暗中必殺夜狩稼業
銀狼
【隠密の猟犬】はいかにして生まれたか?
第1話:若き衛兵
晴れた日の昼下がり。ウォルズ・F・フォードは人の往来激しい通りの中を一人歩いていた。物々しげに鎧を着け、注意深く周囲に目を向けながら歩いていく。収まりが悪いのか、時折眉を顰めながら腰に帯びた剣を弄っている。
「よぉウォルズ。お勤めご苦労さんです」
足を止めて剣を弄っていると、不意に肩を叩かれた。目を向けると、そこにいたのは自分と同じ格好をした同僚の姿。人当たりの良さそうな笑みを浮かべて手を上げている。
「ピーターか、何か用か?」
「釣れないこと言うなよー。知り合いに声かけるくらいしたっていいじゃんかよぉ」
「職務中だろうが」
「いーじゃんかよ。俺とお前の仲だろ?」
堅物な印象のウォルズとは対照的に、明るく朗らかに振る舞う同僚の男ピーター・バーレイ。そんな彼の視線が、ウォルズの手元を捉える。
「ははあ、まーだ慣れねぇのか、それ?」
「お前も知ってるだろうが。剣は俺の得物じゃない。帯剣なんて今までほとんどしてこなかったからどうにもな」
「ハハハ、剣が苦手な騎士様なんてそうそうお目にかかれるもんじゃねぇや」
「るっせぇなてめぇ。その口黙らせてやろうか?」
「おおこわ。怪力ウォルズのお怒りだぁ」
脅し文句にも臆せず、芝居がかった調子で飄々としているピーターに毒気を抜かれ、ウォルズは溜息を漏らす。
「そう落ち込むなよ。せっかくだししばらく一緒に行こうじゃないの」
「別に落ち込んだわけじゃねぇよ」
悪態をつきつつ、ピーターと並んで歩を進める。人が増えても、やることは変わらない。市街の警邏。それが彼ら衛兵隊の職務である。
左右で分担して、市街の様子を巡視していく二人。しばらくして、ピーターがポツリと呟く。
「にしても、平和だな」
「そうだな、良いことだ」
「良いことではあるけど、ちと退屈だな俺は」
「事案があってほしいとでも? 不謹慎だぞ」
「そうは言ってねぇよ。ただ……なんつーか、ぬるま湯なんだよな。冒険者に比べると、さ」
ピーターの言葉が、いやに重くウォルズの胸にのしかかる。
二人が騎士を目指し、実力をつけるために行っていた冒険者稼業。薬草の採取や手紙の配達といった小さな仕事に始まり、馬車の護衛や盗賊退治、魔物の討伐といった実戦の場に何度も足を踏み入れた。もちろんそこは命のやり取りが発生する場である。ヒヤリとした場面はいくらでもあったが、それらを乗り越えてきた中で、自分達の力が誰かの役に立っているのだという実感が確かにあった。
対して今はどうか。幼い頃からの夢だった帝国騎士団に入ることができたのは重畳である。しかし首都ハーディール内配属の衛兵隊の仕事と言えば、ほとんどが今現在やっているような巡回ばかり。稀にスリや置き引き、食い逃げなどに遭遇し現行犯逮捕のため体を動かすが、そうでもなければ時間いっぱいただ歩き回っているだけである。
辟易していることは、それだけではない。
「――旦那さん方、お一ついかがです?」
「おっ、美味そうだなぁ」
店の商品を見て、ピーターが足を止めた。彼に倣ってウォルズも止まる。見ればそこは食堂だった。テイクアウトもやっているようで、主人の顔がカウンターから覗いている。ミートパイを手早く紙に包みながら、ウォルズを置いて歩み寄っていったピーターと会話をしている。
「やぁどうも、景気はどうだい?」
「いやぁちいと微妙ですかねぇ。なんせすぐそこに新しい店ができたってんで、客が流れちまって」
「あらぁ、そいつは大変だねぇ」
「ええ……正直なところ、あの店には良くない噂が出てましてね。材料に悪いもの使ってるって話ですよ」
「おや、それは聞き捨てならないね」
「でしょう? 旦那さんらの方で何とかしてもらえませんかねぇ? あ、これ、ほんの気持ちばかりですが持ってってください。向こうの旦那にもよろしくお伝えくださいな」
「お、そりゃあありがたい」
「よろしくお願いしますよー」
上機嫌で包み二つを手に戻ってくるピーター。その姿に、ウォルズは眉を顰める。
「おい、職務中だぞ」
「固いこと言うなって。ほれ、お前の分もあるからさ」
ピーターが包みの一つを渡してくる。掴むように触れた瞬間、ウォルズはすぐに手を離した。
「こいつは受け取るわけにはいかない」
「んぁ? 何だってんだ?」
呑気に包みを開けてミートパイを食べているピーターに、ウォルズは険しい顔を向ける。
「中に入ってるもん分かってんだろうが。それにさっきの会話も聞いていた」
包みに触れた時、ミートパイ以外に硬く小さなものの感触があった。ピーターがおどけたように笑みを見せる。その口にはやはりというか、一枚の銀貨を咥えている。つまりは
「そう怖い顔しなさんなって。不正があるかも知れねぇって重要な情報ももらってんだ」
「客を取られた腹いせの可能性が高い。それに、不正を取り締まる側が不正しててどうすんだ」
「まぁそう言うなって。市民との良好な関係は俺らの仕事に不可欠だろ」
「必要以上に過ぎる。不要な繋がりだ」
「そんな意地張るもんじゃねぇよ……商人連中の中には、こっちの方が信用できるって輩もいるんだよ」
飄々と言葉を返していたピーターが、不意に真顔を見せてきた。滅多に見ない表情に、ウォルズは面食らってしまう。もっともピーターはすぐに元の朗らかな顔に戻ったのだが。
「まぁ、お前は正しいさ。けどそれだけじゃあ回らないのが世の中ってもんだ。で、どうする? 美味いぞこれ」
「……いや、俺は要らん」
「んじゃ、もったいないから俺がもらっといてやりますかねぇ。さて、件の店の様子も見とかないとな」
そんなことをのたまいながら、ピーターは調子よく通りを横切っていく。しばらくその背を見送っていたウォルズだったが、やがて小さな舌打ちを残し、苦い表情でその場を後にした。
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