お姉ちゃんがロリコンでも問題ないよね?

入田麻也

第1話私の理性がマッハでやばい

 玄関を開けるとそこには美少女がいた。

 おかしい。昨日までこんな美少女は家にはいなかったはずだ。

 まさか、私自身の内に秘めた性癖がとうとう幻覚まで生み出したとでもいうのか。

 やましいことはそりゃあ、数え切れないほどに考えてきたけれど、あくまでそれを表に出すようなことはしなかった。

 でも、それが私の内に秘めた性癖を強めていたのかもしれない……。


「あー学力調査とかだるすぎんよー」

 私の前の席から友人の市川縁いちかわゆかりが振り返らずに上体だけを反らしてぐでーんと腕と頭をこちらの席まで投げだしてくる。

「お疲れ、まあ確かに入学早々試験みたいなもんだしね」

 今日は全国の学校で実施している学力調査があり、入試をようやく終えて、高校入学して間もない私たちも試験を受けさせられていた。

「優等生の琴葉ことはは軽いっしょー。私なんてもう受験勉強の時のことなんて記憶から一切消去したしさあ」

「それはどうなんだい縁さんよ」

 一応ここ進学校なんだけど、それでいいのか。

「ま、今日はこれで終わりだし帰ろう」

「そうねー。これで終わりなのが唯一の救いだわ」

 既に周りのクラスメイト達は荷物をまとめ始めている。各々が放課後という開放感からか緩んだ表情だ。

「そういや琴葉は部活もう決めた?」

「うん、バスケ部にしょうかなって」

「バスケか。私にはきつすぎて無理だなあ」

「そうかな? 小学校の頃からやってたから慣れちゃっただけかもしれないけど」

 小中とずっとバスケをやってきたから流れで高校もバスケ部にしようと決めていた。今更違う部活に入っても慣れるまで大変だし。

「私はやっぱ帰宅部かな。できるだけだらけてたいし」

「気持ちはわかるけどね」

 靴を履き替えて校舎から出ると、部活動の勧誘をやっている上級生たちが新入生を待ち構えている。

 そんな上級生たちに声をかけられても、愛想笑いでスルーしながら校門を目指す。

「すごいなあ。なんであんなに勧誘に必死なんだろ」

「ほら、人数多いと予算とか増えたりするんじゃない?」

「ああ。なるほど」

 そんな他愛のない話をしながら校舎内にある桜並木を歩く。

「こんにちは!」

 通りがかった制服とランドセルに身を包んだ女の子二人組がお行儀よくぺこりと頭を下げた。

 この学校は小中高一貫の学校なので、初等部の子だろう。

 いや、それにしても――

「はい、こんちわ。気をつけて帰んなよ」

「こんにちわ」

 元気に挨拶をした初等部の子たちは仲良さそうに走り去って行く後ろ姿をぼーっと眺める。

 ああ――なんて、なんて愛らしい。何がってそりゃあ全てが愛らしいけれど、強いていうなら、ちゃんと上級生に挨拶できる礼儀正しい幼女かわいい。制服姿も実にいい。ってか天使かよ。天使って実在するのだな。

 本当ならもっといろいろ声をかけてあげたかったけど、今声を出したら歓喜のあまり理性が崩壊しそうで、一言返すだけで精いっぱいだ。

 ごめんね不甲斐ないお姉さんで。でも、ちゃんと心の中ではいっぱいいっぱい優しい言葉をかけているから許して。

「抱きしめたい」

「は?」

「いや、なんでもないよ、なんでも」

 いかん。ちょっと滾りすぎてしまったようだ。つい私の内に秘めたモノがちょろっと出てしまった。

 それにしても、こんな光景が毎日見られるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。私は高校からの途中参入組だが、受験勉強をがんばって本当に良かったと思う。ロリコ……淑女としてこれ以上の楽園はない。

「初等部のちびっこは元気だねえ。私はもう家に帰ってこのテストで失った体力を取り戻すべくだらだらしたいってのに」

「縁はもうちょっとシャキッとしなよ」

「まだ本気を出すときじゃない!」

 新生活の始まりを感じさせる桜吹雪の中、縁は高らかに宣言した。

 

「はあ……やっぱ小さい女の子って尊いわ」

 帰宅してすぐに自分の部屋でお気に入りの漫画(幼い女の子多め)を読みながら至福の時を過ごす。

「琴葉ー……明日は……が……から、片付けちゃんとやっといてよー」

 部屋の外で母さんが何か言っているが、今の私はそれに構っている時間はない。

「はいはい」

 適当に返事をしておく。片付けがどうとか言ってたし、いつものお小言だろう。

 この時の私はそう思っていた。



 そして、現在。

 夢かと思って目を擦ってみたり、頬を抓ってみる。痛い。

「夢じゃねえ!」

「ひゃっ」

 どうやら私が作りだした幻ではないであろう、目の前の美少女がびくっと反応する。

「あ、ああごめんね。急に大声出して」

 冷静になれよ私。こんなかわいい子を怖がらせるとか万死に値するレベルだぞ。

「い、いえ。おかえりなさい。琴葉お姉さん」

 私の家に居て、私の名前も知っているということは私と何かしら関係のある子だとは思う。

 しかし、こんな美少女を私が忘れるだろうか、いや、そんなはずは――

千佳ちかちゃんどうしたの……って琴葉帰ってたの?」

「千佳ちゃん……ああ! 久しぶりだね!」

 思い出した。この美少女は私の親戚で確かはとこの子だ。

 前に会ったのはもう何年も前だったか。小さいころもかわいかったような気がするが、こんな美少女に成長していようとは。

「あれ? でも、なんで千佳ちゃんが?」

「は? あんた昨日も言ったでしょうが。千佳ちゃんのお父さんが海外に単身赴任になったから、その間家で暮らすからって」

 そう言えばそんなことを言っていたような気がする。昨日は漫画を読んでいて母さんの話は流しながら聞いていたから忘れていたが。

「はい。お世話になります」

 千佳ちかちゃんは礼儀正しくお辞儀をする。その所作はとても綺麗で見惚れてしまった。

「なるほど。これからよろしくね千佳ちゃん」

「はい。よろしくお願いします」

「それじゃ、私は着替えて来るね」



「……ふぅ」

 自分の部屋に戻る。鞄を床に置き、一呼吸。

「っしゃおらぁ!」

 渾身のガッツポーズ。

「マジか! マジか! 千佳ちゃん家で暮らすって!」

 先ほどまで抑えていた興奮を今、解き放つ。私は今世界で最も幸せな人間であることを確信した。

「ってことは毎日あんな子と一緒か! この歳で人生勝ち組になってしまったか!」

 様々な妄想が頭の中で展開される。おはようからおやすみまで。今までは何気ないものだったが、そこに美少女が加われば……?

 そう、それは全く別の世界。まさしく桃源郷になるのだ。

 それだけではない。いろんなイベントだってあるだろう。一緒にお風呂とか入っちゃったり!? 親戚同士だし、合法だよね!?

「てか、はとこ同士って結婚できたよね!?」

 いかん。これから始まる理想の生活に期待が膨らみ過ぎてビックバンを起こしそうだ。

「はあ……はあ……落ち着け私……これじゃ体が保たない……」

 ベッドに腰を下ろし、深呼吸をする。

 高まりに高まった気を鎮めていると、こんこんとドアを叩く音が聞こえた。

「琴葉お姉さん、今大丈夫ですか?」

 いきなり来てくれるだと……!? もちろんウェルカムです。

「うん。入っていいよ」

「お邪魔します」

 千佳ちゃんが遠慮がちに部屋に入ってくる。

「おお……」

 これが現実だと実感し、歓喜の声が出てしまった。

「?」

「あ、なんでもないよ」

 いかんいかん。さすがにこんな素の私を知られてしまったら幻滅されるどころの話じゃない。警察のお世話にはなりたくないし。

「よかったらこっち座ってよ」

 私が腰かけているベッドをぽんぽんと叩く。

「ありがとうございます。えへへ」

 千佳ちゃんは私の隣に座ると、小さく微笑んだ。

 やっべ、かわいすぎかよ。

「私、ずっと琴葉お姉さんに会いたかったんです。だから嬉しくて」

「おっふ」

 天使級の発言に変な声が出てしまった。

「?」

「あ、いや、私も嬉しいよ。千佳ちゃんみたいなかわいい子が一緒だとさ」

「そ、そんなことないですよ……」

 照れる姿もかわええなあ。マジでお嫁に来てくれんだろうか。

「前に会ったのってかなり前だよね。もう5年くらい前だったかな」

「はい。ちょうどそれくらいです。それに、ずっとあの時のことを謝りたかったんです。あの時は本当にごめんなさい」

「? 千佳ちゃんが謝るようなことなんてないと思うけど……」

 千佳ちゃんに謝られてもどうにも心当たりが無い。

「琴葉お姉さん、私のせいで事故に遭ってしまって……謝っても許されることじゃないですけど、ごめんなさい」

「千佳ちゃんのせい? なんのこと?」

「琴葉お姉さんが私のことを庇って車に……あのとき、私どうしたらいいかわからなくて、怖くて……何もできませんでした……」

 ああ、あの時の事故のことか。

 確かに私は5年前に交通事故に遭った。私はその時のことを覚えていないからわからないが、本当に死ぬ一歩手前だったらしい。

 目が覚めてからもいろいろと大変なことはあったが、こうして後遺症もなく五体満足で生活できている。

 今でもその時の傷跡は消えていないが、女を捨てたような性癖を持つ私は別に気にしていないし。

 でも、千佳ちゃんを庇ってそんな事故に遭っていたのか。やるじゃないか当時の私。

「気にすることなんてないって。千佳ちゃんは何も悪くないし、この通り私は元気だしさ」

「でも……」

「はい、この話はお終い! 別の話しようよ。えっと……そうだ。千佳ちゃんってこっちだとどこの学校行くの?」

 このままじゃいつまでも千佳ちゃんに謝られてしまう。しゅんとした顔もかわいいけど、やっぱりこういう子は笑顔の方が似合うのだ。

「えっと、第一小学校っていうところです」

「あ、そうなんだ。私もそこ出身なんだ。それに、お隣さんの子なんだけど、その子もそこ通ってるから今度紹介するよ」

 そう言ってすぐにバンと部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

「ことねー! 遊びに来た!」

 噂をすればというやつだろう。ちょうど話に出たばかりのお隣さんが隠れて話でも聞いていたのか疑うレベルのタイミングでサイドテールをぴょこぴょこ揺らしながら現れた。

「あれ? 知らない子がいますな」

「ちょうどよかった。この子が今話したお隣の水瀬さん家のみちる」

 お隣の水瀬さん家と家の両親は昔から仲が良かったので、その娘同士の私たちが仲良くなるのは必然と言えた。

 私はみちるが赤ちゃんだったころから知っているし、世話もしてきた。血は繋がっていないけれど、実の妹のようなものだ。

 それに、実の妹のようなみちるとならスキンシップを取っても、誰も不思議には思わない。つまり、合法的に本来なら触れることができない少女に触れることができるのだ!

 私がロリ……ちょっと変わった趣向に目覚め始めたときはまさかこんな身近な人物にやましい感情を抱くことはないだろうとは思ったが……今ではこの有様だ。

 だってみちるかわいいんだもん。

 みちるはとにかく底抜けに元気だ。みちるがもっと小さかった頃に一緒に遊んでいたときはしょっちゅう引っ張り回されたものだが、みちるの笑顔を見れば、疲れなんて感じさせない。むしろ、こっちまで元気になってくる。少し生意気なところもあったりするが、結構甘えたがりだったりと、みちるはかわいいやつなのだ。

 そんなみちるは想像通り、コミュ力にも優れていたみたいで、あっという間に初対面の相手とも仲良くなれて、今では学校でも人気者のようである。

 たまに友達をなぜか我が家に連れてきてくれたりもする。そんな日は私の部屋が天国へと変わる。実にありがたい。 

「初めまして。今日からこちらでお世話になる鳴海千佳です」

「私、水瀬みちる! よろしく! ちーちゃんはことねーの妹……じゃないよね? 私初めて会ったし」 

 早速みちるはそのコミュ力を発揮したようで、千佳ちゃんをあだ名で呼んでいる。

 さて、みちるが疑問に思うのも当然だろうと思い、私と千佳ちゃんの関係をさっとみちるに説明してあげた。

「ふーん。はとこ? ってよくわかんないけど、ことねーの妹みたいなもんだよね! それじゃ私と一緒だ!」

「でも、私は琴葉お姉さんと会ったのかなり久しぶりだし、本当に妹みたいにしてもらっていいのかな?」

 もちろんウェルカムなのである。というか、土下座してでも私が妹になってくれと頼み込んでしまいそうなほどだ。

「そんなこと気にしなくたっていいって。ちーちゃんも一緒に遊ぼ!」

「うん。ありがとうみちるちゃん」

 千佳ちゃんの言葉を満足そうに聞いてみちるは私の部屋のゲーム機を慣れた手つきで電源を入れ始めた。

「そういや千佳ちゃんも一小だってさ」

「ほんとに? あ、ちーちゃんって何年生?」

「私は5年生だよ」

 うん、5年生って響きいいよね。小学が頭に付くと特に。

「おー、ちーちゃん同じ学年か。同じクラスだといいなー」

「うん、一緒になれるといいね!」

 少女たちの微笑ましいやり取りに、顔がにやけそうになるのを必死で堪えながら二人の会話を見守る。

 そうか。ここが天国か。

 そんなこの世で最も尊い光景を堪能しているうちに、ゲームが起動して、軽快なBGMと共に画面に国民的キャラとカートが現れる。

どうやらみちるはレースゲームをやることにしたらしい。

「今日はマリカーやんの?」

「うん。ちーちゃんもこれでいい?」

「う、うん。でも、私ゲームのやり方わからないから教えてもらえる?」

「おっけー。……んしょっと」

 みちるは私の膝の上に収まった。心地よい重さとみちるからふわっと甘い香りが漂ってくる。少し視線を下ろすと、みちるのサイドテールが目に入る。みちるは何かとこのポジションに収まりたがる。私としては実に嬉しいことである。

「あ……」

 千佳ちゃんが何か羨ましそうにみちるを見ていたように感じたのは私がこの理想郷的空間に毒されて、自意識過剰になっているからだろうか。

 千佳ちゃんはしっかりしてる子って感じだし、そんなに甘えたいと思ったりはあまりしなさそうだし。

「それじゃ、ちーちゃんをサイキョーのプレイヤーにしてあげるので、ことねーは待ってて」

「はいはい」

 千佳ちゃんがみちるにゲームを教わっているのを眺めているのは実に有意義な時間でした。

 かわいい女の子が仲良くしている光景以上にこの世に尊いものなどないのだなと、再認識。

「よーし、これで教えられることは全部教えたぞ! 後はことねーを倒すだけだ!」

「ほう? 私に勝てるとお思いか」

「ちーちゃんは筋がいい。私以上のイツザイだぞ?」

 みちるがふっふっふと不敵に笑う。

 とはいえ、私もそれなりにこのゲームをやり込んでいるのだ。もちろん千佳ちゃんに花を持たせてあげるつもりではあるが、そう簡単に負けるというのもお互い面白くない。

「よ、よろしくお願いします!」

 緊張した面持ちで千佳ちゃんはコントローラーを握り、画面を直視している。

「そんじゃ一番簡単なコースでやろっか」

「ん……?」

 ゲームを始めてから少ししか経っていないが、私やみちるといい勝負をしている。千佳ちゃんってもしかしてゲーム上手い?

 ま、まあ千佳ちゃんに花を持たせてあげるつもりではあったし。

「む、むむ……」

 どんどん差は詰められて――

「ま、負けただと……」

 途中から私も本気になっていたのに、見事にやられてしまった。

「ちーちゃん上手いなー。そんでことねーはよわっちいなあ」

「ご、ごめんなさい」

 みちるにはけらけらと笑われ、千佳ちゃんには申し訳なさそうにされる。

 これでは年長者(笑)、お姉さん(笑)と言われても仕方ない状況だ。

 なのに……なぜだ。小学生女児にプライドを傷つけられて私は興奮しているというのか……!?

 いや、冷静になれ私。これ以上変態度を上げるのは一応とはいえ、女子としていかがなものか。

「琴葉ー入るよー」

「うん、どうしたん?」

 新しい世界への扉を開きかけたところでエプロン姿のまま母さんが部屋にやってきた。

「ご飯できるから呼びに来たの。みちるちゃんも食べていく?」

 思いのほか白熱していたようで、もう時間は夕方になっていたようだ。

「食べる!」

「うごっ……」

 私の膝に座っていたみちるが元気よく挙げた手が私の顔面にクリーンヒットした。

「あ、ごめん」

「それじゃみちるちゃんのお母さんには私から言っておくね。私は先に下に降りてるから」

 完全に私はスルーして母さんはさっさと部屋から出ていった。もう少し娘のことを労わったらどうなんだと文句の一つも言ってやりたくなる。

「じゃ、私も行こーっと。ちーちゃんとことねーも早く!」

 みちるもそれに続いて私の膝から降りて行ってしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

「う、うん。ありがとね千佳ちゃん」

 この世知辛い家庭環境の中で千佳ちゃんはやっぱり天使だった。



 一階に降りるといい匂いがしてくる。

 食卓には普段とは段違いな豪華な夕食が並んでいる。

「お、今日は気合入ってるね 」

「今日は千佳ちゃんの歓迎会だもの」

「あ、ありがとうございます!」

「さ、座って座って」

 母さんに急かされて私と千佳ちゃんも席に着く。

「それじゃあ、琴葉に音頭取ってもらおうか」

「ええ? 私?」

 急な母親からの無茶ぶりに千佳ちゃんとみちるの視線まで集まってくる。

「えーっと……新しい家族に乾杯!」

「新しい家族……」

「ま、琴葉にしてはなかなか上手いこと言ったんじゃない?」

「80点だな!」

 各々の反応は悪くはないと思うがなぜこの母親とお隣さんは上から目線なんだ。

「ほら、食べようって。」

「いただきます」

「デザートにケーキも買ってあるからね」

「ケーキ!?」

 みちるが目を輝かせて反応した。

「わあ、楽しみです」

 千佳ちゃんも嬉しそうだ。私も実を言うと結構テンションが上がっている。

 それに、千佳ちゃんとみちるが幸せそうにご飯を食べている様子を眺めているのも実にいい。カメラを持ってきてこの瞬間を永久保存したい程である。

「とってもおいしいです!」

「おばちゃんのご飯うまー」

 守りたい、この笑顔。もうこれだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。

「ことねー食べないの? それじゃこれもらおっと」

「あっ……みちるー! 返しなさいって!」

「もーおふぉいよ!」

 みちるは私のハンバーグをもごもごと口いっぱいに頬張ってしまった。

 ハンバーグは私の大好物だが、かわいいから許してやることにしよう。

 それよりもカメラが無いことが悔やまれる。今度はちゃんと持ってこよう……。



 千佳ちゃんの歓迎会を終えてもう夜もいい時間になっていた。みちるも家に帰って私ももうちょっとしたら寝ようと思う。

「さて、寝る前にかわいい女の子の画像でも探すか……」

 そう思って、PCのインターネットブラウザに人には言えない検索ワードを打ち込んだところで、こんこんとドアを叩く音が聞こえた。

 ノックの音を聞くや、瞬時にブラウザの閉じるを押す。これこそ長年の生活で鍛えられた私の特技だ。

「琴葉お姉さん。遅くにごめんなさい。今大丈夫ですか?」

「千佳ちゃん? うん。大丈夫だよ」

「ありがとうございます。お邪魔します」

 パジャマ姿の千佳ちゃんが枕を抱きながら部屋に入ってきた。薄い青色のパジャマに身を包んだ千佳ちゃんは昼間の私服姿とはまた違ったかわいらしさを感じさせる。

 千佳ちゃんはしっかりしているから年齢よりも大人びた印象を受けるが、パジャマ姿だと、年相応というか、より幼いような印象を受ける。しかし、それがいいのだ。

 普段はしっかりしている子が稀に見せる子どもらしさ。これこそ萌えの極致の一つであると言えるだろう。

 ああ、これで千佳ちゃんに甘えられたりしたいなあ。いくらでも甘やかしてあげるのに。

「千佳ちゃんどうしたの?」

 妄想に耽っている場合ではない。千佳ちゃんはどうしたのだろうか。

「あの、実は……眠れなくて」

 そうか。いきなり知らない家ですぐ眠れることなんてないか。ただでさえ、一人でこっちに来て不安なことで一杯だろうに。

「そっか、そうだよね。そうだホットミルクとか作ろうか?」

「あ、いえ! そこまでしてもらわなくてもいいんです。その……」

 千佳ちゃんは何か言いたそうにもじもじとしている。

 何このかわいい生物。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。

「なんでも言ってよ。私でできることならなんでもするよ?」

「あ、あの、それじゃあ、一緒に寝てもらってもいいですか?」

「!!?」

 あまりの衝撃に一瞬時が止まったかのような錯覚に陥った。

 今、千佳ちゃんはなんと言ったか。一緒に寝る? 私の耳が都合よくそういう風に聞き間違えたとかじゃないよね?

「ごめんなさい、やっぱり恥ずかしいですよね。5年生になるのにそんな……」

「いやいやいやいや! 大丈夫! そんなことないよ!」

「わわっ」

「あ、ごめん。こほん。別にそんな変な事じゃないよ。私だってそれくらいの頃はまだまだ甘えたい盛りだったし」

 そう言ったものの、当時の私は反抗期真っ盛りの憎らしい子どもだったような気がするが、それはそれ。嘘も方便というやつだ。

「そう、ですか?」

「うん。ほら、おいで」

 顔がにやけそうになるのを必死に堪えながら、優しく千佳ちゃんを呼ぶ。

「……はい」

 とは言ったものの、心臓バクバクで手が震えているわけだが。落ち着け私。

「狭くない? 大丈夫?」

 千佳ちゃんが隣に入ってくる。この近さ、素晴らしい。

「はい。えへへ、暖かいです」

 そう、私のベッドは一人用なので、千佳ちゃんは小柄ではあるが、さすがに密着しないといけない。

 密着しなければいけないのだ! これが非常に重要なのである。千佳ちゃんが言った通り、暖かい。これはお互いの体温を感じられるほどに近いからなのだ!

 千佳ちゃんは家のお風呂に入ったから、私と同じシャンプーやボディーソープを使っているはずなのに、なぜこんなにいい匂いがするのだろう。

 千佳ちゃんの匂いを延々と嗅いでいたい。

「昔こうやって一緒に寝てくれたときのことを思い出します。懐かしいなあ」

 そんなことがあったのか。昔の記憶のせいか私は忘れてしまっていた。こんなおいしい思いをしたら私の脳内に永久保存されるものを。

「私、実は不安だったんです。いきなり押しかけてきて迷惑じゃないかなって。本当は私邪魔なんじゃないかって。だから、嬉しかったんです。今日琴葉お姉さんが私のことを新しい家族だって言ってくれて」

「邪魔だとか迷惑だなんて思わないよ」

 むしろありがたいくらいなのです。

「私のことは本当のお姉ちゃんみたいに思ってくれたら私も嬉しいしさ、遠慮なんてしないでなんでも言ってよ」

「はい。ありがとうございます。……やっぱり琴葉お姉さんは昔と同じ優しいお姉さんですね」

 当時の記憶がほとんどないことが悔やまれる。きっと最高の思い出だっただろうに、なぜ私は忘れてしまったんだ。自分を思いっきり殴り飛ばしてやりたくなった。

 過去のことを悔いても仕方ない。今はこの千佳ちゃんの笑顔が素晴らしいので、万事OKだ。

「それじゃ、そろそろ寝ようか。電気消していい?」

「はい。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 電気を消して目を閉じる。しばらくすると、隣から千佳ちゃんの寝息がすうすうと聞こえてくる。どうやらちゃんと眠れたみたいで一安心だ。

 ただ、千佳ちゃんが愛おしすぎる。本当ならぎゅっと抱きしめたりしたい。だが、寝込みを襲うような真似はさすがにアウトである。

 というか、興奮して眠れたもんじゃないのですが、これ。

 今日で何度目になるか分からないほどに崩壊しそうな理性を保つために何か違うことを考えようとするも、千佳ちゃんから感じる体温や柔らかさがそれを許してくれない。

「ね、眠れねえ……」

 というか、これから毎日こんな感じって、私の理性がマッハでやばいとかそんなレベルじゃないんですが。

「まあ、幸せだからいいんだけどね……」

 せめて、お縄につくような真似だけはしまいと思いながら再び目を閉じた。

 ――結局その日は一睡もできませんでした。


 




 





 

 

 

 




 





 


 



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