158区 ゴールの先に待っていたもの

「みなさま。オーロラビジョンをご覧ください。ただいま1着でゴールいたしました、澤野さんの正式記録が出ました。記録9分59秒88。これは女子3000m障害、日本歴代4位並びに今季ランキング2位。そして、高校新記録であります」


スタンド中から一斉に歓声があがった。

って、え? 待って。高校新? 私が? いや、何かの間違いだろう。


「なお、今までの高校記録が10分21秒でしたので、一気に22秒近い大幅更新ということになります。また、澤野さんのこの記録は高校生初の9分台でもあります。スタンドのみなさま、高校新記録を樹立した澤野さんにどうぞ大きな拍手を」


アナウンスと共に拍手が起こり、オーロラビジョンに『澤野聖香さん高校新記録おめでとう』の文字が出る。


ここまでされて、初めて自分が本当に高校新記録を出したことを実感し始める。


「ほら、せっかくだから、明彩大の人達の所まで行って、あいさつをして来なさい。まだ次の競技まで10分ほど時間がある。君と明彩大の関係は分からないが、レース中あれだけ応援してくれたんだから」


私に待機するようにと言っていた係員の人が、笑顔で明彩大の人達がいるスタンドを指差す。


私は返事をして、ゆっくりとホームストレートを逆走する。それと同時に、さっき係員にイラついたのが恥ずかしく思えて来た。


「澤野、おめでとう!!」


木本さんがスタンドから大声を出す。私が笑顔で両手を振ると、明彩大のみんながメガホンで拍手をしてくれた。


そしてその後が大騒ぎだった。


またゴール地点に戻ると、多数の報道記者が私を待ち構えていた。


「すいません、澤野さん。写真とインタビューをお願いします」

「あ、写真は電動計時の前でよろしいですか?」

言われて電動計時を見ると、「9分59秒88」で止まっていた。


「はい、撮ります。笑顔でお願いします」

「月刊陸上競技マガジンですが、来月号で特集を組みたいので、インタビューをさせてもらってよろしいでしょうか?」


全部で10人くらいいただろうか。色々な人が次から次へと質問をしてきて、目が回りそうだった。


そもそも、なぜこんな記録会に取材が? と思ったが、この次に行われる女子1万mには有名な実業団選手も多数出場しており、それを目当てに来ていたところに、私が高校新記録を出したものだから、急遽取材をすることになったらしい。


他にも補助員の子にサインをねだられたり、写真を一緒に撮ったりで、明彩大のところに戻った時には1万mもすっかり終わっていた。


「あ、ちょうど帰って来た。ちょっと待ってね」

牧村さんが誰かと電話をしながら私に近付いて来る。


「はい、永野よ」

私は牧村さんから携帯を受け取る。


「もしもし……」


「お疲れ。澤野、お前すごいな。てか牧村さんにはやられたぞ。なんでもクロスカントリーの練習を見ていて、3000m障害に向いていると思ったんだってさ。私に見る目がないって言われたけど、そもそも山口県だと3000m障害を走る機会がないんだし……。だが、初めての3000m障害で高校新とは恐れ入ったぞ。私は、お前くらい走力があれば、大学からの推薦は十分あるぞってことを、感じてくれれば良かったんだが」


「はは。そうですね。なんかみなさんに、明彩大に来いって言われました。学費もタダで入れるからって。てか高校新は自分が一番ビックリしてますよ。まぁ、競技人口が少ないのもあるかもしれませんが。そもそも、紘子や城華大附属の住吉慶が3000m障害を走ったら、私よりもっとすごい記録で走ってますよ」


私の意見を、永野先生がすぐさま「いやいや」と否定をする。


「競技人口が少なかろうと、高校新は高校新だ。胸張っていいぞ。それに少なくとも若宮に3000m障害をやらすつもりはないしな。ところで澤野、明日どうするんだ?」

永野先生が何を言いたいの理解出来ず、私は黙り込んでしまう。


「明日から新学期だぞ」

私は一瞬で血の気が引いてしまった。思わず振り返って、後ろにいる牧村さんを見る。牧村さんは何が起きているのか理解しておらず、不思議そうに首を傾げていた。そんな牧村さんに、私は携帯を押し付け、とにかく話を聞くようにうながす。


3000m障害で高校新を出したのにビックリしたのと、取材などの慌ただしさで、すっかり学校のことを忘れていた。


本来なら、3000m障害終了後に徒歩10分の駅まで行き、そこから電車に乗れば、途中乗り換えがあるものの、桂水に停まる最終の新幹線で帰れるはずだった。


しかし、高校新を出したせいで、予定を1時間も押していた。

もちろん、最終には間に合わない。


「わたしが澤野を今から責任持って送るから。永野、あんた今1人暮らしなんでしょ? 家に泊めて」

どうやら、牧村さんも永野先生との電話で状況を把握したらしい。


かなりの早口で喋り、電話を切る。


「というわけで、岡江、木本。後のことは任すわ。全員を引率して寮まで安全に帰って。それと明日の練習は、朝練なしで午後5時半からのみ。それまでには帰って来るから」


近くにいた岡江さんと木本さんも状況を把握したらしく、「はい分かりました」と頷く。


「よし、澤野。着替えも終わってるわね。じゃぁ、桂水市まで行くわよ」


どうやってですか? と、聞こうかと思ったが、どう考えても牧村さんの運転する車しか考えられなかった。


みんなに、合宿中のお礼と別れのあいさつをする。

これが今生の別れにならないことを祈りたい。

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