世界は存在しない
志垣義泰
第1話 戦車
橘亨は目を覚ました。
寝覚めは最悪だった。
まるでアルコール度数だけが異常に高い安酒を大量に飲んだような、そんな最悪な状態だ。
頭が痛く、視界も寝ているベッドも揺れているようだった。
まるで、自分の体じゃないような感覚。
確かこういう状態を離人とか言うんだったよな・・・。
そんなことを考えながら亨は気持ちに余裕が持てたのか、症状は幾ばくか軽くなったような気がする。
「ここは・・・どこだ?」
一瞬、亨は本当に酒を飲んで酔っ払っていたのかと思った。
目の前には見慣れない景色、自分が一人暮らしをしているマンションの部屋ではない。
大学の友人の部屋でもない。
部屋の構造こそは立派だが、何年も経過し廃れた高級ホテルの一室のようだった。
テーブルにある高そうな装飾品は煤けて埃を被り、壁は大きな染みが所々に広がり、カビ臭い匂いが亨の鼻腔を刺激した。
亨の違和感は広がり、廃れた部屋には窓が一つもないことに気づく。
亨はベッドから立ち上がり、扉に向かって歩き出し、記憶をたどる。
当然、酒を飲んだ記憶はない。
「確か昨日は、教授に卒論について相談して・・・」
今一つはっきりしない記憶を辿りながら、亨はドアノブに手を伸ばす。
ドアは亨に抵抗するように行く手を阻んだ。
何度もドアノブを回すが、それ以上は回ってはくれない。
内側から鍵を開けることはできなかった。
亨は大きくため息を吐き、頭を無作法に書きながら辺りを見回す。
そして、手は首の背側に伸びた時。
「ネックレス? いや、首輪か?」
この時、初めて自分の首の違和感を覚えた。
冷たい金属の輪が亨の首を優しく締めるようにソレは巻きついていた。
普通の人間ならここで自分が置かれた状況に慌てるのだろが、亨は違っていた。
というより、実感が沸かないという言葉が適切なのだろう。
財布も、携帯もいつも自分が入れているズボンのポケットにはなかった。
亨は大きくため息を吐くと自分が寝ていたベッドに目を移す。
周りは廃れているのに、ベッドのシーツだけは白く、綺麗にベッドメイキングされている。
そして枕の横には黒く四角い物体があった。
「携帯?」
おかしな話だと亨は思った。
わざわざ財布も携帯も取り上げて監禁しておいて、どうして部屋に携帯電話があるのか。
そう思いながら、ベッドに近づくと。
「携帯だ・・・」
四角く、黒いスマートフォンが枕横に置いてあった。
当然、亨の使っている物ではない。
メーカーもわからない、不気味な携帯電話。
亨は黒い物体を手に取り、側面にある幾つかのボタンを適当に押してみる。
そして、横にある小さなボタンを数秒押し続けていると。
黒い物体から冷たい機械音が廃れた部屋に小さく響いた。
ベッドに座り、OSの立ち上がりが異常に速いことにこの物体の性能の良さがわかる。
「アルカナ・・・聞いたことのないな」
液晶の画面がアルカナという文字が浮かび、消えた。
OSなのか、メーカー名なのか、機種名なのかわからない。
だが、亨の記憶ではどれもアルカナという名称は記憶にない。
液晶には見たことのない複数のアプリケーション。
そして・・・
「これは、タロットカード? 確か、戦車・・・」
亨の左手に持たれた黒い物体の液晶画面には、占いで使われるタロットカードの戦車の画像が壁紙となって不気味に張られていた。
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