116区 姉の研究室

「さぁ、ここよ」

姉がとある建物の前で立ち止まる。


『理学部生物科棟』建物の玄関にそう書かれた看板が設置されていた。私は初めて姉の学部と学科を知った。


昨年姉の部屋を掃除した時、教科書がたくさんあったが、題名だけでは内容がよく分からなかったし、忙しくて中身まで確認していなかった。


姉と中に入り、エレベーターに乗る。この14階が研究室なのだそうだ。エレベーターは止まることなく一気に14階まで上がる。


元々が小高い丘に立っているせいもあり、14階から見える景色はまさに絶景だった。遠くに熊本城も見える。そういえば、約一年前にあそこでえいりんに出会ったっけ。そんなことを思っていると、いつの間にかエレベーターの扉が開いており、早く来るようにと姉に急かされる。


廊下を三度曲がり、とある部屋の前に着く。


「中は土足厳禁だからこれ履いて」

私が渡されたスリッパに履き替えたのを確認し、姉はその部屋のドアを開ける。


「お疲れさまで~す。遅くなりました。あ、そこで女子高生見つけたんで、お持ち帰りしちゃいました」


姉が意味の分からないことを言いながら、すたすたと中へ進む。私も「失礼します」と小声であいさつをして、中へと入る。


理科室。私の第一印象はその一言だった。まさに理科室で使われるような頑丈な机が三つ程並んでおり、パソコンが何台も設置され、顕微鏡や、試験管、ビーカー、ピンセット、三角フラスコ、さらには名前も分からない器具が所狭しと置いてある。


「え? 冗談かと思ったら、本当に知らない人がいる。すいません、学部と学科はどちらで?」

部屋の入り口付近に座っていた1人の男性が私に聞いてくる。


「えっと……桂水高校普通科、澤野聖香です」

思わず自己紹介をしながら、山口県立をつけた方が良かったかなと思ってしまった。


でも、そんな考えは杞憂だった。


「おい、マジで女子高生だ。澤野、どこから連れて来たんだよ」

奥に向かって歩いている姉に叫んだ後で、その男性がまた私を見る。


「あれ? 澤野? もしかして、妹さんか何か?」

私が頷くと、部屋にいた数名が歓声を上げる。なんだが妙に歓迎されている気がする。


「あんたらどれだけ女子高生好きなのよ。てか、峰里先輩まで」

姉が白衣を着てまた私の前に現れる。初めて見る姉の白衣姿はなんとも新鮮だった。


「いや、高校生って懐かしいなって。私、峰里弥生。修士2年だから結依より2つ年上か」

峰里さんは言い終わると、握手を求めて手を出して来る。それに私も答える。


「で、結依。なんで妹さん連れて来たん?」


「あたしのミスです。妹が来るの、明日だと思ってました。その子、高校の理科教師が将来の夢なんです。色々と教えてもらえると助かります。あたし、今から実験に行くんで」


姉はそれだけ言って、いそいそと試験管や薬品を準備し、部屋を出て行った。


いや、さっき研究室で色々と説明してあげると言ってなかったか?

それをあっさりと丸投げする辺りが実に姉らしい。

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