第5話
僕が小学校に入学してから数ヶ月が過ぎた頃のことだ。クラスメイトの一人である、みーくんが学校の裏山で一匹の猫を見つけた。その猫は真っ黒な色で、まだ生まれたての子猫のようだった。段ボールに入っていた事から、恐らく誰かに捨てられたのだろうと思われた。
「この子、みんなで飼おうよ」
みーくんは僕達のリーダー的な存在だった。小学生一年生にしては体が大きく、みんなを引っ張る積極性もあった。そんなみーくんが言い出した事にはみんな逆らえなかったようだった。
仲間の中には乗り気でないものもいたのだけれど、少なくとも僕はわくわくしていた。僕の家は専業農家だったし、家で動物というものを飼ったことがなかったから、動物を飼うことに純粋に興味があったのだ。あいとの思い出であった『ぐるぐる』のことを思い出したということもある。
黒猫の名前はクロに決まった。真っ黒い身体をしていたからクロ。とても単純な名前だったけれど、逆にとてもしっくりきた。この猫の名前はクロ以外には考えられなかった。
今となって思う事だけれど、僕達は誰か大人にクロのことを相談すべきだったのだ。僕達は誰一人として子猫を育てる知識をもちあわせていなかった。与えなければいけないもの、逆に与えてはいけないもの。僕達はクロがオスだったのか、メスだったのかも理解していなかった。
確たる理由はなかったのだけど、クロの存在は自分たちだけの秘密にしておきたかった。みーくんに「こいつのことは誰にも言うなよ」と言われて、誰もよく考えもしないまま頷いてしまっていた。ただ自分たちだけの秘密というものを持ちたかっただけであったように思う。一つの命に責任を持つという事がどういうことなのか誰も理解してはいなかった。
「猫を飼っているんだよね」
その日は久しぶりにあいが僕の前に現れた。僕が小学校の計算問題が全然わからなくて、母親に怒られた日以来だった。
「そうだよ」
あいは僕が一人きりで居る時にしか、声をかけてこない。だから、僕は目の前にいる人間にごく当たり前に返事をする感覚で応える。
「あの子、大丈夫かな」
あいは心配そうな表情を見せる。
「どういうこと?」
「あんな飼い方で大丈夫なのかなって」
実際、僕も危惧し始めていたことだった。僕達は「餌さえあればなんとなる」程度にしか考えていなかったので、水を与え、給食のパンを持って行ったり、家にあったお菓子を与える程度のことしかしておらず、それ以外の世話は一切していなかった。今にして思えば、パンやお菓子なんかを子猫が本当に食べていたのかすら怪しかった。子猫が捨てられていた段ボールもボロボロになっていた。
仲間の一人がみーくんに誰か大人に相談すべきじゃないかと言ったけれど、みーくんは受け入れなかった。彼は自分たちだけでクロを育てることに何故か固執していたようだった。
「お父さんに聞くべきかなぁ」
身近な相談相手はそれくらいしか思いつかない。
だが、そう言いながらも僕は動けずにいた。みーくんに逆らうのが怖かったという事もあったし、自分としてもまだどこか楽観的な面もあった。猫だって人間に育てられなくても意外と一人で育つものなのかもしれないと。
「でも、もしも」
あいの見た目は幼い時のまま、変わらない。彼女がこれ以上成長することはきっとないだろう。でも、時々、あいは幼い頃にはなかった様などこか達観した様な表情を見せる様になっていた。
「クロが死んじゃったらどうする?」
僕は本当はもう予感していたのだろうか。
「食べてあげられる?」
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