251区 朋恵とアリス

そして迎えた県高校選手権当日。

早朝5時に、私はグランドへと来ていた。


「よし澤野。アップをして8000mのビルドアップ走な」

この日私は、集合時間前に練習をすることになっていた。


「いいか、今日明日、澤野は競技場で絶対に走るな。宿泊所の付近でもだ。城華大附属の連中に走る姿を見られると困るんだ」

「あの……。私の走りってそんなにまずい状態ですか?」

走りを見せれない程に、私の体力は落ちたままなのだろうか? 私の心に分厚い雨雲が湧き出して来る。


「そんなことはないぞ。むしろ私が考えていた以上に、走力は回復している。ただな、敵にどんな小さな隙も見せたくないだけだ。澤野の調子が良くないって聞いたら、元気になりそうな人間が何人かいるだろ?」

一瞬で雨雲が消えていく。


だが、該当する人間が私の頭には誰も浮かんでこない。

永野先生も不思議そうに私を見る。


「いや、いるだろ。山崎藍葉とか市島瑛理とか」

言われて私が手を振って否定すると、永野先生は首を傾げる。


「彼女達は、私が不調だったら絶対に怒るタイプです。不調のあなたに勝っても嬉しくないとか言われそうです」

私が笑うと永野先生も笑いだす。


「なんとも良い仲間を持ってるんだな。さぁ、アップに行って来い」

その言葉を受け、私はまだ暗がりのグランドを走り出す。


薄暗い中、1人でやるポイント練習は、なんともきつかった。

それでも、設定されたペースで走り来ることが出来た。


それも、復活して一番速い設定タイムだ。

きちんと走れたことが、大いに自信となる。


合宿所にあるシャワーを使って汗を流し、集合場所となっている職員駐車場へと行く。まぁ、合宿所の眼の前が駐車場なのだが。


県総体同様、随分と早くに梓がやって来た。

私を除けば一番乗りだ。


その後全員が揃うと、永野先生と由香里さん、2台の車で競技場へと向かう。

ちなみに今回も永野先生の車には私とアリス、朋恵が乗っていた。


「なんか朋恵、表情が硬くない?」

私は助手席から振り返って、運転席の後ろに座っている朋恵の顔を見る。

あきらかに緊張しているようだ。


「あの……。800mって、どうやって走れば良いんですか。走ったことがないから、まったく分からなくて。てか、わ……わたし試合に出るたびに初出場の種目ばかりで、戸惑ってばっかりです」

朋恵が真剣な目をして、助手席の私に身を乗り出すような感じで聞いてくる。


「そうね。もうなにも考えない方が良いわよ。最初から全力で突っ込んで行くのみ。あ、今回はタイム決勝だから、最初の100mは短距離みたいに自分の決めれたレーンを走るから注意してね」

私の説明に朋恵は何度も頷く。


頷くたびに朋恵のトレードマークとも言うべき、両耳の上にある小さな三つ編みが何度も飛び跳ねていた。


それが可笑しくて、私は思わず吹き出してしまい、朋恵に怒られてしまう。


「よし、那須川。これから那須川は、出る種目がどれも初出場という路線で攻めて行こう。次の大会は400m。その次は200m。さらに次は100mだ」


「あの……。わたし、本気で短い距離はだめです。もっと長いのが良いんですけど……」


「と言うより永野先生? いっそのこと七種競技はどうでしょうか? それだと100mハードル、走高跳、砲丸投、200m、走幅跳、やり投、800mと出来てお得ですよ」


私が笑いながら提案すると、永野先生も「ナイスアイディアだ澤野」とノリノリで答える。私は半泣きになった朋恵から、頭をバシバシと叩かれてしまった。


「アリスも1500mは初めてなんですよね。どうしたら良いですか? せいかさん」

会話が一段落したところで、今度はアリスが質問をして来る。


その質問には容易に返答出来た。


「簡単よ。普段の練習どおり、麻子を標的にして走れば、おのずと結果はついてくるわよ」

私の回答に永野先生も大いに納得する。


「なるほど。アリスはいつもどおりで良いってことですね。なんだか気が楽になりました」

私に微笑むと、アリスは笑顔のまま外を眺め始めた。


同じ初体験でガチガチになる朋恵と、自然体で構えるアリス。

なんとも対照的な2人だと私は思った。

 

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