295区 【城華大付属高校】その2

【宮本 加奈子】みやもと かなこ

★初登場回 25区★

小学時代は特に運動をしていなかったが、学年でも3番目くらいに長距離が速かった。


周りからの勧めで、中学では陸上部に入るが、宮本加奈子の通う中学は長距離部員が男女合わせて4人と少なく、入部して僅か3日で部内1位になってしまう。さらには陸上部の顧問も競技経験者ではなく、部活もそこまで本気で活動していなかった。


ただ、顧問も、「自分では宮本加奈子の才能を伸ばして上げられない」と感じており、つてをたどり桂水市内にある市民ランナーのクラブチームに相談に出向く。クラブ内には、中高大学と陸上部で長距離をやっていた人、元実業団だった人など経験豊富な人が多く、週2回ほど宮本加奈子を預かり、一緒に追い込み練習をすることを快く引き受けてくれる。


そのチームとの練習のおかげで、宮本加奈子は3年生の時に県1位まで登りつめ、城華大付属へ進む。


ちなみに、クラブチームとの練習は例外的に宮本加奈子のみが認められていたため、中学で1つ下の代にいた大和葵は、ずっと学校内での練習であった。さらには、駅伝メンバーも組めず、顧問も自由に練習させる方針だったので、大和葵はずっとジョグばかりしていたのである。


城華大付属に宮本加奈子が入学してきて、阿部監督がまず感じたのは、彼女が同学年の子達と比べて、走ることに対して深い考えを持っており、とにかく真摯に取り組むことであった。


これには彼女を取り巻いていた環境と元からの性格が大きく関係している。


まず、宮本加奈子は中学時代にクラブチームで練習することで、大人の人と触れる機会が同じ年代の子達に比べてはるかに多かった。さらに、クラブチームの人達も一緒に走りながら、教師が生徒に教えるような感じではなく、同じ走る仲間として、陸上に関する様々な考え方や人生の経験などを宮本加奈子に喋っており、そのおかげで彼女は同学年の子達とは比べ物にならないくらい色々な考え方が出来るようになっていたのである。


また、彼女は小学生のころから通知表に「何事にもコツコツと真面目に取り組みクラスのお手本となっています」と書かれるほどに、生真面目な子であった。


だが、阿部監督は、そのあまりに真面目な性格を逆に心配し、宮本加奈子の代になった時、キャプテンとして桐原亜純を指名する。宮本加奈子をキャプテンにすると、彼女自身が潰れてしまうと思ったのだ。


この辺りは、「さすが阿部監督」としか言いようがないほどの、名采配であった。宮本加奈子がキャプテンになっていたら、3年生の夏休み前に彼女は潰れていたと思われる。


ただ、その悲劇は彼女が卒業してからすぐに現実のものとなってしまう。


かなり早くから宮本加奈子は城華大への進学を希望しており、3年時の都大路1区で非常に良い成績を残すなど、走力的に見ても大学入学と同時に即レギュラーが約束されていた。


それがゆえに、周りがよせる彼女への期待も相当なものがあり、宮本加奈子自身も必死でその期待に応えようと、ずっと気持ちを張り詰め頑張り続けていたのだ。


その結果、入学前に彼女は潰れてしまった。


大学への入学辞退が決まり、家でふさぎこんでいた彼女に両親があるものを渡してきたのは、4月の中頃であった。両親から封筒を渡され、宮本加奈子が中を見ると、それは航空券と船券、電話番号と地図が書かれたメモ、それに十数万円はある現金であった。


話を聞けば、宮本加奈子の両親が新婚旅行で訪れた小笠原諸島はあまりに素晴らしく、宮本加奈子の心を治すのに、ほんの少しでも役立つかもしれないから、行ってこいと言うことであった。さらには、新婚旅行の時にお世話になった民宿の方と今もやり取りをしており、すでに話はついているという。


突然に、ほぼ強制的にではあったが、宮本加奈子も少し興味があったので、旅に出てみることにした。そして彼女は、その雄大な景色と自然の豊かさに衝撃を受ける。


「ほんとにさ、空と海が青くてさ、森も緑で、夜空ですら黒く輝いてるみたいなんよ。朝日と夕日も赤くてさ、もうすべてが宝石のように輝いてるんよ。私の語彙力じゃそのすごさが伝わらんし、写真だけじゃその感動も全部は味わえんけどさ、とにかくすごいんよ!」

と、宮本加奈子は小笠原諸島から桐原亜純に必死で訴えていた。


約二週間の滞在中、毎日のように自然に触れ、彼女の心は一気に回復をみせる。


実家に戻ってくると、とにかくまずはお金を稼ごうと就職活動を始め、すぐに丸木文具への就職を果たす。丸木文具は従業員32人とかなり大きな文具店であり、その品ぞろえは、市内はもちろん、近辺の市を含めてもトップクラスである。宮本加奈子にとって、そんなあ職場で働くことは、今までの人生で経験したことがない出来事の連続であり、あっという間に数か月が過ぎていき、気が付けば、5カ月近くも走っていなかった。自分の人生はこれで良いのかと思いつつも、日々生きるのが精いっぱいで深く考えないようにしていた時に、澤野聖香から電話がかかり、小柴とのやり取りが起きる。


「やっぱり私は走りたいんよ。チームや、誰かのためじゃなくて、自分のために走りたいんよ」と、自分の気持ちに気付いてからの彼女の立て直しは早かった。そのあたりは、彼女の生真面目さゆえなのかもしれない。


思った次の日には新しいシューズを買い、阿部監督に電話し、走り出すこと伝えると、まずは10分、次に15分と日々少しずつ距離を伸ばしていく。


ただ、宮本加奈子の生真面目さが逆に出てしまった面もある。彼女はもう一度走り始めた時に、中学でお世話になったクラブチームに顔を出し、一緒に練習させてもらおうと閃いたが、すぐに、「まだそのレベルに達していないし、今行っても迷惑をかけてしまうだけ」と、一人で走り続けていた。


だが、永野綾子から阿部監督に番号を聞いたと突然連絡があり、そこから僅か2日後には大学入学が事実上内定し、さらに強くなりたいと、意を決してクラブチームに顔を出す。


何を言われても、素直に頭を下げようと覚悟し、恐る恐る練習場所に行った宮本加奈子だったが、そこにいたクラブチームのみんなが笑いながら「ようやく戻って来たか」「いつもひとりで思いつめたような顔して走っていたのをみかけていた。バカじゃないの? ここに来て一緒に走ればいいのに」「てか、来るのが遅い。まず一番にここに来いよ」など、歓迎されたことに拍子抜けしてしまう。


そんな彼女がもう一つ気にしていたのが、丸木文具店への退職の申し出であった。推薦が10月中旬頃正式に決まり、すぐに言い出そうと思っていたが、なかなか言い出せず、悩みに悩んでようやく店長に話したのは年が明けてすぐのことであった。


泣きながら2月末で退職したいことを伝える宮本加奈子に、「自分の夢を叶えるために辞めるのに、泣く人は初めてかもしれん・・・」と店長は苦笑いし、宮本加奈子が逆に困惑する始末であった。その席で店長が宮本加奈子に「大学で就職活動をする時に、うちに採用試験受けに来てもダメだからね。宮本さん、受ける気でいるでしょ。責任なんて感じなくていいから。ちゃんと自分のしたいことをやりなさい」と語り、宮本加奈子はなぜ自分がやろうとしていたことが分かったのだろうと不思議がっていた。また、たった9カ月程度しか働いていないのに、勤務最後の日に、職場のみんなが「新たな夢に向かって頑張れ」と、盛大に飲み会を開いてくれたのも、彼女が日々必死に生真面目に働いていた結果なのかもしれない。


なお、大学に入ってからは、長期休みで地元に帰る際は、必ず一番にクラブチームに顔を出し、みんなと楽しく走っていた。


また、大学を卒業と同時に競技は引退したが、そのクラブチームで自分の健康のためにと、週に3日程度は走っており、チームがポイント練習をする日は、タイムを取ったり給水をしたりとマネージャー的役割を進んで行い、レースにも応援兼荷物番及び打ち上げ飲み会要因として帯同している。


【桐原 亜純】きりはら あずみ

★初登場回 22区★

城華大付属高校陸上部史上一番の例外中の例外。


桐原亜純自身が、「自分はもしかして足が速いのでは?」と気付いたのは、小学2年生の校内マラソン大会であった。1.5キロを走る2年生の部の半分まで行った時点で桐原亜純は4位を走っていた。しかも、前の3人のペースが落ちて来ているのに、自分は息一つ乱れていないことに気付く。


走ることで目立ちたくないと思った桐原亜純は、あえて苦しくなってきたふりをして、自分からペースを落として結局7番でゴールする。


彼女の足の速さは父親譲りである。彼女の父は全国クラスではなかったものの、地域の実業団選手であり、県レベルでは大いに名前の知れた選手であった。


 ただし、亜純が生まれて僅か1年後に夫婦は離婚している。その後、亜純の母親は再婚。亜純を長子に妹と弟がいるが、下2人の父親は母親の再婚相手であり、亜純のみ父親が別である。2年生の時、まだ事情をよく理解していなかったが、母親が駅伝やマラソンを「あまり好きではない」を通り越し、「嫌っている」ことを知っていた亜純は、走ることで目立ちたくないとペースを落としたのである。


別に走ることにこだわりも興味もなかった桐原亜純は、その後も走ることでは手を抜き続ける。ただ、不幸だったのは彼女があまり器用ではなかったことである。走ることだけ手を抜ければよかったものの、それに伴って人生すべてにおいて手を抜いた生き方となってしまう。それが原因で中学2年の時に付き合っていた彼氏から「亜純の、本当はもっと出来るのにあえて手を抜いている生き方がすごく鼻につく。なんだか、周りを見下しているみたいな感じがして嫌」と罵られ、別れを切り出されてしまう。


思春期真っただ中の桐原亜純にとって、これは自分のすべてを否定されたに等しい言葉であった。それが原因で彼女は一時期大いに荒れ、「私がこんな生き方になったのは、元をただせば母親がマラソンや駅伝を嫌いだったことが原因だ」と言った考えにいたり、その矛先は母親に向くことになる。家族全員を巻き込んだ大騒動の末、桐原亜純は自分の実の父親のことを含め、すべての事実を知ることとなる。この騒動の時、今の父親が彼女の一番の理解者であったことが、彼女にとっては大いなる救いであった。


そこからの彼女は、何事にも常に全力でチャレンジしていくという、今までとは180度違う人生を歩みだす。


大騒動からわずか半年で学力面において学年上位に追いつき、校内マラソン大会では、吹奏楽部にもかかわらず、並みいる運動部を相手に学年6位となる。


彼女が進学先に城華大付属高校を選んだのは、自分の人生における最大のチャレンジであった。「走ることに対して逃げたせいで人生を停滞させてしまったので、今度は走ることに対して真正面から向き合うことで生き方を変えたい」と自ら母親を説得し、城華大付属高校を受験したのである。


ただし、陸上部への入部は数多くの異例だらけだった。


そもそも、城華大付属高校陸上部は一般入部も許可しているが、それは推薦で漏れたが、どうしても城華大付属でやりたいと思って入部してくる者たちが前提がとなっている。しかも、阿部監督はスカウト活動にも熱心であり、監督が推薦しなかったのには、陸上部の気風に合いそうにないなどの、それなりの理由があってのことである。


そのせいか、一般入試で毎年1~2名程度の入部はあるものの、卒業時まで残るのは3年に1人くらい……。駅伝メンバーに入るレベルに達するのは5年に1人いるかいないかである。


ましてや、桐原亜純のように素人として入ってくるのは、10年に1人いるかいないかであった。さらに、彼女の存在に阿部監督が面食らったのには別の理由もある。


スカウト活動にもかなり熱心な阿部監督は、他の部活から助っ人として出場してくる機会も多い県中学駅伝はもちろんのこと、各市町村で行われる小さな駅伝、地元のロードレースまでチェックしており、一般入試で入って来た生徒でも、ほぼ全員名前を聞いただけでピンとくるか、そうでなくても毎年自分が集めている資料の中には名前があるものである。ところが桐原亜純の名前は全くデータになかったのである。それもそのはずである。彼女は城華大付属陸上部初の中学時文化部出身であったのだから。


ちなみに彼女に城華大付属陸上部を進めたのは、実の父親であった。今の父親が間に入り、まずは母親を説得。その母親から実の父親の連絡先を聞き、今度は彼を説得し、最後に桐原亜純を説得させ、彼女と実の父親は月に1回程度は面会するようになった。彼女が陸上を始めてからは、その面会はもっぱら彼女のレースとその応援がセットである。


それと、彼女が専門種目を3000mから800mへ変更したのは、実の父親の専門種目が800mだったからである。「形は間違っているかもだけど、私なりの親孝行かな。まぁ、実際はそれこそ親子だからかもしれないけど、短い距離の方が自分の体には合ってる」と桐原亜純は宮本加奈子に漏らしたことがある。


彼女達の世代は、宮本加奈子と桐原亜純がエースとキャプテン、それぞれの役割を完璧にこなし部をよく統率していた。彼女たちの下の世代で多少問題もあったものの、宮本加奈子と桐原亜純がいなければ、もっと悲惨なことになっていたことは間違いない。


駅伝に関して言うなら、一年の時から3000mでインターハイに出場はしているものの、彼女の走りはスピードで押していくスタイルであり、阿部監督は最初から1、5区はむかないだろうと判断していた。それ故に彼女は3年間県駅伝、都大路ともすべて2区を走っている。


彼女自身は、高校3年間だけ陸上に全力で取り組んでみると初めから決めており、どれだけ好記録・好成績を残そうともその意思を曲げることはなかった。「そういう頑固なところは、俺にそっくりだな」と最後の都大路が終わったあとで、実の父親が笑いながら桐原亜純に返している。


その後彼女は、某国立大学に進学。大学時代は大いに人生を謳歌し、自分がお酒にめちゃくちゃ強いことを知り、社会人になってからは「飲み会が大好きな亜純ちゃん」で職場の人々に認識されている。


ちなみに、進む道はバラバラになったが、宮本加奈子と桐原亜純はずっと連絡を取り続け、大人になっても高校時代と何も変わることなく、無二の親友である。

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