15区 熊本県選手権「女子1500m決勝」

えいりんと別れて姉のアパートまで帰って来ると、姉はすでに起きており朝御飯を作っていた。


「あんた本当に走るの好きなのね」

姉のがあきれ顔で私を見て来る。


そんな姉を適当にあしらいながら、シャワーを浴びて朝御飯を食べる。片付けは私がおこない、その後姉に連れられて熊本城を見に行く。


つい数時間前に外から見た熊本城は、中に入り間近で見るとその時以上に堂々として見えた。天守閣からは熊本の街が一望出来る。さらには遥か遠くに阿蘇山がそびえ立っていた。


その素晴らしい景色に私は小さな子供の様に「うわ~すごい!」と声をあげてしまう。


その後、路面電車とバスを使い競技場にたどり着くと、すでに13時45分だった。


熊本城からバス停へと向かう道が分からず、手間取ってしまったのが原因だ。


そもそも、姉の説明も分かりにくかった。

説明だけして1人で帰ってしまうし。

アパートに帰ったら文句を言ってやろう。

そう思いながらスタンドに上がる。


えいりんは無事に決勝に残っているのだろうか。

いや、予選落ちをしていたら携帯に連絡ぐらい来るだろう。


「あ!」

そこまで考えて大声をあげてしまう。


周囲の観客が一斉に私の方を向く。

あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になり、反射的に下を向く。


携帯に連絡もなにも、お互い連絡先を知らないのだ。早朝出会った時も携帯を持っておらず、どちらも相手の連絡先を知らないということが確認されただけで話が終わってしまった。


これは後で何としてでもえいりんに会って番号を聞かなくては。


そう思い顔を上げると、1500mのスタートラインに人が集まりだしていた。


私はホームストレートの中心地点からかなり上段に上がった場所にいるので、えいりんがいるのかどうかは肉眼で確認出来ない。


 その時、向かって右手側にあるオーロラビジョンへ1500mのスタートラインに並ぶ選手達が映し出される。カメラが1レーン側から外側に向かって流れる。


私は食い入るようにその映像を見る。

7人目にえいりんが映った。


着ているユニホームは上下紫色で、腰と肩の辺りに黄色のラインが入っており、胸元にはそのラインと同じ黄色で『鍾愛女子』と大きく名前が入っている。さらには朝出会った時にはただ降ろしていただけの前髪をピンで留めていた。


全員がオーロラビジョンに映り終わると場内にアナウンスが流れる。陸上経験者にとってはおなじみの放送だ。


「これよりトラックで行われますのは、女子1500m決勝であります。予選は本日10時より3組で行われ、予選の各組4位までと、全組5着以下のうち、タイムが速い順に上位4名、計16名によりまして決勝が行われます。それでは出場する選手をレーン順に申し上げます」


その後、選手が紹介されていく。

中学生に大学生、社会人と本当にさまざまな年齢の人が決勝に残っていた。


「続きまして第7レーン。市島さん。鍾愛女子」

名前を呼ばれえいりんが手を上げて一礼をする。


「なお、市島さんは予選トップの記録であります」

そのアナウンスに驚く。朝出会った時に優勝してみせると宣言していたが、冗談というか、あくまでそういう気持ちでという意味だと私は思っていた。


えいりん、本気で優勝する気なのか。


選手紹介も終わり、いよいよスタートとなる。選手がラインぎりぎりに並び、一瞬の静寂の後、ピストルの音で一斉に飛び出す。


私は必死にえいりんを眼で追う。彼女はスタートして100mの地点で前から6番目にいた。大きな集団となってレースが進む。けっしてペースは速くないようだ。


中学生の時のえいりんだったらきっと前に出ていただろう。当時は私とえいりん、それからもう1人を加えた私達の学年トップ3がスタートと同時に激しい競り合いをしていた。彼女はどちらかというと、相手のペースに合せず、自分のペースでレースを進めるタイプだった。それが今回は決して前に出ようとはしない。


集団はトラックを1周してもばらけることなく一塊のままだった。タイムもお世辞にも速いとはいえない。これだったら私が県中学ランキング1位を出した時のラップの方がよっぽど速い。


なのに前に出ない辺り、やはりえいりんは本気で優勝を狙っているのかもしれない。

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