しいみやびちゃんと、夜にデートできるのだったらいいかなって思ってさ、引き受けたんだよーん。

 だけど、社長の言っていたことは、マジだった。オドロキィ!

 ボクは、漫画や映画の中だけの世界かと思っていたよ。あんな化け物なんてのがいるなんてねえ」


「わたくしも、こんな馬鹿げた話は信じたくありやせんが。

 話をもどします。

 その雍和はさらに急速に生まれてくると思われます。それを早い段階で阻止しないと、この国は地獄に変わっちまいます。

 化け物どもは生きている人間を喰らい、さらに大自然を意のままに操って地震、津波、豪風雨を起し、この国の育まれてきた文明をぶち壊すでしょう。

 わたくしは、そんな地獄に変わった未来をしっかりと視てまいりやした。それを阻止するなんて、わたくしたちのような普通の人間には、できやしません」


「社長も、普通じゃないと思うけどなあ」


 珠三郎はのんきな声でつぶやいた。ナーティがギロリと珠三郎をにらむ。とたんに珠三郎の顔から血の気が引いていくのを、横目で確認したみやびは驚いた。


(エッ、何事にも動じない常識知らずのオタク男が顔面蒼白。なになに、これは面白いことになってきちゃったわ。プププッ)


 みやびは口元を手でかくし、ほくそ笑んだ。


「いや、珠三郎さま、わたくしはただ予知することしかできません。しかし、ここにおいでになる皆さんには、人知を超えた能力が宿っていらっしゃる。

 なんとかそのおチカラを貸しいただいて、この国の未来をお救いくださいっ」


 伊佐神は、目の前の三人に深々と頭を下げた。


「藤吉さん、ワタクシはこんなかよわい乙女ですけど、あなたに喜んでもらえるならどうぞお使いくださいな。もちろん、どこぞの誰かみたいに、報酬目当てではございませんので」


 ナーティの硬い視線がみやびに飛んだ。


「あらあ、正当な報酬をいただくのは当然ですことよ。特にアタシみたいに若くてチョー多忙な身でありながら、人助けをするお時間を捻出させていただくのですから。

 まっ、年寄りには時間がたーっぷりとおありなんでしょうけど」


 ガタン。ソファがゆれて、ナーティがおもむろに立ち上がった。


「まあ言わせておけば、いけしゃあしゃあとこの小娘が。ワタクシはねえ、こう見えてもまだ三十歳前よ」


 伊佐神は、「エエッ?」と驚いて目を見開く。伊佐神よりも若かったのだ。


「それは大変失礼いたしました、オ・ジ・サ・ン」


 みやびも立ち上がり、腰に手をあて顎をつきだす。


「キーッ、このアマーッ」


 ナーティのグローブのような手が伸び、みやびのセーラー服の胸元をつかんだ。


 伊佐神は失神しそうな表情でかたまり、珠三郎は我関せずとばかりに足元に置いているリュックの中をあさっている。


 みやびはつかまれた瞬間、条件反射でナーティの手をふりはらった。

 伊佐神は、みやびがナーティに天井までつり上げられる幻覚を視た。


 ドゥーンン! ガタガシャッ、と派手な音を立てて、黒いドレスが宙を舞いソファに投げ出される。


 ナーティは驚いた。

 伊佐神も驚いた。

 みやびは、誰よりも驚いた。


「ああ、あったよ、あった」


 無関心の珠三郎だけは今のシーンを無視し、探し物をリュックから取り出し、ひとり悦にひたっている。


「あ、あの、大丈夫です、か」


 みやびはオロオロしながら、反対側のソファにまわった。


「あなた、何者よ。やるじゃない」


 ナーティは、イタタッと腰をさすりながら、差し出されたみやびの手を握った。


「あら、力が入らないわ。ちょっと、どんな魔法かしら。ワタクシ、握力は少々強くって、だいたい百三十キロなの。でもあなたの手を握っちゃうと、だめ、力が入らない」


 よいしょっ、とナーティは立ち上がる。

 ナーティの身長は百九十センチを超え、体重は百八十キロある。一方みやびは、身長でナーティより十五センチは低く体重にいたっては四分の一もない。

 それがいとも簡単に投げられてしまったのだ。


「いいわ、あなた、素敵じゃない。ワタクシを転がすなんて、あなたが初めて。

 初体験。

 ジーンとこの身と心に感ずるものはなにかしら。ワタクシ、女じゃなかったらあなたのような女性に、身も心も捧げるわ」


「こちらこそ、大変失礼なことをいたしました。

 アタシ、千雷みやびです」


「ワタクシは、ナーティ白雪よ。どうぞご贔屓に」


 二人は握手をかわした。


「タマサブ、あんたもちゃんと挨拶しなきゃ」


 みやびにせかされ、珠三郎も立ち上がった。


「ぐふっ、ボク、炉治珠三郎です」


 ナーティと視線が合わないように、珠三郎は下を向いたまま手を差し出す。


「ちょっと、あなた、人と話をする時は、ちゃんとその人の目を見て話しなさいよう。学校で習わなかったかしら」


「ボク、途中から行ってないし」


 ブツブツとつぶやく珠三郎。


「まあ、いいわ。おネエさんがちゃんと教育してあげるから」


 ナーティの太い指が、珠三郎の指にからまる。とたんに、珠三郎の身体中からすべての骨が引き抜かれたかのように、グニャグニャとその場に崩れ落ちてしまった。


「まあっ、栄養袋みたいな身体しているクセに、弱ちぃのね」


 ナーティは右手親指と中指だけで、軽々と推定体重百二十キロの栄養袋を持ち上げる。


「ち、力が、入らないぃ」


 珠三郎はか細い裏声でつぶやく。

 みやびは二人のやり取りを眺めながら、首をひねった。


(タマサブはアタシには強いのに、ナーティさんに弱い。ナーティさんはタマサブには強いのに、アタシに弱い。アタシはナーティさんに強くて、タマサブに弱い。これって、いったい)


 ナニ?


 とりあえず無事に握手をかわした三人は、ソファに腰を降ろした。

 伊佐神は、ひとりホッと胸をなでおろすのであった。


 ナーティの指から解放された珠三郎は元の声に戻り、「社長、これ観ることできるかな」と手に持った超小型のハンデイビデオカメラを差し出した。先ほどリュックをごそごそやっていたのは、これを探していたらしい。


「も、もちろん出来ますが」


「みやびちゃんとのデート、じゃなかった、みやびちゃんと一緒に初参戦して、雍和退治した時の一部始終さ」


「タマサブ、アンタいつの間に」


 驚くみやびに、珠三郎は得意げに丸い鼻の穴をふくらませた。


「グヘッヘッ」


つづく

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