第10話:〈狩人〉出陣 【首狩の蜘蛛】

 家の自室に戻ったシュウは、部屋の中央に立つと瞑目し、深呼吸をした。首に巻いていたマフラーを外し、吊り下げられているハンモックの中に放り込む。

 仕事道具を入れている机の引き出しを開ける。取り出したのは指貫グローブ。手に嵌めて指を動かし、感触を確かめる。問題無しとみると、今度は巻尺メジャーを手に取った。目盛が書かれた帯をある程度引っ張り出し、ボタンを押してスルスルと収納されていく様を見る。ぜんまい仕掛けに問題はない。微かに頷き、ポケットの中へとしまいこむ。

 別の引き出しを開けて、中身を引っ張り出す。常に着けているものとは違う鈍色のマフラーを首に巻き、口元を隠す。

 準備を整えたシュウは、窓際に歩み寄る。目に入るのは、寝静まったハーディールの街並み。曇っているのか、星明かりはあまり見えない。

 実に慣れた様子で、窓から飛び降りる。着地先は隣接する建物の屋根だった。周囲より頭一つ高い部屋だからこそ可能な芸当だ。

 さっと周囲を探る。人目につかぬよう警戒しつつ、足音を殺して連なる屋根の上を駆けていった。





 セイレス商会の屋敷の中で最も広い、赤絨毯の部屋。数多の宝石や彫刻などがそこかしこに飾られており、何とも派手な印象である。

 その部屋の主ウラジーミル・セイレスは、金の装飾がなされた柔らかいソファに身を沈めながらワイングラスを傾けていた。

 そこへ、ノック音が響く。

「誰だ?」

「ちわー、仕立屋のシュウっす」

「む、仕立屋?」

 その呟きを肯定と捉えたのか、一人の少年が部屋に入ってきた。いつ見ても眠たそうな印象の半目にマフラーという姿。シュウ・ラ・ティーティスその人だった。衣装を作るよう依頼したのは他ならぬ自分だ。故に彼がここに姿を現すことは別段おかしな話ではない。

 ただ、それでも疑問が残る。

「何か用かね仕立屋殿。このような時間に?」

「ちょっと寸法の合わないところが出てきてしまいましてね。お手数ですが、少し採寸でお時間頂けませんかね?」

「む……まぁ、良かろう」

 仕事があるわけでもないし、断る理由は無かった。それに今回の衣装は、近いうちに行われる貴族家のパーティで使用するもの。万が一にも不手際があっては困る。

 グラスをテーブルに置き、シュウに言われるがまま物が置かれていない一角に移動する。両手を広げて突っ立った姿勢のウラジーミル。その体のあちらこちらをメジャーで測っていく。

 胴回りや上半身の長さ、腕、そして首回り。

 シュウはウラジーミルの背後に周り、その首にメジャーを回す。一周、いや、もう一周。背中合わせで両の手にメジャーの端を持つと、シュウは背中を支点に力一杯帯を引いた。

「――!?」

 キリキリと引っ張られ、ウラジーミルの首が絞められていく。その苦しみに抗わんとするが、声の一つも上げられず、深く食い込んだメジャーを掴むことすら叶わない。やがて限界に達した彼は、その意識を永遠に失った。

 ウラジーミルの体から力が抜けるのを感じ取ったシュウは、その骸を静かに横たえる。メジャーを巻き取り、静かに呟く。

「この首、【首狩の蜘蛛】がもらったよ」

 部屋の灯りを消したシュウは、窓から外へと脱出し闇の中へと消えていった。

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