151区 Aチーム

バスから次々と明彩大学の部員が降りてくる。


牧村さんは総勢52名と言っていたが、実際にその数をみると圧倒される。単純に考えて、桂水高校駅伝部の7倍近い。


バスから降り玄関前に整列した部員の前に、牧村さんが立つ。なぜか私もその牧村さんの横に並ばされた。おかげで、目の前にいる全員の視線が、あきらかに私に注目している。


「はい、みんなお疲れ様。今年も恒例の夏合宿が始まります。この合宿が駅伝に向けての大事な一歩です。各自、己の目標をしっかりと定め有意義な合宿にしてください。それと、今年の合宿にお客さんを連れて来ました。わたしの実業団時代の後輩が監督をやっている、山口県立桂水高校駅伝部2年の澤野聖香さんです」


牧村さんに紹介され、私は「お願いします」と一礼をする。


「ちなみに澤野は、監督さんの意向もあり、Aチームで練習をしてもらいます」

その言葉に部員たちが騒めき始める。


私も思わず牧村さんを見る。明彩大は昨年の全日本大学女子駅伝6位だ。そんな強豪大のAチームに、ただの高校生が付いて行けるとは思えないのだが……。私の心配をよそに牧村さんは話を続ける。


「それと澤野のベストは1500mが4分19秒01。3000mが9分25秒11だそうです。あと、昨年の山口県高校駅伝で1年生にして1区の区間賞を取っています」

その説明にさっき以上の騒めきが起こる。


「あと、恒例のナイターレディース陸上記録会にも参加させます。よし、木本。ごめんけど、合宿中、澤野の面倒を見てくる? 宿泊はマネージャーの部屋でよろしく」


「はい。わかりました」

集団の一番右端、最前列にいた人が返事を返す。彼女が木本さんだろうか。


牧村さんが他にも注意事項をいくつか説明し、まずは荷物を部屋に入れることになった。


やはり先ほどの女性が木本さんだったらしく、真っ先に私の所へ来てくれる。


「初めまして澤野さん。4年でマネジャーの木本菜々美です。さっそくだけど、部屋に行こうか」

木本さんの後ろについて階段を上がり、一番奥の部屋へと入る。


「うちの部、マネージャーが3人いるから、ここはあなたを入れて4人部屋になるわね。それにしても澤野さんってすごいのね。Aチームで練習なんて。まぁ、タイムを聞けば納得だけど。下手をするとAチームのなかでも上位を走れるんじゃない?」


ニコニコ笑いながら木本さんは私を見る。そう言われても、まだ走ってないので何も答えられず、私は笑ってごまかすしかなかった。


部屋に荷物を置き、また玄関前に集合する。さっきと違うのは、誰もが走れる恰好をしていることだ。


木本さんの説明によると、今日は移動日のため、全員で軽めにクロスカントリーを20キロ走って終わりだそうだ。


この時点で私は、Aチームに付いて行くのは難しいのでは? と感じてしまう。


なぜなら、桂水高校女子駅伝部だときつい本練習に分類されてしまうメニューを軽めと言うあたり、練習の質が随分高い気がする。


ちなみに木本さんの説明によるとAチームが駅伝レギュラーメンバー。Bチームがそれ以外で、Cチームは一年生や故障者らしい。Aチームは現時点で10人しおらず、この合宿とその後にある記録会の走りを見てBチームから5名程を追加するらしい。


これは毎年恒例のチーム編成だそうだ。


「Bチームの人はレギュラー入りを目指してるし、Aチームの人でも合宿でしっかり走れなかったら降格もあるから、みんなこの合宿は気合いが入ってるのよ」

それを聞くと、本当に私が参加してもよかったのかと、疑問に思ってしまう。とは言うものの帰るわけにもいかず、目の前の練習をこなすしか選択肢はなかった。


駅伝部の人に付いて合宿所から5分程走ると、クロスカントリーコースに出る。驚いたことにコースが全て芝生だった。桂水高校でクロスカントリーと言えば、近くにある城垣山の林道だ。芝生のクロスカントリーコースを走れると言うだけで、自然とテンションが上がって来る。


アップの体操をしていると、木本さんが私の所へやって来た。


「ここ2キロの周回コースだから。きつかったら途中で辞めてもいいからね」


「いえ、芝生のクロスカンコースを走れるなんて滅多にない機会ですので、全力でしっかり堪能してきます」


「なんとも頼もしいこと。暑いから給水は2~3周ごとに取るように心がけてね」

私に助言をして、木本さんはマネージャーの仕事へと戻って行った。


「ねぇ、あんたに聞きたいことがあるんやけど」

今度は後ろから声がした。振り返ると、ちょっと不機嫌そうな顔をした人が立っている。


「あんた、山口県から来よったんやろ。県駅伝で1区区間賞ってことは、宮本に勝ったん?」


「最後の最後まで接戦でしたけど、なんとか……」

私が答えると、その人は顔をますます不機嫌にして、「そう」とつぶやき、どこかへ行ってしまった。

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