電子戦争上のExodus

@andersen

第1話Exodus

「……随分と今日は機嫌がいい」


 機体全体から感じる駆動音が何時もより軽快なのを感じ取る。

 常なら不機嫌の如く腰の重い愛機が、珍しく調子が良い。

 足元のペダルを踏み込めば、独特のギアの駆動音が響く。


 ――響く重低音。高くなっていく音響……


 何時も以上の手応えに、うっすら笑みが浮かぶ。

 愛機“Exodus”が脚部のスラスターを吹かし、まるで地面を滑り込むように荒廃した大地を突き進む。

 青白いフレアブースターが陽炎を纏い、乾いた砂と煙を炎天下の中に巻き上げた。



 視界の端に移る立体ホログラフに表示された情報は、どれもオールグリーン。

 素早く各計器類を操作し、何度か馴らし運動を行う。

 シャドーとも言えない、まるで遊ばせるかのような躯体操作。

 流れるような動作は流麗な黒の鋭角的ボデイと合わさり、一種美しくすらある。

 よどみのない連続入力、生み出される技巧、反映される刹那の輝き。

 搭乗者の腕が、凄腕スペシャライナーと呼ばれる域にあるのだと、見るものに確信させる流麗さだ。

 

 


『敵機補足シマシタ』


 電脳代理戦争区域、C-038に参戦してからおよそ5分戦場にアクセスし、進み初めてしばし。

 電子合成音が、レーダーにキャッチした敵性反応を知らせてくる。

 C-038は荒涼とした大地をベースとし、広大な区域を誇る戦場でもあるが、比較的速度を重視したExodusの最大時速は優に三百キロを越す。

 高性能を誇るカスタム機の平均水準を大きく上回る数値だ。

 いくらここが広いとは言え、千人単位が“没入ダイヴ”していることを考えれば、早い段階での遭遇は十分考えられる事態であった。


「反応数5。味方の識別反応が2……なら、強襲する――“ハイド・ア・ファクト”起動」


 光学迷彩の一種、ハイド・ア・ファクトが即座に起動し、Exodusの姿が揺らいだかと思えば景色と同化する。

 断続的な電磁ジャマーすら兼ねたシステムは、精度の悪いレーダーであれば騙し通す性能を持つ。

 そこに続けざま広範囲ジャマーを起動し、相手のレーダーを完全に潰す。

 味方のレーダーすら使いものにならなくなる相当に凶悪な代物であったが、そもそも商売敵を相手に遠慮する必要はない。


 フレアブースターが唸りを上げ砂塵を巻き上げる。

 距離があっと言う間に縮まり、360度の透過スクリーンに映された拡大映像から、相手が慌てて撤退行動に移る姿が見えた。

 相手も即座の対応なのだろうが、それは酷く不格好であり、失笑を誘う。


「悪くない判断……でも、逃がさない」


 不測の事態において即座に撤退を選ぶのは、流石は一端と呼ばれる者達が接続するBランクエリア。

 だが、それだけでは到底Exodusからは逃げられない。逃がさない。

 速度重視の愛機から逃げられる機体は多くはないだろう。


「光学ダガーエッジ起動。出力MAX」

『出力MAX、稼働限界時間残リ59秒』


 段階的な出力増加の機構を持つ、光学製ダガーを即座に始動。

 機械的な音声が残り稼働時間を淡々と述べる中、腰部に供えられた小型のサブブースターを点火させる。

 脚部のスラスターをアクセル全開まで踏み込めば、瞬間的に限界を超えた速度に機体が包まれた。

 爆発的に増すGの圧力に、華奢な肉体がミシミシと悲鳴を上げるが、顔色一つ変えず黙殺。

 一筋の流星と化した機体はその鋭角的なフォルムを躍らせ、ノロマな味方を追い越し、迂回するように敵機へと肉薄。


『おい! ジャマーはまだ解除できないのかッ!!』

『無茶言うなよ!! これ、すげー無茶苦茶だぞ。どこでこんなの手に入れたんだ!?』

『ぐちぐち言ってねーで、さっさとずらかるぞ!! ここでロストなんかしたら、今までの――――』


 傍受した回線から聞こえる阿呆な会話。

 最後の人物が言い終わるよりなお早く、ダガーエッジがそのコクピットを深々と切り裂いた。

 白く輝くレーザーエッジは今や過剰なエネルギー供給により、直視すら難しい輝きを放っている。

 熱したナイフでバターを切るような、有り触れた表現を使うに相応しい程の抵抗の無さ。

 バカみたいに出力を食うが、反面法外な威力を与えるアマツ社製ヒートダガー、“陽炎”の威力だ。


「まだBクラスに昇格したばかり? どっちにしても、そんなんじゃあこの先ではやっていけない」


 殿を務めていた機体があっけなく火花を散らし地に沈むが、僅かな動揺で残りの二機は即座に離脱を開始する。

 同時撃破を恐れたのか、V字に散開するような形で逃走していく。

 その姿に思わずため息が零れた。相手の人数も分からないままで行うには、少々悪手にすぎると。

 こちらのジャマーを誤魔化せたとしても、だ。

 たまたま今回はExodusとノロマな味方機だけであったが、これがもっと複数機によるものなら、各個撃破でそのまま食われるだろう。

 もっとも、愛機の性能を考えれば、即座に撃墜し、片方を追うのは難しくないが……


「出会ったのが運の尽きってことかな」


 にんまりと片唇を吊り上げ、再びスロットルを全開まで押し上げる。

 驚異的な加速に肉体がまたしても悲鳴をあげるが、それすら慣れたものだ。

 V字に逃げた相手の右側を追跡するように肉薄するが、流石に相手もそこまで馬鹿ではないらしい。

 バック走するようにスラスターを吹かし、構えたマシンガンを断続的に撃ち出してくる。

 遮音機能付きの小型経口マシンガンだろう。集弾率は悪くなさそうだ。

 速度や豊富な武装を持つ反面、装甲の強度はやや心もとないExodusでは、当たり所が悪ければ軽くない損傷を受けるかもしれない。


(まぁ、こんなへっぽこな腕に当たる程、落ちぶれてないんだけどね)


 時折かげろうのように、愛機の姿が空間に揺らぐが、それをすかさず衝くだけの技量はないのだろう。

 それでも、断続的に行う瞬間的加速ブースト《クイックブースト》に巻き上げられた砂塵を目標に弾を撃ち込んでくるのは、腐ってもBクラスゆえか。


 機動先を予測してもいない直線弾が当たるわけもなく、一方的な鬼ごっこはあっさりと終焉を迎えた。

 ジグザグと地面を舐めるように進み、陽炎の刃がコクピットに突き込まれる。

 両腕で素早く専用操作バーを引き込み、多くのボタン操作が瞬時に行われていく。

 金属を刺し貫くとは思えない滑らかな感触と同時、相手の機体が大地に倒れ伏した。

 紫電を撒き散らし、物言わぬ鉄くずと成り果てた機体に最早用はない。


「残り一機かー……まぁ、元から討伐が目的じゃなかったし、見逃してあげるよ」


 からかうような声音で呟きつつレーダーを確認し、ジャマーを解除。

 同時に敵影がいないことを確認し、“帰還地点ダイヴアウト”に向かってスロットルを解放する。

 先ほどの戦闘で確認したとおり、やはり今までよりExodusの機体が軽い。

 重要な武装こそ、粒子化してデータ保存されているが、それでも全て収めることは現状では無理である。

 余った武装は機体に装備するしかないのだが、これが結構な重量をもたらす。


 どうしても今まで使っていたエネルギーコアでは、最大速度までにエネルギーも食うし、時間がかかった。

 前回の無差別級国家間戦争の報酬で新しくエネルギーコアを新調したのだが、値段相応のスペックは発揮してくれたらしい。

 300万ドルもして期待はずれの性能であったのなら、流石に笑えないところだった。

 軽快な駆動音が響く中、青白い炎がスラスターから吹き出ては大地を凄まじい速度で疾駆していく。




「うーん……随分負傷機が多い。このエリアの戦争はこっちの負けかな」


 近づいてきたCー038の味方拠点兼、ダイヴアウト地点。

 そこには遠目で分かる程に、数多くの負傷した機体が修復作業を行っていた。

 軽微なら大したことはないが、それ以上となると結構な金がかかる。

 大破までいくと、その戦争は諦めざるをえないだろう。

 味方の大雑把な総数と、目の前の光景を合わせて計算すれば、どうも負け戦なのは確実であった。

 正直に言えば、負け戦でかつ撃破スコアが1となれば、赤字もいいところだが、今回は試運転だと割り切ることにする。




「ねーねー! 随分押されてるみたいだけど、腕利きのライナーでも出張ってきたの?」

「ん? ……ああ、俺も人伝なんだが、どうも“夜の国”の奴らが何名か参戦してるらしい」


 非戦闘エリア内に入ったのを確認し、機体を降りて近くでたむろしていたおやっさんと言った風体の男に声をかけた。

 ずいぶんと苦み走った顔をしたが、相手が華奢な、それも少女と分かった為かしぶしぶ内容を口にしてくれる。


「夜の国……」

「お嬢ちゃんも知ってのとおり、あそこは半数近くが腕利きスペシャライナーだからな。全く、おとなしくAクラスエリアに居ればいいのによ……」

「その通りだよ。おかげでこっちは商売あがったりだ!」


 おやっさんが愚痴を零せば、近くで修復作業をしていた青年が怒声も露わに会話に参加してくる。

 周囲を苦笑しつつ見渡せば、うなずく者がちらほらと見えた。

 少女自身がその凄腕スペシャライナーと呼ばれる乗り手であるため、中々笑えない。


「だがなぁ……奴さん、なんでBクラスなんかに降りてきたんだ? 消費する弾丸だって馬鹿にならんだろう?」


 首をかしげるおやっさんに、会話に首を突っ込んだ青年もうなずく。

 事実、Aクラス判定を受けた者は高位ランクとしての優遇を受けられる反面、幾つかのデメリットも存在した。

 その一つが、格下のランク主催の戦争における報酬の低下である。

 これは結構どころではない痛手であり、上位クラス在籍者の者が、下位のクラスエリアを荒らすことを防いでいる。

 今回のように、新装備のテスト実験でもない限り、上位クラスの者が下位に降りてくるなど、そうそうありはしないのだ。

 だからこそ、誰しもが首をかしげる訳だが……


「どうせ奴さんのことだからな、同じ“仲間”を探してたとか、そんなところだろうよ。見たところ、嬢ちゃんも“吸血鬼ヴァンパイア”だろ? 連中はあまり言い噂を聞かないから、気を付けた方がいいぞ」

「忠告に感謝します。それでは私はダイヴアウトしますので、失礼を」


 ぺこりと頭を下げれば、見事な黒髪がさらりと頬をなでていく。

 

(まさか、夜の国の探し人が私だなんて、口が裂けても言えないもんね)


 ワケアリも訳ありで、夜の国とは浅からぬ縁があった。

 苦笑と一抹の申し訳なさを感じつつ、そのまま踵を返す。

 トランスポーターと呼ばれるポイントに足を踏み込み、ダイブアウトと念じる。

 意識が乖離する独特の感覚が肉体を覆い、一瞬後には気づけば“現実”の寝室、ベットの上で目が覚めていた。

 本来ならここまでハッキリと意識が途切れないのだが、ブレインチップに少々違法な手を加えているために起こる副作用はそれを許さない。


「……気持ち悪い」


 でも仕方がないと内心で愚痴を零す。

 確かに才能には恵まれたが、それだけで這い上がれるほど“マシナリーウォーズ”は甘くはない。

 事実、Cクラスはともかく、Bクラス以降のチップ改造者は五割を超す。

 周囲を見渡せば、最低限の家具しか置かれていない殺風景な寝室が見えるのも、精神の暗澹たる思いに一役買っているだろう。

 重い足取りで安物のスプリングベットから這い出し、そのままスチール製のドアを開いてリビングに出る。

 むき出しのフローリングは固く冷たいが、さして気にした様子もなく、台所併設の横に置かれたこれまたスチール製のテーブル椅子に腰を下ろす。


「何かあったかな?」


 最後に買い物へ出かけたのは何時だったか。

 少なくとも一週間は前に違いない。

 案の定、小さな冷蔵庫には水や度数の高いアルコールしか入っていなかった。

 買い出しに出かけるにはチップの副作用が少々辛い。

 かといって、エネルギーを求めて抗議する腹を無視することも出来そうにない。

 吸血鬼種と呼ばれるこの遺伝子操作体は、非常に燃費がよくないのだ。


(まぁ、仕方ないよね)


 視線の先、台所の隅に置かれた無数の缶詰を見て思う。

 意匠の欠片もない、政府配布の印だけ押されたソレは、言わば配給食だ。

 一日二度、指定の配給場に行けば毎月支給される配給ポイントと引き換えに貰えるタベモノ。

 合成食品の粋を極めたかのようなケミカルな味は、一部の層に支持されているが、まともな味覚の持ち主ならまず好まない。

 ドロリとした触感も悪意を感じさせる反面、無駄に栄養価は高く、二食分もあれば一日の行動に過不足はないだろう。

 本物の食品が手に入りにくい現代では仕方ないとはいえ、少女としてはできうるなら避けたいのが実情であった。


「……まずい」


 陶器の器に中身をぶちまけ、銀製のスプーンで口に運べは噂に違うことなき不味さ。

 それでも食べねば腹は満たされないと、無理やりアルコールの味しかしない酒で誤魔化し嚥下していく。

 電脳であれば、安価で大量の高級料理が食べられる。

 もっとも、仮想で腹は満たせないのだから、現実との落差に絶望したくなければ、仮想での暴食は控えるにこしたことはないだろうが……


「ふぅー……買い物、いかないといけないなー」


 まだ日は高い。体調が回復したら次は買い物だと自身に言い聞かせる。

 日が沈めば性質の悪い悪漢に襲われても仕方ないのだから、その前に戻ってこねばならない。

 ぼんやりと薄汚れた強化ガラスから外を眺めれば、青い空と対照的な灰色の街並みが見える。

 それなりに高層であるこの建物からは、この街が容易に見渡せた。

 上層区を除けばどこも似たようなものであり、正直スラム一歩手前と称してなんら問題はないのだろう。

 この場所は比較的上層近くだが、それでも犯罪に暇はなく、油断すれば足元を掬われる。

 どこに行こうとそれは変わらず、現代の世界に根付いた貧富の差は最早どうしようもない。

 華やかな電脳世界に耽溺し、汚れた現実から目を背けるのが世界の実情なのだから。





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