92区 紗耶の意地

「でも宮本さん。つなぎ区間が自分の居場所と思ってるのは、うちの紗耶も一緒ですよ」


2キロ地点を通過し、腕を一度ぶらぶらさせる紗耶を見て私は宮本さんに微笑む。


昨日の夜、永野先生が紗耶にかけた言葉を思い出す。


「藤木、お前のラストスパートは本当にずば抜けている。だからこそ、2キロ通過までは焦るな。ラスト1キロになって気持ちを切り替えて、そこから勝負をかけろ。お前にだけは試走の時にラスト1キロから100mおきに残りの距離を教えたのも、ラストスパートを生かすためだ。自分がいけると思ったタイミングで、一気に差を縮めろ」


永野先生の言葉に紗耶は力強く返事を返していた。


先ほど腕をぶらぶらさせたのは、紗耶が気持ちを切り替えたのだろう。


その証拠に、ラスト1キロを切ってからは、貴島祐梨と紗耶のタイム差が広がらなくなっていた。


そして、紗耶がラスト300mを切った瞬間。明らかに走りが変わった。

高校選手権同様、紗耶が猛烈なラストスパートをしかけたのだ。


携帯の画面は先頭を行く貴島祐梨を映していたが、後ろの紗耶がぐんぐんと大きくなってくる。


「先頭で第4中継所にやって来たのは、23年連続出場のかかる城華大附属。この第4中継所に一番で飛び込んでくるのも23年連続。1年生貴島から同じく1年生の山崎へと、今タスキリレー」


藍葉は中継所で待っている時もタスキをもらう時も、表情ひとつ変えることはなかった。


無表情で淡々と動作をこなすその姿は、見方によってはやる気がないようにも見えるだろう。


だが、私は中学生の時からの付き合いなので分かる。

藍葉がこういう姿の時は、かなり集中している時だ。

やはり、都大路がかかった大会となると、藍葉も相当にやる気になるらしい。


藍葉がスタートしてすぐに、紗耶が中継所へとやってくる。


「さぁ、先頭からわずかに7秒差。ラスト300mから猛スパートを見せました、桂水高校の藤木。一時期は16秒差まで開いた差を300mで9秒も詰めてきた。城華大附属と同じく、桂水高校も1年生同士のタスキリレーとなります。藤木から湯川へと今タスキリレー。初出場、部員5名の桂水高校が大健闘の2位で第4中継所を出発していきます」


紗耶の猛烈なスパートに押し出されるような形で、麻子が勢いよく走りだす。


紗耶と麻子のタスキリレーを映し終わると、映像は先頭の藍葉へと戻る。


「城華大附属高校にしては珍しく1年生でアンカーを任された山崎藍葉。その期待にしっかりと応えるように、1年生とは思えない堂々とした走りをしています」


実況の声にふっと、宮本さんが笑う。


「あなたが城華大附属に来てたら、藍葉は2区だったわね」

その言葉に、私の携帯を覗きながら喋る宮本さんの顔を思わず見てしまう。


「今日の結果が全てよ。あなたがいたら、私とあなたで1区と5区は決まりでしょ。本人に言ったら怒るだろうけど、間違いなく藍葉よりあなたの方が速いもの」


宮本さんがワザとらしくニヤッと笑って見せた。


「もしそれなら、私も今日は楽に区間賞だったのにな。3年連続区間賞はならずか……。大学に入ったらバカにされそうだな」


「宮本さん、城華大に進学されるんですか?」


「そうよ。もう推薦で決まってんの。まぁ、陸上部に推薦枠があって、各学年から絶対に1名は大学でも陸上部に入部するのを条件に面接だけで城華大に進学できるんよ。ちなみに亜純は、1年の頃からその推薦は使わずに進学するって宣言してたけどね。あいつは色々と規格外なのよ。頭が悪いってのも本人が勝手に言ってるだけだから。真に受けちゃだめよ。本当は国立大に余裕で現役合格出来るくらい頭良いんよ」


半分呆れたよう顔で宮本さんが教えてくれた。


藍葉がラスト1キロを通過する直前でバスが競技場に到着する。携帯をポケットにしまい、宮本さんに別れを告げバスを降りる。


今から5区の選手が走って来るため競技場の周りは駐停車禁止となっており、バスは競技場から少し離れた駐車場に停車した。


しかも、よりにもよって競技場から一番離れた場所にだ。


そこから競技場まで、疲れた体に鞭を打ちてくてくと歩く。正面玄関に入ると私は永野先生に電話を掛ける。3コール鳴ったところで永野先生は電話に出た。

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