第8話

「人間がカニバリズムに至る理由は様々だよ」

 紀香は、中学入学時に引っ越してきた女の子だった。同じ出身小学校の生徒同士で徒党を組む傾向にあった学校では、転校生も同然の扱いだった。だから、初めは色々な生徒に声をかけられたようだった。実際、大人しくしている限りはごく普通の女生徒だったからだ。

 だが、ほどなくして彼女は浮いた存在になったらしい。

「食料不足、性的倒錯、敵対制圧、宗教儀礼。でも、少なくとも世界中でカニバリズムが行われたという記録が残っているの」

 それは、彼女が不気味な発言を繰り返したからだった。

 宇宙人信仰や悪魔崇拝などはまだ可愛い方で、残虐な処刑法や珍しい拷問の方法、簡単に手に入るものから毒を作りだす手法など、おおよその中学生が近寄り難くなる様な知識ばかりを披露したのだ。皆に受け入れられる方がどうかしているだろう。

 結果、彼女は孤立した。

 そして、同様に孤立していた僕を話相手にするようになっていた。

 彼女は放課後になると決まって僕の教室にやってきて、当たり前の様な顔で家路につく僕の隣を歩き始めるのだった。そのため、僕は徒歩通学の彼女に合わせて、自転車を押して歩かねばならなかった。

 初めは煩わしく思っていた僕だったが、いつしか、彼女を強いて拒否する理由もないという風に思う様になっていった。孤立には慣れたなどと偉そうな口をきいても、僕は所詮ただの中学生で、本心では一緒に時を過ごしてくれる人間を求めていたのだった。

「有名なのは、パプアニューギニア島の食人族の話よ。昔、オルークっていう映像作家が――」

 紀香は始終話通しだったから、僕は黙っているだけでよかった。それが元来無口な僕としては居心地が良かったというのもある。

 僕と紀香にとって互いの存在は、いつしか欠けたパズルの穴を埋めるピースの様なものになっていた。当時の僕にとって紀香の居ない生活は想像できなかったし、それはきっと彼女にとってもそうだった。

 少なくとも当時は、本気でそう考えていた。

 紀香と話す様になってから、あいは僕の前に現れなくなっていった。最初のころは、なぜ彼女が来ないのか、と思う事もあった。しかし、少しずつ彼女の不在に、僕は疑問を抱かなくなっていった。

 僕にとって彼女は寝ている時に見る夢と同じ様なものだった。輪郭は覚えている。ただ、中身は無い。夢から覚めたときに残っているのは、抱いた感情だけ。その具体的な内容が思い出せない状態に似ていた。

 このまま、あいが消えてしまってもいいのだろうか。

 僕はそんなことを考えた。

 彼女は確かに僕にとって大切な人で、今も僕の中に血肉となって存在する筈の人間だ。そんな人間を忘れてしまうだなんていうのは、彼女への冒涜に他ならない。自分はそこまでの人非人だったのであろうか。

 いつしか、僕は彼女の顔を思い出せなくなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る