夜見坂トンネルの呪いの正体

夕方になり、私とアユミ、そしてアユミの祖父は連れ立って家を出た。 アユミは最後まで抵抗していたが、どうせ通学で通る道なんだから今更だろう。

トンネルの手前で足取りが重くなるアユミの手を引いてどんどん近付いていくと、ある地点で思っていたものが見えた。

「あ、ここらへんか。 アユミ、あれ見て」

トンネル前を見るようにうながした。

どんなリアクションをとるのかアユミの顔を見ていると、口をパクパクさせながら目を見開き、顔色がどんどん蒼白になっていった。 足も震えている。

ゲッ! コイツの怖がりっぷりをナメてた。

「しっかりして! ありゃただの路面の凹凸だよ!」

そう、人影の正体は道路の補修跡の凹凸だったのだ。

アユミの背中をさすってやるが、落着くまでに数分を要した。

アユミの祖父は、アユミの様子を見て慌てすぎてパニックになっているのか何も出来なかった。

「はぁ。 あんたの怖がりっぷりがそこまでだとは思わなかった。 幽霊よりアユミの反応の方が怖かったわ。 先に予想の内容を言っときゃよかったよ」

「ごめんね。 だって、あれどう見ても人がしゃがんでるようにしか…」

アユミはそう言うが、実際のところほとんどの人には路面のわずかな凹凸にしか見えないだろう。 アユミは近視で遠近感が弱いため、地面の凹凸がだまのように手前に浮び上がって見えやすいのだ。 つまりは錯覚だ。

「あれか…。 何かかたまりがあるように見えんこともないな」

アユミの祖父には人影に見えなかったようだ。

視力だけでなく、思い込みに左右されるのだろう。 私は事前に予想していたせいか普通に地面の凹凸にしか見えなかった。 百歩譲っても黒いゴミ袋に見えるくらいだ。

「これが夜見坂トンネルの呪いの正体ね。 トンネル内に光が入って路面が照らされる限られた時期の限られた時刻に限られた位置から見ると、思い込みの激しい人には人影に見えるってわけ。 爺ちゃん、市役所の方で何か対応できるんじゃないの」

「再補修で路面を平らにすりゃいいんだが、工事となると予算が付くかどうか。 儂の方では何とも言えんが、道路管理課の方に話はしておく。 あんまり期待はせんでくれ。 ま、この話が広がるだけでも思い込みで人影に見えるってことは減るだろ。 お前らも学校とかでなるべく話を広めてくれ」

道路を補修した時期と轢き逃げ事件が偶然にも重なってしまったために呪いなどという非現実的な噂が出来あがってしまったのだろう。 事故が重なる都度つどにその呪いはますます信憑性を強めてしまい、思い込みを誘発する悪循環。 噂が広まることが無ければ事故のいくつかは起こらずに済んだかもしれない。 無責任な噂が被害者を増やしてしまったのかもしれない。

こんな馬鹿馬鹿しいことが十年も放置されてきたことにあきれたが、とりあえず以上をって夜見坂トンネルの呪いの噂は幕引きである。

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