115区 再び熊本
人生二度目の熊本。やはり第一印象は蒸し暑いだった。
桂水市とは使っている空気そのものが違う気がする。
「一度来たから迎えはいらないでしょ? まさか、あれで道順を覚えてないとか?」
姉からものすごい上から目線で電話越しに言われたのが数日前。私も「いらないし」と強気で答えてしまった。
強気で答えたものの、いざ熊本に着くとかなり記憶は曖昧。「あ、この道をずっと進めば姉の住むアパートだ」と確信出来る場所に出るまでに一時間近くかかった。
姉には到着時刻を伝えているのに、これだけ遅くなっても連絡のひとつもよこさない。
まぁ、電話して来て、「やっぱり迷子になったの?」と勝気で言われるのもムカつくが。
後少しで姉のアパートというところまで来たが、あまりの暑さに、コンビニでアイスクリームを買う。
アイスを口に入れ元気を取り戻し、また歩き出す。歩きながら、こっちはアイスの売り上げが桂水市より多いのではないのだろうかと真剣に考えていた。
姉のアパートに到着すると偶然にも姉が建物の前に立っていた。迎えに来てくれたようだ。
「あれ? なんで聖香がいるの……。しまった! 来るの明日かと思ってた」
違った。どおりで遅くなっても電話がないわけだ。
「まいったなぁ。明日と思ってたから、今日は大学で実験入れてるんだよね。ごめん、三時間くらいアパートで留守番出来る?」
姉がポケットから鍵を出す。それと同時に私も自然と言葉が出る。
「ねぇ、私も大学に行ってみたい。連れてってよ」
一瞬姉の動きが止まった。じっと私を見て、ため息を吐く。
「別にいいけど、荷物が邪魔でしょ? はい、309号室が私の部屋だから。玄関にいらない荷物置いておいで」
姉から鍵を受け取り、私は荷物を置きに行く。
玄関から見えた姉の部屋が昨年同様にカオスな状態だったが、見て見ぬふりをする。
姉のアパートから大学まではわずかに徒歩5分だった。歩き出すと、小高い丘の上にお城のような建物が立っているのが見える。それが姉の通う大学だと知り驚く。高校とは規模がまったく違う。
「まぁ、うちの大学はかなり大きいほうだから。学生数も1万人以上いるんじゃない? 計算したことないけど」
そのあまりの数に驚いたが、さらに驚いたのは、坂を上り、入口の前まで来ると守衛さんがいたことだ。
「いや、別に普通じゃないの? 他の大学がどうかは知らないけど。都会だと高校とかでもあるんじゃない?」
説明しながら慣れた足取りで進む姉の後ろを、私はちょこちょこと付いて行く。まるでカルガモの親子のようだ。
大学の敷地に入り、まず私の目の前に飛び込んできたのは、何十本とある桜の木だった。
桜ヶ渕大学。それが姉の通う大学名なのだが、その名前の由来が分かった気がした。
小高い丘の上、例えるならホールのショートケーキの淵を彩るイチゴのように、桜の木が並んでいる。
どの木も幹が私の体よりも太い。きっと何十年も前からあるのだろう。
もう少し早く来ていたなら、満開の桜が綺麗だったに違いない。個人的には夜桜が好きなので、それを見に来てみたいものだ。
「研究室に行く前に御飯を食べたい」という姉の意見で、学食へ向かう。
学校の建物もそうだが、他のなにもかもが、私の知っている規模とはかけ離れている。
もちろん学食もとんでもない大きさだった。
いったい何人が同時に食事をすることが出来るのだろうか。
机の数を数え、ざっと計算しただけでも1000人は座れそうだ。
姉が言うには、これだけの規模でも昼休みはすぐに満席になるらしい。
「聖香、将来の目標とかは決まったの?」
生姜焼き定食を食べながら姉が私に聞いてくる。私はスパゲティーをフォークでクルクル回しながら、高校の理科教員になりたいことを告げる。
「ふーん。じゃぁ、進路について半分程は決まったのか」
姉の一言に、私は思わず手を止めてしまう。半分? いや、高校の理科教員になることで100パーセント決まっているのだが……。それを姉に話すと、ずいぶんとあきれた顔をされた。
「聖香。どうやったら高校の先生になれるか知ってる?」
「教育学部に行って教員免許を取ればいいんでしょ? その後、採用試験を受けて合格すればいいのよね。それくらいは分かるよ」
「ああ、そもそもが知らないのか。聖香、教員免許って教育学部以外でも取れるけど?」
「え?」
またもや私の手は止まってしまう。
「教員免許って、資格だから。他の学部でも必要な単位をすべて習得すればもらえるの。私が通っている学部でも高校理科と中学理科の教員免許取れるから。現に卒業後教師になる人もいるもの」
これを寝耳に水と言わずしてなんと言うのだろうか。教師になりたいと思い、成績を上げようと日々の勉強は頑張っていた。
大学も教育学部に行けば良いのだろうと思っていたので、そういうことは詳しく調べていなかった。それに永野先生が教育学部出身だったので、そこに疑問もなかったのだ。
さらには、駅伝部のメンバーやクラスの友達には、恥ずかしくて、教師を目指していることをまだ言っておらず、外部からの情報も入りにくくなっていた。
「しかたがない。とりあえずあたしの研究室で色々説明してあげるから」
姉の言葉に頷き、その後は2人とも黙って食事を続ける。
食事が終わると、さっそく姉の研究室へと向かう。
向かう途中でタイル張りの路面や、ビルのような建物がいくつも並ぶ通りや、ガラス張りの近未来的な建物などを見た。本当に別世界に来たような感覚だ。
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