152区 小柴さんはいつも不機嫌

20キロクロスカントリーは後半から段々とペースがあがり、最後には競争となる。

ただ。勝手にペースが上がっても牧村さんは特に何も言わなかった。本格的に上がってしまったのがラスト4キロだったからだろうか。それとも、明彩大では、距離走をした時にペースが上がるのは日常なのだろうか。


ちなみに、私は最初、遠慮して一番後ろからスタートしていたが、ペースが上がるに連れ、自然と前へ前へと出て行き、ゴールしてみれば6位になっていた。


練習が終わってから、色々な人が私に話しかけて来てくれた。誰もが私の走りを褒めてくれるのだが、なんと返していいか分からず、「ありがとうございます」と何度も何度も頭を下げてしまい、最後には笑われてしまう。


でもそのおかげで、初日からみんなとの距離が縮まったように感じる。


夕食時、私が席に着くと、向かいに別の人が座って来る。


「それにしても速いな澤野。てか、アップダウン強いな。最後の200mの登りで突き放されたわ。あ、うちはキャプテンの岡江。以後よろしく」

岡江さんが握手を求めて来るので、私もそれに応じる。


「随分と仲が良いのね」

木本さんが笑って岡江さんの横に座る。


「そりゃそうだろ。将来の明彩大のエースだもん。今のうちから仲良くしておかないと」


「はい?」

思わず私は岡江さんの顔をまじまじと見つめてしまう。


「あれ? 違うの。てっきり、明彩大に来たいから合宿に参加したのかと」

「いえ、本当に顧問が行って来いって放り投げただけですから」

「違うのかぁ。澤野くらいの走力があったら、間違いなくS級推薦とれるだろうに」

岡江さんの言っていることが分からず、首を傾げる。


それを見た木本さんが説明を入れてくれる。


「S級推薦ってのは、うちの部が即戦力を取る時に使う推薦の種類よ。面接だけで入学できるし、学費もすべて学校持ち。まぁ、陸上部に4年間所属するのが条件だけどね。毎年2名しかこの推薦は使えないけど、私立の特権よね」


そんなすごいことが出来るのか。さすが私立だ。と言うより、そんなすごい推薦を私が取れるわけがない。そもそも全国大会にすら出場したことがないのだ。それを岡江さんに話すと、意外な答えが返ってきた。


「え、うちも高校の時は全国大会出てないけど? 意外に多いよ、全国未経験者。逆にすごい奴はすごいけど。あ、良い所にいた。小柴。こっち」


説明しながら、岡江さんが誰かを見つけ、木本さんとは反対側の隣に座るよう合図する。驚いたことに、それはクロスカントリー前に話しかけて来た、不機嫌そうな人だった。


「小柴はすごいよ。1年生にして唯一Aチームにいるし、当然のようにS級推薦だし、さらには都大路で昨年1区を走ってる」


岡江さんに紹介されいる間も、小柴さんは不機嫌そうに私を見ていた。木本さんもそれに気づいたらしく、小柴さんに「どうしたの?」と尋ねる。聞かれて、小柴さんは一度深くため息をつく。


「その都大路で私のすぐ前が山口代表・城華大附属高校の宮本って人やったんですよ。でもこの澤野って子、その宮本に県駅伝で勝ったそうです。つまり、私はあなたを倒さなければならない!」


小柴さんの言っている理屈がまったく理解できなかった。


「小柴は相変わらず負けず嫌いね。ごめんね、澤野。小柴ったら、都大路の時にその宮本って人に競り負けたのが悔しいらしく、大学になったら借りを返すってずっと言ってるよの。相手も城華大に進学するって陸マガに載っていたから、いつか対戦する機会はあるはずだって」


木本さんの説明に私はなんと返していいのか分からなかった。


宮本さんは城華大に入学しなかったのだ。知らないのも無理はない。宮本さんが進学を辞めたのは、入学式直前だったのだから。


それを伝えるべきか一瞬迷ったが、すぐに話題が変わってしまい、タイミングを完全に逃してしまった。


食事が終わり、就寝前に部屋でゴロゴロしていると、木本さんがマッサージをしてあげようと言って来る。クロカンでパンパンになっていたのと、木本さんのあまりの上手さに変な声を出してしまい、他のマネージャーから大笑いされてしまった。


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