118区 4分19秒44

時刻は14時。

熊本県の陸上競技場。

女子1500m決勝のスタート。

メインスタンド上段に座る私。


何もかもが昨年と一緒だった。


違うといえば、今年は迷わずにたどり着いたこと。


そして、えいりんがスタートと同時に飛び出したことだ。


スタートすると同時に先頭に立ったえいりんは、どんどん後続との差を広げて行く。後ろの選手はペースが早過ぎると思ったのか、それとも実力が違いすぎると悟ったのか、誰1人えいりんを追いかけようとはしなかった。


先頭を独走するえいりんの姿を見て、私はなぜだか綺麗だと感じた。それはフォームの崩れがなく、綺麗に走れていると言うスポーツ選手を褒め称える時に使う意味ではなく、絵画を見た時に思う綺麗と言う感情に近かった。


圧倒的なスピードで走るえいりんの髪は、風になびき、後ろに力強く振った腕と、地面を蹴り前へと進む脚の動きが絡み合って、走る動作が一つの芸術作品のように見えた。


えいりんの体から風が流れ、汗が水しぶきとなって弾けているような錯覚すら感じてしまう。


そんな綺麗な走りをもっと見ていたいと感じる私の思いを裏切るかのように、えいりんは県高校新記録という速さで1500mを走り切ってしまった。


4分19秒44。えいりんが1500mを走るのに要した時間、私は芸術作品を鑑賞してるかのような気分に浸っていた。


この走りになら負けても良い。ほんの一瞬だがそう思ってしまうほど、えいりんの1500mと言う作品は綺麗だった。


試合が終わり、えいりんと競技場の玄関前で落ち合う。最寄りのバス停まで歩いている最中にレースの感想を求められ、思っていたことをそのまま口にすると、えいりんに大笑いされた。


「なんか変なものでも食べた?」

「失礼な。そんなんじゃないって」


「一時の気の迷いじゃない? ほらバス来たよ」

バスが来たことで話が中断してしまう。えいりんは私の話を本気にしていなかったが、一瞬本当に負けても良いと思ったのは紛れもない事実だ。


でもそのことは黙っておくことにした。


2人してバスに乗ると、中はガラガラだったため、並んで座ることが出来た。


「でもさわのん。いつか直接対決した時は、全力で勝負してほしいんですけど」


「なにそれ? そもそもえいりんと直接対決なんて、全国レベルの大会じゃないと無理でしょ」

バスが発車すると同時に、真面目な顔で訴えて来たえいりんに、私は笑って返す。


「都大路も立派に全国大会なんですけど。今年こそ、頑張って城華大附属を倒してよ。私もメンバーに入れるように頑張るから。それで、都大路で勝負しよう!」


「まったく……。なんでそこまで直接対決したいわけ? 藍葉もいつも同じこと言ってくるんだけど」

私の一言にえいりんはため息をつく。


「わかってないわね、さわのん。私も藍葉も中3の時に一度もさわのんに勝ってないんですけど。さらに高校に入ってからは直接対決もないし。事実上の勝ち逃げじゃない。このままで終わらせるかって思うのは普通でしょ?」


なぜかえいりんが私を睨んでくる。

睨まれながらも私は気付く。

同じ立場なら、私も同じことを思うかもしれないと。

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