16区 えいりんの結果と私の思い
1周目のラップを確認して遅いと感じたのか、3番手辺りにいた選手が先頭に出て集団を引っ張りだす。
ペースが上がったのだろう。
若干縦長になり始めたが、まだ一つの集団といった感じだ。
それからトラックをもう1周する間に先頭が二度入れ替わった。
何人かが遅れ始め、先頭集団は7人となる。
ちなみにえいりんはその集団の6番目。
つまりは先頭集団の後ろから2番目だ。
えいりんが私のいる場所の前を通るのもこれで3回目。もう50m走ればラスト1周。これはラスト200mぐらいからスパート合戦になるのだろうか。
食い入るようにレースを見つめながら先の展開を予想していると、ラスト1周を告げる鐘がなる。そして、その瞬間、早くも私の予想が外れたことを確信した。
6番手につけていたえいりんが、鐘が鳴ると同時に一気にペースを上げる。
えいりんは前の選手をどんどん抜いて行き、あっと言う間に先頭へ躍り出た。そのあまりのスピードに、他の選手は誰1人ついていけなかった。
ラスト200mの地点で2位と30m近くも差を広げる。ホームストレートに入った時には、えいりんの優勝はすでに決まったも同然だった。あまりにすごいスパートに、観客席が歓声で騒めいている。
えいりんは力強く腕を振り、地面を思いっ切り蹴って懸命に走っている。さすがにきついのだろう。酸素を少しでも取り込もうと、必死で荒い呼吸をしているのがスタンドからでも分かる。その息遣いが私が座っている場所まで聞こえてきそうな気がした。
えいりんは、最後まで決してスピードを緩めることなく、ゴールラインを駆け抜けた。
まさに有言実行。高校デビュー戦でえいりんはいきなり県トップになったのだ。
えいりんのゴールを見ると同時に、私スタンドの一番下まで勢いよく駆け降りて行く。
「えいりん!」
下にいるえいりんに向かって私は思いっきり大声で叫ぶ。
彼女もすぐに私に気付いてくれた。
「さわのん。来てくれたんだ。えへへ。優勝しちゃったんですけど」
えいりんは嬉しさ半分、照れくささ半分といった感じで笑っていた。
「さわのん!」
今度はえいりんが私に叫んで来る。
「今からロビーの前に来て! スタンドから外に繋がる階段を下りて100mのスタート側に歩いて行けば分かるから」
一方的に喋るとえいりんはスタンドの下へと消えて行った。
仕方なく、私は言われたとおりロビーに向かって歩く。幸いどの県も陸上競技場の大まかな構造は同じらしく、迷うことなくロビーまでたどり着いた。えいりんはすでに来ており、私を見つけるなり駆け寄ってくる。
「やったよ! さわのん」
改めて報告して来るえいりんは、全身から嬉しさが溢れている気がした。
よく考えると、えいりんは中学生の時、トラックで県チャンピオンになったことはなかった気がする。
中学の時は6月、7月、10月にトラックの県大会があるのだが、そのうちの2回は私が。もうひとつは一学年下の若宮紘子という子が優勝した。
まぁ、私は故障中でその試合を走っていないのだが。
「人生初の県制覇! まぁ、地元の山口県じゃなくて熊本県ですけど」
えいりんの一言に自分の記憶が正しかったのだと思った。
と、私はあることを思い出す。えいりんの携帯番号を聞かなくては。
「でさぁ、さわのん。携帯の番号教えてよ」
私が訪ねる前に向こうから聞いて来る。どうも、お互い考えていることは同じだったらしい。
お互いの携帯を取り出し、番号とアドレスを交換する。それが終わると同時に「ダウンに行かないと監督に怒られるから。また連絡するね」と早口で喋りながら、えいりんはどこかに走って行ってしまった。
仕方ないので私もバスと路面電車を使って姉のアパートに帰ることにした。
その帰り道、路面電車に揺られながらふと思った。
中学生の時はえいりんと何度も争った。
でも……、仮に今日のあのレースに私が出ていたとして、果たして今の私はえいりんと競り合うだけの力があるのだろうか。
その答えを考えようとすると、まるで湧き水のように色々な考えが湧いて来るものの、すぐに消えていってしまう。
結局、姉のアパートに戻っても、次の日実家に帰っても結論は出なかった。
三連休最後の夜、晴美から電話が来たので、その思いを話してみた。
「そんなこと考えても仕方ないんじゃないかな。それよりもいつか勝負する時のために日々練習を積み重ねる方がよっぽど有意義だと思うかな」
晴美の言葉に私はなにも言えなくなってしまった。でもおかげで、明日からの練習を今まで以上に頑張ろうという気になれたのも事実だった。
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