Recurrence
冬が1回通過していった。そして、再び初夏を迎える。
「せんせ」
ノックをして部屋に入ると、ぱっとイーリヤがこちらのほうを向く。
枕元に置いた本のタイトルを見て、ラングが呆れたようにいう。
「……今度は医学書か」
「ちょっと難しいね」
イントネーションは変わらず。しかし単語の言い間違いは減ってきている。
言葉を覚えようと決心した少女はまるで布が水を吸うようにその語彙を増やしていた。
「ほんとは綺麗な写真があるといいんだけど」
「あるわけないだろう」
施設の図書室は資料や研究書で構成されており、物語や詩集などは望むべくもない。
「つまんないなー」
少女の言葉を聞き流しながらラングは手許のカルテをめくっていた。
「……またか」
1枚足りないページがある。
カルテの管理は基本的に自分がおこなっているが、定期的に写しを上司に渡す。チェックを受け通常は翌朝帰ってくるのだが、新任の助手に変わってから朝一番で返却されないことが多くなった。
「すぐ戻る。隠れないでおとなしくしていてくれ」
「はあい」
ラングは端末へパスワードロックをかけると乱暴に椅子を引き、早足で部屋を出て行った。足跡が小さくなり、聴こえなくなる。やがて小さなモーター音が響き、それも小さくなる。
イーリヤはそれを確認し、ラングの椅子へ寄り、ちょこっと腰掛けた。
くすっと笑って、端末を向く。
えーと。キーボードのこことこことここを一緒に押して。ここにいれるのはせんせの名前。もう1つは……
1回目は失敗。2回目で画面にスプラッシュが表示された。
せんせがいつも見ているもの。ほんとはいけないんだと思うけど、1回くらい覗き込んでもいいよね?
709。これはこの部屋の名前。イーリヤの名前が隣に書いてある。その下には断片的な言葉。
あまり面白くないな……これみたらせんせが普段何をやっているのか分かるかと思ったのに。
そう思って、パスワードロックをかけて画面を元通りにした瞬間だった。
2つの単語が視界に滑り込み、消えた。
知らない単語だった。何だろう?
またあの本がたくさんある部屋に行って、文字を読んでみたらわかるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます