28区 葵先輩と久美子先輩の出会いについて
「本当の意味での一番最初って、うちと久美子が出会った所から始まるのよね。実は久美子、高校入学前に桂水市にやって来た転校生なのよ。元は関東にいたんだよね」
「実は東京出身」
久美子先輩が静かに右手でVサインを作る。
いったいどんな意味があるのだろうか。
「でね、高校入学直前にうちの実家に来たわけ」
「葵の実家は内科。駅前にある大和内科医院がそれ。しかも両親ともに医者」
その事実に、1年全員が驚愕の声を上げる。
晴美にいたっては、そこまでの驚きの声を聞いたのはいったい何年ぶりだろうか? というくらい大きな声を上げていた。
「あたし、小さいころよく行ってました。葵さん医者の娘だったんですね」
「私は今でもたまに行くかな。大和先輩、将来は医学部に行って家を継ぐんですか?」
「桂水市民じゃないわたしですら知ってますよぉ~。駅近くにある、個人経営にしては大きな病院ですよねぇ? おうちも、ものすごく豪華な」
みんな感想を述べながらも、無意識に質問をしている。
葵先輩も几帳面な性格なのか、
「医者の娘って、親が医者なだけで、うちはただの高校生よ。それに、医者を継ぐ気はないわね。まぁ、妹が医者になりたがってるから、問題はないんだけど。うちはやりたいことがあって、それについて詳しく調べてる最中ね。あと、家が豪華かどうかは個人の感想だと思うけど?」
と、聞かれたことにすべて返答していた。そのせいで会話は一時脱線してしまう。
「とにかく、久美子がうちの家を受診した時に、母が診察したらしくて……。なぜか会話が弾んだみたいなのよね。久美子が入学する高校と、長距離経験者ってことを話したら、うちのことを喋ったみたいなの」
「それで自分が葵に興味を持った」
「久美子ったら入学式後に、うちにいきなり声を掛けて来たのよね」
「葵はすぐに分かった。だって壇上に上がったから」
久美子先輩の言っている意味が一瞬分からなかった。だが、自分の入学式とその帰り道で晴美から教えてもらったことを思い出し、ある事実に気付いた。
「うそぉ! あおちゃん先輩、新入生代表あいさつをしたんですかぁ?」
紗耶も意味が分かったのだろう。目を丸くし口をあんぐりと開け、驚きの表情で葵先輩を見る。ただ、麻子は状況を理解していないようで、首を傾げながら私達のやり取りを見ていた。
「壇上に上がって新入生代表あいさつをするってことは、入試の成績が学年トップだったってことかな」
晴美が私に教えてくれた知識を麻子にも披露する。
ようやく状況を理解した麻子も、驚きの声を上げながら、紗耶同様葵先輩を凝視する。
「で、きっかけはどうあれ、うちと久美子すっかり仲良くなってね。お互い走ることが共通してたから陸上部に入ろうとしたら……。ないのよね陸上部」
どうやら葵先輩は、桂水高校に陸上部がないことを知らなかったらしい。
「さすがにあの時は笑ったわね」
「自分は別にどっちでもよかった」
「そう。久美子ったら、さっきも800mであんな記録出してるのに、走ることに興味があっても部活には興味がないっていう変な性格なのよ」
葵先輩が笑いながら久美子先輩の肩を叩く。
「それで、じゃぁ陸上部を作ろうってことになってね……。担任の先生に相談した時に初めて知ったんだけど、うちらの学校、陸上部がないんじゃなくて、数年前に何か事件があったらしくて、無期限部活停止状態らしいのよね」
私はもちろん、他の誰もが初めて聞く事実に驚きの声を隠せなかった。
確かに、普通に考えればおかしなことだ。マイナーなスポーツでもない陸上部が桂水高校みたいに大きな学校に存在しないなんて。つまり事実上は、桂水高校には今現在、陸上部と駅伝部が存在しているということになる。
「最初は色々頑張ったんだけどね。なかなかその処分解除も出来ないみたいで。気が付いたらあっという間に6月になってたわ。その時に助け船を出してくれたのが綾子先生だったのよ。でも、最初意味が分からなかったけどね」
葵先輩が私たちの方を見てほほ笑む。
「それは葵だけ。葵は走ることが大好きだけど、競技として考えてない」
パソコンをタイプする手を止め、珍しく久美子先輩がツッコミを入れる。
「仕方ないでしょ。そもそも走り出した理由が美味し御飯をいっぱい食べるためなのよ? だから中学の練習もロングジョグばかりしてたもの。その方がお腹も空きやすいから。でも今は競技としても捉えてます。これでも部長ですし。みんなで都大路に行こうって決めたもの」
「その都大路を知らなかった」
「あれは綾子先生が悪いんでしょ」
「それは完全に言い訳」
久美子先輩がメガネを指で上げながら葵先輩をじっと見る。
久美子先輩に見つめられ、葵先輩が視線をそらす。
葵先輩が久美子先輩に言い負けるという、めったにない光景だ。
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