短編集
宗次郎
乙女の心、教えます。
今日は二月十五日月曜日。
バレンタイン当日は学校が休みだったため、今日は私にとってのバレンタインだ。
この日のために『チョコを渡すときの秘策⁉憧れの彼とバレンタインを‼』なんて表紙に書かれた雑誌を熟読し、二十二回の試作と失敗を繰り返した。
わざわざ新宿の東急ハンズまで行って二時間かけて包装紙を選んだ。バレンタイン特設コーナーの前にいる時の鬼気迫った顔といったら、筆舌に尽くしがたいものだろう。
それもこれも、憧れのあの人に渡すためだ。
隣のクラスの
付き合っている人がいないことは友達から聞いてサーチ済みだし、好みのタイプも友達に(学食の生姜焼き定食六百八十円と引き換えに)調べてもらった。好きな人がいるらしいけど、そんなことは関係ない。今日に合わせて髪型を変えて化粧品も一新したし自分磨きは精一杯やった。
気合は十分。
あとは、放課後を待つだけだ。今から緊張してしまう。
「佐賀美、さっきから独り言うるさい」
前の席の
「あ、ごめん」
「あと、考え事してる時のお前ブサイクだぞ」
華の女子高生に何を言うんだこの男は。でも近衛には色々と協力してもらってるからあまり強くは言い返せない。
「余計なお世話よ。気にしないで次の授業の予習でもしてなさい」
「今日渡すんだろ?今のうちに顔ほぐしておかないとブサイク面で会うことになるぞ」
「……シネ」
イラッとしたのでついぼそっと言ってしまった。本当、余計なことしか言わないなこの男は。
「ふはは。一応応援してやるから頑張れよ」
顔のわりに豪快に笑う近衛はいつも軽口を叩いては私で遊ぶ。それでも最後にはしっかりとフォローを入れてくれるから憎めないのだ。
「報告、楽しみにしてるよ」
そう言って近衛は授業の予習に戻った。
次の授業が終わったら放課後だ。
近衛の軽口のおかげか緊張も解けてきた。
あとは、この気持ちをチョコとともにぶつけるだけ。
♦
あっという間に放課後になった。今は待ち合わせ場所の理科室にいる。この時間帯の理科室は人通りもないしこの教室を使う部活もない。まさに告白とかそういう場所にうってつけだ。理科室の奥、校庭からも廊下からも見えない死角に隠れてひたすら約束の時間を待った。
緊張する———。
さっきの授業中に考えた告白の言葉も全て忘れた。頭が真っ白になって、ただただそこに立ち尽くしているとすぐに約束の時間になってしまった。
そして、西連寺真が、来た。
初めて私を見てくれている。
何か言わなきゃ———。
焦燥も重なって唇が動かない。
「佐賀美怜れいさん、で合ってるよね?」
口火を切ったのは西連寺だった。
「この後部活もあるからそんなに時間は取れないんだけど……いい?」
少し困ったような顔をする西連寺に、私は見惚れてしまう。
「うん…大丈夫。そんなに時間はとらせないから」
目を瞑って、小さい深呼吸を一つ。近衛に教えてもらった緊張に負けないための対処法。
私は自分の気持ちを言葉にしていく。
こんな私だけど———目惚れだった———チョコ、受け取ってください———好きです———おかしいってわかってる———それでもあなたのことが——。
その時言ったことはあまり覚えていない。
私が言い切った後、少しの間があって西連寺が喋り出した。
「チョコ、ありがとう」
西連寺がはにかむ。
「佐賀美さんの気持ち、すごい嬉しいよ」
あの時見た、西連寺の屈託のない笑顔。
「放課後呼び出されたのも初めてだし、告白されたのも初めてでドキドキしてる」
全てが私に向けられている。
「でも、ごめんなさい。付き合うことはできません」
西連寺が今まで見たことのない悲しい顔をした。
頭が揺れる。
なん、で。
私の唇は意に反して動き、それは声となって西連寺に届いてしまう。
「……理由は単純だし、佐賀美さんもわかってるはずだよ」
そんなものは、わからない。
西連寺が笑顔を消して、私から目を背けて言った。
「私たちが、女の子だからだよ」
———だから、ごめん。
そう言い残して西連寺が理科室を去っていく。
枯葉のように、風にさらわれて。
私の脳裏には、西連寺の顔が焼き付いている。屈託のない笑顔ではない、神妙な顔つき、それでいてどこか悲しげな顔。
でも、何故だろう。あなたの笑顔が一番好きなのに。
私の中で西連寺の存在が前より大きくなっているのは。
♦
———あいつのこと、振ったのか?
「……当たり前でしょ」
———お似合いだと思うけどな。
「その冗談、すべってるよ」
———ふはは。冗談じゃなくて本気で言ってるからな!
「佐賀美さんにはフォロー入れといてよね」
———ああ、もちろん入れるよ。あいつの困った顔なんて見たくないしな。
「あなた、やっぱり性格歪んでるね」
———お前には言われたくないし、お前も楽しんでるだろ。
俺が片思いしてる佐賀美が、俺に惚れているお前に惚れた、この状況を。
「こんな三角関係、望んじゃいなかったけどね……」
———現実主義だろ?ちなみに佐賀美は一度振られたくらいじゃ諦めないぞ。春休みまで死ぬ気でアタックしてくるだろうな。
「……はあ」
———ふはは。楽しいな学校は!
私のため息なんてかき消すように、近衛の笑い声が受話器を通して聞こえてくる。
時刻は二月十六日午前零時二分。春休みまで、まだたっぷりと日にちが残されていた。
短編集 宗次郎 @soujirou
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