119区 勝負下着は青!

バスに揺られ、街中まで来る。

えいりんの住む寮は街の中心地にあった。


というより、ここは私が昨日通った道だ。そして、ここから熊本城までが1キロもないことに気付く。


そうか。だから昨年、えいりんは熊本城の公園にいたのか。一年経ってやっと理解する。


えいりんに案内されたどり着いた建物には「鍾愛女子高等学校駅伝部合同合宿所」と達筆な文字で書かれた一枚の立派な看板がかかっていた。


だが、その看板がなければ、大きな玄関のある2階建てのアパートにしか見えない。現に私は何度かこの前を通りながら気付かなかった。


「市島瑛理です。県選手権から戻りました。このあと、外出予定です。帰宅時間は20時予定。夕食は欠食でお願いします」


玄関に小さな管理人室があり、初老の男性が新聞を読んでいた。えいりんはその男性にてきぱきと要件を伝えて行く。


「さわのん、これ書いて」

えいりんが一枚の紙を渡して来る。『入寮許可申請書』と書かれたその紙には、氏名、学年、クラスを書き込むようになっていた。それしか記入しないで良い所をみると、入寮出来るのは同じ高校の生徒に限られるような気がしてならない。


だが、えいりんが何も言わないので、黙って2年3組澤野聖香と書くことにした。


えいりんはその紙を管理人に渡し、私を部屋へと案内する。

その途中にあったロビーで私は思わず足を止める。


高さは私の背丈と同じくらいで、幅4mはありそうな大きなガラスケースの中に、数えきれないくらいのトロフィーと楯、それにメダルが収められていた。


そういえば、去年の冬休みに桂水市でえいりんと会った時に、都大路で優勝したら、トロフィーや楯を貰ったと言っていた。


ガラスケースの上の壁には『祝! 全国制覇』と書かれた横断幕がかかっている。

桂水高校駅伝部の部室に掛かっている『今年こそ都大路へ』とはまさに次元が違う。


ロビーを過ぎ、階段を上がって右に曲がる。


いくつかある部屋のうち、手前から2つ目がえいりんの部屋だった。部屋の入り口には『市島瑛理』と書かれたプレートがかかっている。


「えいりん、1人部屋なんだ。こういう寮って相部屋なイメージがあったんだけど」

「あながち間違ってはないよ。現に1人部屋は23人いる部員のうち5人だけだもん」

つまり、5人以外は相部屋と言うことだろうか。


部屋に入ると、随分と質素な感じがした。備え付けの机と二段ベッド、それに教科書が入っている小さな棚。あとは奥にあるクローゼット。部屋にあるのはそれだけだった。


テレビやパソコンは一切なし。そういうところは、自分が思っている寮そのものだ。


「まぁ、私物はそんなにないけどね。その方が最悪部屋を移る時に楽で良いし」

「部屋を移る? そんなの年に1回でしょ?」

「それが違うんですけど。さっき言ったでしょ。1人部屋は5人だけって。5人と言われて思いつくことは?」


私が考える間に、えいりんは肩に掛けていた荷物を降ろして、片付けを始める。


「あ、女子の都大路は5人だ」

「さすがさわのん」

私の回答に、えいりんはご満悦そうだ。


「昔は県駅伝のメンバー5人だけが1人部屋だったらしいんだけど、いつのまにか上位5人になったんだって。三ヶ月に一回、3000mのタイムトライ一発勝負で決めるの。学年も過去の栄光も一切関係なし。そのタイムトライで上位5位に入った人だけが、三ヶ月間1人部屋を与えられるわけ。ちなみに私は昨年の7月から十一ヶ月間ずっと死守してるんですけど」


二段ベッドの上を物置にしているらしく、えいりんは説明しながら背伸びをして、上の段へ物を片付けていた。


強い学校は生活する場所すら勝ち取らなければいけないらしい。うちの駅伝部なんて、自然とみんな着替える場所が決まっており、場所を取り合うなんてこともない。


でも、部員同士の変な競い合いがない分、団結力は絶対に他の学校よりもあるはずだ。


「ところでさわのん、緑と青、どっちがいい?」

まだごそごそしていたえいりんが突然聞いてくる。


「青!」

私は元気よく答える。青は我が桂水高校女子駅伝部のチームカラーだ。


「よし、じゃぁ下着は青で決まりと。後は……ブラウスにしようかな」

ブラとパンツを持って、えいりんは奥のクローゼットへと移動する。


「いや、なんで私の意見で下着の色が決まるわけ?」

「え? だって脱がす時に好きな色の方が良いでしょ?」

なぜそんな当たり前のことを聞くの? といった顔でえいりんが私を見る。


しかも、可愛く小首をかしげて。


いや、そもそも何がどうなったら私がえいりんの下着を脱がすことになるのか、一から十まで説明して欲しい。

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