36区 夏休みのお楽しみ

毎日必死で暑さと戦っていたら月日がいつの間にか進んでおり、気が付けば後一週間もすれば夏休みとなっていた。


「夏休み。素敵な響きかな」

「高校生になっても、やっぱり夏休みは良いもんだよぉ~」

まだ一週間も先なのに、晴美と紗耶のテンションはすでに限界近くまで上がっている。


まぁ、私も麻子も似たようなものではあったが。


そんな私達を見て永野先生がにこにこしている。

その笑顔がすごく不気味に感じる。


「お前らにもっと楽しくなれるイベントを用意したぞ」

永野先生は鼻歌交じりでみんなにプリントを配り出す。


一番最初にもらった葵先輩が「うわっ」と悲鳴を上げた。紗耶にいたっては「嫌!」とあきらかに拒否反応。


みんな何をそんなに騒いでいるのだろう。

そう思いながら私がその紙を見ると、『夏合宿の説明』と書かれた文字が真っ先に眼に入ってくる。


期間は夏休みに入った次の日から4泊5日。しかも、場所が学校だ。夢も希望もあったものじゃない。桂水高校は正門横に桂水高セミナーハウスという2階建ての建物があり、部活動の宿泊施設としても使用出来るようになっている。


さらにプリントの説明は続く。


見るだけで震えが来そうな練習メニューが平然と書かれていた。


「逃げ出したい」

そうつぶやく久美子先輩の眼は真剣そのものだった。


「合宿? 上等じゃない。返り討ちにしてやる」

麻子にいたっては、親の仇でも取りに行きそうな勢いだ。


「そうそう。合宿中に山口県選手権があるんだが、それには参加しないからな。我々の目標はあくまで都大路だ。そのためにも、今はスタミナをつけることが最優先課題だ。それに書き忘れたんだが、合宿中の食事は私と園村で準備するから」

全員が一斉に驚きの眼で永野先生を見る。


「な、なんだよ。言っておくが料理は出来るぞ。今だって1人暮らしで毎日作ってるし」

私達に驚かれたのが相当不満だったのか、永野先生はちょっとだけ拗ねていた。


まぁ、でも考えようによっては5日間走ることだけに集中出来るのは、ある意味幸せなことかもしれない。


この時は確かにそう思っていた。

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