第5話 踊
「勇者ちゃん、あっちでジュース配ってたから貰ってきたよ」
はいどうぞと、魔王は手に持っていたコップを勇者に渡す。
無言でそれを受け取った勇者は、目だけで礼をすると受け取ったジュースを口に運んだ。
「……おいしい」
様々な果物と野菜が絶妙にブレンドされたジュースが、口内にさっぱりとした後味を残す。
この村の祭は収穫祭。村で収穫した果物や野菜を利用した露店が広場にいくつも並んでいた。全くの余談だが、この露店は観光客が増えだしてから始めたものである。この村の村民達は、中々に商売上手であった。
食事を終えた勇者はそのまま部屋には戻らず、せっかくだから祭の雰囲気だけでも楽しんでみようか、と広場から少し離れた雑木林の入り口で、祭の様子を見ていたところだった。そして魔王は当然のように、彼女にくっついてきていた。
「勇者ちゃん、俺にもそれちょうだい」
「なっ、ちょっと!」
強引に勇者の手からコップを奪い取った魔王は、ゴクッと豪快にひと飲みする。
「ん、なかなか甘くておいしいね」
その様子を「あわわわ!」とどこか慌てた様子で眺めていた勇者に、魔王はしばらく頭の上に疑問符を浮かべていたが――。突然にこやかな笑顔を作り、勇者の頭をポンポンッと軽く叩いた。
「もしかして間接キスだから気にしてんの? 気にしない気にしない。たかが間接キスじゃん。俺の口の粘膜と勇者ちゃんの口の粘膜が、コップを通して触れ合っただけだって」
「その言い方はやめーっ!?」
顔を真っ赤にしながら抗議する勇者の頭を、魔王はよしよしと撫でながら続けた。
「勇者ちゃんの反応っていちいち可愛いなー。部屋に帰ったらぜひ勇者ちゃんの下の粘膜と触れ合痛っ! 痛い痛い痛いって勇者ちゃん! マジで痛い! それ以上は俺の足に穴あいちゃう!」
魔王の足の甲に、そこらに落ちていた太目の木の枝を力いっぱいグリグリと捩じ込む勇者。その顔は怒りと羞恥で、先ほどよりも一層赤みが差していたのだった。
「勇者ちゃんは踊らないの?」
「うん。今日はかなり疲れているから見るだけにしとく。あの踊りかなり激しそうだし」
見てるだけでも面白いから、と楽しそうに踊り続ける人々を笑顔で眺める勇者。そのあどけない横顔に魔王は思わず頬擦りしたくなったのだが、先ほど足の甲にやられた容赦無い攻撃を思い出し、寸でのところで踏みとどまった。魔王の足の甲は本当に穴が空く寸前にまでされてしまい、慌てて再生させたところだったのだ。
「じゃあさ、こんなのはどう?」
「ふぁっ!?」
魔王は勇者の腰に右手を回し、左手で彼女の手を握り締める。そしてチークダンスのような、左右に揺れるだけのスローテンポなダンスをその腕力を駆使して強引に始めた。
「なっ、はっ、はなしてよ!?」
「いーじゃん。今は俺もただの観光客なんだから。俺は勇者ちゃんと祭を楽しみたいだけなんだけど、それでも一緒に踊ってくれるつもりはない?」
「そ、それは……その……。わ、わかったわよ。た、ただしちょっとだけなんだからね?」
勇者の返答に微笑みで答えた魔王は、より彼女と体を密着させて即興の静かな踊りを続ける。
「で、でもこのテンポと踊り、祭の雰囲気と合わないんじゃ……」
「そう? でも祭なんだから何でもありだって。せっかく今日このタイミングでこの村を訪れたんだから、勇者ちゃんも楽しまなきゃ」
「あ……。う、うん……」
恥じらいながらも、魔王にステップを合わせる勇者。魔王は彼女のその様子を目を細めながら見やり、腰に回した手に力を込めた。
喧騒から少し離れた、人目につかない雑木林、密着する互いの体。伝わってくる、鼓動と体温――。
(良い雰囲気だ。この上もなく良い雰囲気だ。このまま外で――はさすがにまずいか。いや、でも……)
上の空で踊りを続行したせいで、そこで魔王の足が勇者の足に引っ掛かってしまった。突然崩されたバランスに勇者は思わず「きゃ!?」と小さな悲鳴を上げてしまう。慌てて魔王が腕を引き上げたので彼女が倒れることはなかったが、その女の子らしい勇者の悲鳴に――魔王の何かがプツリと切れた。
ふにゅ。
遠慮という文字など自分の辞書にはない、といわんばかりに、魔王は勇者の胸をがっしりと鷲掴みにする。
あまりにも迷いなく堂々と胸を掴んできたものだから、勇者はただ魚のように口をパクパクとさせることしかできないでいた。
もみもみと勇者の胸を激しく、時おり優しく揉み続けながら、魔王は神妙な面持ちで呟く。
「なるほど……。B寄りのCってところか。勇者ちゃんて着痩せするタイプなんだね。てっきりもっと小さいかと思っ――」
勇者が渾身の力を込めて魔王に放った掌低突きは衝撃波を生み、それは雑木林の木を仰け反らせ、祭が行われている広場を駆け抜ける。人々は一瞬「何事か!?」と驚くが、山の神が吹かせた風だろう、という誰かの一言に皆納得し、祭は問題なく続けられた。
衝撃で吹っ飛んだ魔王はまるで枯れ草のように雑木林の中をしばらく転がり続け、体中がぼろ雑巾のようになったところで、ようやく地面との接吻を果たした。
のちに魔王はこう語る。この時の勇者の攻撃力は、間違いなく999、即ち限界値を悠に超えていたと――。
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