114区 入れ替わり再び

「まさか、あんた亜耶なわけ?」

「えぇ? なにを言ってるの、あさちゃん」


私もまさかと思った。

だって今日一日一緒に部活をしても、なんの違和感もなかったし、会話の内容などもおかしなところはなかったと思う。


だが、そのまさかだった。


「もしもし、さやっち。いま何をしてるのかな? そうだよ。普通にやってるよ。多分、亜耶に騙されたんじゃないかな」


晴美が携帯を取り出し、電話を掛ける。相手は紗耶。つまり今目の前にいるのが亜耶ということだ。


それにしても、本当に紗耶にそっくりだ。正直に言うと違いが分からない。昨年2人に会った時に、胸にホクロがあるかどうかが見分けるポイントだと教わったが、服を着ていてはそれも不可能だ。


「残念。もうネタはバレたかな。どうやってさやっちをダマしたのかも分かったけど、言った方がよいかな?」


「さすが、はるちゃん。なんとも行動力のあることで。頼もしいマネージャーだこと」

亜耶がお団子にまとめていた髪を解く。頭の左側だけにお団子を作るのは、いつも紗耶がやっている髪型だ。


「あなた、随分と内部事情に詳しいじゃない」

「そりゃ、そうだよ、あさちゃん。紗耶が毎日毎日、家で喋ってるからね」

なるほど。だから今日一日、部活でも違和感なく喋れたのか。始まる時に体調が悪いと言っていたのも、走ったらばれると思ったからに違いない。


「紗耶が毎日楽しそうに部活の話をするから興味があったんだよね。でも実際に見てみると本当に楽しかったよ。まさかばれると思わなかったけど。紘子だっけ、あんたすごいね」


名指しされた紘子はずいぶんと困った顔をしていた。


でも、確かに紘子はすごい。見た瞬間に紗耶ではないと見抜いてしまったのだから。


「自分にはまったくの別人にしか見えませんし」

「あ、もしかしてさぁ」

紘子にぐっと近付き、亜耶が紘子の耳元で何かをささやく。


「え! いやそれは!」

どうしたのだろう。紘子が急にあたふたし始めた。


「なるほどね。だからか。いや、実はあなたのように私達を初見で見別けれた人がいてさ。その人がそうだったから、もしかしてと思ったけど……」


亜耶が1人で勝手に納得していた。私達は事情が呑み込めず、何がどうなっているのかさっぱりわからない。


ただ、紘子が「お願いですから内緒にしてくださいよ」と焦り、亜耶に尋ねても「内緒だね」と笑われてしまい、結局真相は闇の中だ。


「で、話はひと段落ついたってことで良いんだな?」

永野先生の問いに私達は頷く。


「よし、だったら藤木偽物ちょっと来い」

「偽物? せめて姉とか2号とか言ってくださいよ」

「私の中では犯罪者でもいいんだがな」

「え?」


「お前、これで『いやぁ、すっかり騙されましたよ』って笑って終わりだと思ってるのか? どう考えても、お前がやったことは、みっちり怒られるレベルだろ」


そのまま永野先生は亜耶を連れて、校舎の方へと消えていった。その姿は、散歩中に怒られしょんぼりする犬と、それを引っ張って連れて行く飼い主のようだった。


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