ブラッディーずきんちゃん

咲良 潤

本編

第1話

 朝。

 鳥たちの歌と窓からこぼれる日差しで目を覚ます。目覚ましなんて必要ない。私は毎晩決まった時間に寝て毎朝決まった時間に起きる。朝に強い私は、前日にどんなに疲れていても朝になればすぐに起き上がれる。

 金色の背中まである長い髪を櫛でとかし、丸いどんぐりの付いたヘアゴムで首元で二つに分ける。隣の部屋で寝ているおばあちゃんを起こさないように静かに着替える。以前は私より先におばあちゃんが起きていたけど、最近は逆になってしまった。ちょっと寂しい。

 今日は出かける予定だけど、まだ時間はあるから簡単な部屋着。私のトレードマークである赤いワンピースに白いエプロン。出かける時はこれに赤いローブと赤いずきんを被るんだけど、それはまだハンガーにかけておく。


 外に出て井戸で顔を洗ったあと、台所で朝食の準備に掛かる。といっても、昨日の夜に焼いておいたパンと作っておいたスープを温めるだけ。温めている間に、パンを切って出たパン屑を庭に集まっている鳥たちにあげる。かまどで温めたパンとスープをテーブルに並べてからおばあちゃんを起こしに行く。


 私の隣の部屋がおばあちゃんの部屋。ドアをノックしてゆっくりドアを開ける。おばあちゃんは目を覚ましてはいたけど、まだ起き上がってはいなかった。最近自力で起き上がるのが辛いらしい。

 こっちを向いたおばあちゃんに「おはようございます」と声を掛ける。おばあちゃんの小さな「おはよう」を聞いてから部屋に入った。

 カーテンと窓を元気よく開ける。早朝の空気がおばあちゃんには少し冷たい季節になってきた。後で窓を閉めるのを忘れないようにしようと思いつつ、おばあちゃんが起き上がるのを助ける。

「ごはん出来てますよ。今日はかぼちゃのスープです」

「ありがとうねぇ」と小声で言いながらおばあちゃんは体を起こしゆっくり立ち上がる。


 おばあちゃんの手を握りながら台所のテーブルまで行って、一緒に食事をする。おばあちゃんが起きている時間は少しでも楽しい一時にしたいといろいろ話をするけど、最近のおばあちゃんはうんうんと頷くばかり。

 二人で喋りながら、それでもやっぱり私のほうが先に食べ終わってしまう。おばあちゃんが食べ終わるまでの間におばあちゃんの部屋の掃除をし、シーツを取り替える。戻ってきた頃におばあちゃんが食べ終わってるので、食器を下げ、お茶を入れる。

 ここまでが毎朝繰り返す基本的な流れ。

 おばあちゃんの体調が優れなくなって以来、大体同じような朝が続いている。


「おばあちゃん。私、今日は木を切ってきますね。そろそろ暖炉に火を入れないといけない季節になりますから」

「もうそんな季節だねぇ」

「そうですね」

 私は思わず窓を見る。今まで朝になればまず開けていた窓が開けられていない。それだけ朝が寒くなってきたということだ。

「でも薪はまだ沢山あるんじゃないかい?」

 おばあちゃんの言う通り。今年分の薪は十分にある。でも薪は木を切ってすぐに使えるわけではない。伐採したばかりの木は水分を含んでいるため、薪には向かない。

 だから一年かけて十分乾燥させるのだ。この時期は薪を使う季節で保管場所にも空きができるので、一年後の薪を今から準備しておくのだ。

「来年の分を今から準備しておくんです」

 今までそうやってきたのに、おばあちゃんは忘れてしまったのだろうか。

「外でやってますから、うるさかったらごめんなさい」

 そう言って事前に謝るが、これは逆におばあちゃんを安心させるためだ。私の居場所を常に伝えることによって、何があってもすぐ私を呼べるようにしておく。


 お茶を飲み終わってからおばあちゃんをベッドに送り届ける。窓を閉めるのを忘れないようにと思ったが、だいぶ日が照ってきたので薄いカーテンだけ閉めることにする。

 そのあと洗濯を済ませて薪割りの準備。赤いローブを肩から掛け、赤いずきんを被る。そして昨日のうちに研いでおいた斧を担ぐ。もっとも、斧はなにも用事がなくても毎夜研いでいるけれど。


 私は斧を持って森に入る。と言ってもあまり家から離れられないから、近場の木で目星をつける。それにこの木の伐採は開拓の意味もある。最初この家の周りは全部木で覆われていた。この家も立派なものではなく、修理の形跡がいたるところにあった。でも物心着いた時からこの家でおばあちゃんと二人暮らしだったので、不思議に思うことも不便に思うこともなかった。

 しかし隙間風が多いこの家で暖炉の火は木の枝を集めてなんとか燃えている程度。食事もおばあちゃんが森からとってくる果物やきのこ類のみ。一生このままではさすがにまずいので、私が斧を練習して少しずつ家の周りを開拓していった。木を切りそれを薪にしたり簡単な家具にしたり。根っこを取り除いたあとはそこを畑にして野菜を育てた。朝食のかぼちゃも自分の畑で取れたものだ。

 街に行けば野菜などいくらでも売っているが、遠いしおばあちゃんを一人残していくのは心配。一度街に行っておばあちゃんの健康にいいものや、お医者様がいれば一度おばあちゃんを見てもらいたいんだけど。


 そんなやるせない思いを振り払って私は薪にするための木を選んだ。シーズン最初の薪割りはかなり量がいる。だから私は大きめの木を選んだ。これくらいでも一発で切り倒せるけど、それだとどちらに倒れるか分からない。だから私はセオリー通り斜めに半分だけ切り口を入れて森側に倒れるように仕向けることにした。

 私は大きく斧を振り上げる。


 私の愛用の斧は一般的な斧ではなく、いわゆる戦斧。ラブリュスと呼ばれる双斧。訳あってこの斧を愛用している。立てると私の背丈ぐらいある大きな斧だが、普段から背負って森を歩いてるし片手で振るうのにも問題はないぐらいには扱いに慣れている。

 薪を割る段階では普通の斧を使うんだけど、まだ太い段階で何度も切りつけるのは面倒だから最初は切れ味の良い戦斧で一気に細かくしていく。


 ザンッ!

 と、ラブリュスを大木に切りつける。木の半分辺りまでラブリュスが斜めに入る。一度抜いて今度は垂直に。そうやって切った部分を取り除いてやればあとは自重で倒れてくれる。

 バキバキバキッ!

 と、大きな音を立てて倒れる大木。私はこの興奮を誘う瞬間が大好き。自然界でしか聞くことのできない轟音と地響き。それを私が出したと思うとゾクゾクする。

 余韻に浸ったところで倒れた気を丸太状に切っていき、運びやすい大きさにする。コロコロと転がしながら家の近くまで運び、そこでカンカン割って薪にしていく。ここでは普通の斧を使ってるけど、それでも大体一発で割るので薪がどんどん出来ていく。


 小一時間作業した後、私は一息ついて伸びをする。


 青い空。白い雲。

 そして高い木々よりも高くそびえるお城。私はこのお城が見えるたびに、しばらくの間見つめてしまう。

 私の家はお城を囲む外壁の近くに立っている。この外壁をたどっていけば、この城を中心に街が栄えている。決して大きな街とは言えないが、街と城とが一体となって大きくなった平和な王国だ。数年前までは好戦的な王国だったらしいが、ここ五~六年は争うもなく平和そのもの。

 以前にこっそり街に入ったことがあるが、ちょうど王が外交から帰ってきたところで街の人が出迎えていた。馬車の窓から手を振る王。控えめで優しそうな王様だった。とても数年前に自分から戦いを挑むような王様には見えない。

 反対側の窓からは綺麗な王妃と可愛い姫が窓から覗いていた。ちょうど私より五歳ぐらい年下の黒髪ブルネットが綺麗な女の子だった。子供ながら立派な服を着させてもらっていたその子と、着古して汚れたワンピースを着ている私。その馬車を見送りながら、私には一切関わることのない世界だと思った。

 それ以来街には行っていない。


「ずきんちゃん……」

 城を眺めながら物思いにふけっていたので、おばあちゃんの呼ぶ声にビックリした。

 外からカーテンを開ける。

「なんですか?おばあちゃん」

「そろそろお昼の時間だけど、おばあちゃんが何か作っておこうか?」

「いえ、いいですよ。私がやりますから」

 そう言いながら空を眺める。太陽がもう高い位置だ。

「そうかい?」

「はい。薪を片付けたら準備しますね」

 そう言って私はまたカーテンを閉める。


 私は薪を日当たりの良い場所に並べ、斧は倉庫に仕舞ってラブリュスを持ったところであることを思い出し、倉庫からロープを出しておいた。

 午後にはちょっとお出かけだ。

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