186区 誰?となぜ?

また今年もこの時がやって来た。


私と桂水高校女子駅伝部にとって2度目の。紘子と朋恵にとっては初の。

そして……葵先輩にとっては、泣いても笑っても最後の県高校駅伝が。


開会式会場に着き、由香里さんの車から降りて体育館のロビーへと向かう。


「気のせいかなぁ~。妙に視線を感じるんだよぉ~」

紗耶の言いたいことが分かる気がした。車から降りた時から、色々な人がこっちを見て来る。最初は気のせいかと思ったが、あきらかに気のせいではなかった。


「そりゃ、今年は桂水が城華大附属に勝つのではないかと言われてるんだ。注目もされるだろうよ。いいじゃないか、それだけお前らも強くなったってことだ」


やはりこういうことには慣れているのだろうか。特に気にすることもなく、いつもとなんら変わらぬ態度で、永野先生はオーダー用紙を提出しに行く。


「あの……。あの蛍光オレンジの集団って城華大附属ですよね」

「そうよ。てか朋恵……、あなた震えることないでしょ?」

麻子の言葉で朋恵を見ると、ライオンの前にいるウサギのように朋恵は怯えていた。


「別に怖くないよぉ~、ともちゃん。わたしは城華大附属に友達もいるんだよぉ~」

「自分もいますし。まぁ、走る時は敵ですけど」

「あ、私もだ。そう考えると結構友達率高いわね」

紗耶と紘子に続き私が発言すると、誰もが首を傾げて私を見る。そんなみんなの姿を見て私も首を傾げるしかなかった。


私、何かおかしなことを言っただろうか。


と、山崎藍葉がやって来る。


「澤野聖香、調子はどう? まぁ、アンカーで私の背中を見ながら走るだけのあなたにとって、調子が良いも悪もないでしょうけど。けど、私の背中を一秒でも長く眺めながら『やっぱり山崎藍葉様には勝てないんだ』って悔しがってもらうためには、それなりに調子が良くないと困るのよね。一瞬で背中が見えなくなっては面白くないもの」


「藍葉は今年もアンカーなんだ。ごめん、私2区だから」

私の言葉に藍葉の表情が凍り付く。しばらく凍り付いた後で、藍葉は身震いをし始める。


「あなた、チーム2番手でしょ? なんでアンカーじゃないよの! 私がこの一年間どんな気持ちで待ってか知ってるの? 総体も選手権も逃げられて! それでも駅伝だけは5区で勝負できると思ってたのに! もういい! 澤野聖香のバカ! バカ! バカ!」


涙目になりながら山崎藍葉は走ってどこかへ行ってしまった。こんなにも悔しがるところをみると、私と走れることを大いに期待していたのかも知れない。


「で、聖香。城華大附属にいるあなたの友達って誰?」

麻子がかなり真面目な顔をして聞いてくる。


「え? いやだから今見たでしょ。山崎藍葉だって。お互い口が悪い時もあるけど、仲はかなり良いわよ」

なぜこんなにも一生懸命になっているのだろうかと自分で思うくらい、私は必死で訴える。


だが、みんな「うーん……友達といえるのかなあ?」とかなり悩んでいた。


 

その後行われた開会式は、昨年同様ずいぶんと長かった。


初めての経験である紘子と朋恵はもちろんのこと、2回目である私達ですら、少しぐったりしそうな気分だった。


やっとの思いでロビーへと出て、永野先生と合流する。

不思議なことに、永野先生は随分渋い顔をしていた。


「来たか。ほら城華大附属のオーダー表だ」

永野先生が差し出したオーダー表を葵先輩が受け取り、私達全員で覗き込む。

城華大附属高校(ゼッケン1)

1区住吉慶(1年)

2区工藤知恵(1年)

3区貴島祐梨(2年)

4区西真奈美(3年)

5区山崎藍葉(2年)

補員三輪さくら(3年)

補員岡崎澪(3年)



「4区に知らない人がいるんだよぉ~」

紗耶が真っ先に叫ぶ。


よく見ると、昨年のメンバーだった岡崎さんが補員になっていた。


ちなみに先ほどの開会式で岡崎さんは選手宣誓をしていた。

それを見る限りでは、別に調子が悪いようには見えなかた。

それともじっくり観察したら、何か違って見えたのだろうか。


「あと、この西真奈美って人、試合のプログラムでも見たことがない気がするかな」

「そうねえ。うちと同じ3年生らしいけど、うちも知らないわね」

マネージャーとして、プログラムを一番多く見ている晴美、同じ学年である葵先輩が知らないのだ。私を含め他の部員が知っているはずもなかった。


「そうか、大和は西のことを知らないのか。その西って子は広島県の出身なんだよ。中学時代は広島県で800mと1500mの2冠を取るくらい強かったんだ。全国でも確か4位くらいになってたな。そんな子が城華大附属に入ったんで、OGの間では当時少しだけ話題になったんだ。でも、高校に入ってからは故障などが多かったらしく、一度も試合には出場していない。それこそ記録会を含めて一度もな。それがこの駅伝でいきなりレギュラーだ。色々と考えたくもなるさ」


なるほど。だからさっきあんな顔をしていたのか。

確かに言われてみると妙な気はした。


岡崎さんの調子が悪いとしても三輪さくらと言う人がいる。

面識はまったくないが、この前の県選手権も1500mで5位だったはずだ。


その人を使わずに、今まで試合に出たことがない西さんを使って来るというのは、どう言った理由があるのだろうか。


「綾子先生らしくもないですね。ここまで来たら考えてもしかたありませんよ。後はもう、うちらの走りをするだけです」

その一言に私は思考を停止させる。


確かに葵先輩の言うとおりだ。相手の事情を気にしても仕方がない。私達は私達の走りをするしかないのだ。

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