瑠璃色少女と髑髏《シャレコウベ》

三白城侍(みしろ じょうじ)

プロローグ

歴史の断片

「シュトヘル……エリーシャ……アウグスト……グラスプ……ギリアン……アンネローザ!」


 薄暗く、肌寒い空間。

 その中に、ぶつぶつと男とも女ともつかないしゃがれた老人の声で誰かが何事かを呟く声だけが響いていた。

 単語と単語の合間には、今にも途切れてしまいそうな、浅い呼吸音が響き、声の主に残された時間が少ないことを物語っている。

 だが、その割にしっかりとした声で、その老人は続きをつぶやく。


「勇者……聖女……聖戦士……魔王……大魔術師……賢者……っ!」


 それは伝説。

 今は遠い、かつての英雄たちの名前。

 各々が各々の伝説を残し、各地に祭られている。

 その名前が、物語が真実として語られることは久しく、今はおとぎ話となって世界中に語り継がれている。


「すべてだ……その全てが最後には死んだ。勝てなかった。負けたのだ。あの……怪物には」


 語られざる伝説。伝えられている正史とは異なる史実。

 おとぎ話の英雄たちの、今際。


「誰か……そこにいるなら……聞いているなら……知っていてほしい。あの怪物を目覚めさせてはならぬ……勇者も、聖女も、聖戦士も……魔王も大魔術師も賢者も! 全てだ。それら全てが……あの怪物に食われてしまった。あの怪物は、それら《ルビを入力…》食らったすべての力を蓄えて今なお深い眠りについている……」


 呟く声が徐々に小さくなっている。

 命の火が消える、その時は近い。


「その……その怪物の名は……簒奪王イーター


 その言葉を最後に、その呟き声が続くことはなかった。

 ただ、静謐な暗闇だけが広がる。

 いつまでも、いつまでも――




 ――かつて世界には、魔眼宿す悪魔「簒奪王イーター」と呼ばれる者がいた。

 彼の瞳に魅入られたものはすべてを喰われ、全てを糧とされ、全てを力へと変えられたという。

 彼の物を倒さんと立ち上がった者たちの悉くを喰らい、彼の力は肥大化していく。

 簒奪王の討伐戦は熾烈を極め、力と力、魔力と魔力のぶつかり合いは世界の環境そのものすら変えてしまったと言う。

 勇者、聖女、聖戦士、魔王、大魔術師、賢者。

 時の実力者たちもこぞって討伐に名乗りを上げたが、彼の歩みを止める事は出来ず、二度と帰ることはなかった。

 彼は何を目指し、どこへ向かったのか、その歴史が遺失してしまった現在では知る由もない。

 彼がどこで、どのようにして果てたのか、その目的を果たしたのかすらも。



 時同じくして、一人の少女が消えた事も、ただただ歴史の闇の中へと葬り去られたのである――



 ――記憶の残滓。


「なぜ、なぜ邪魔をする! 俺の目的を知っているだろう!」

                「知っているわ……あなたの願いも、悲しみも。だけど、それでも、わたしは貴方を止めなきゃならない!」

「剣を下ろせ……お前がその切っ先を俺に向けないでくれ……お前は……お前だけは……」

                 「ごめんなさい……わたしはそれでも……」

「俺は……俺は……っ!」


 ――――


「どうして……こうなってしまったのか……」

              「頼ればよかったのよ……わたしを……仲間を……」

「仲間か……みんな俺を裏切った。お前でさえ、俺を!」


 ――――


「ごめんね。あなたを一人にはさせないから……すぐに、追いかけるから……」


 ――――


            「ああ、寒い……ここはなんて寒いんだ……」


 ――――


       「………たい……」



 つかの間、その薄暗い空間にどこからともなくそんな声が響き渡り、やがて泡のように弾けて消えた。

 バラバラと、空間にひびが入っていく。

 それは幾重にも枝分かれし、やがて空間を覆い尽くすと、限界を迎えたようにパリン、と音がして砕け散ったのだった。


 それきり記憶の残滓は響くことはなかった。

 それはたった一度きりの夢。

 過去から現在に送られた、もしくは現在が過去を拾い上げた束の間の幻。


 けれど、最後に呟かれたその願いは、酷く哀愁を帯び、この記憶の残滓を聞いている者が居れば一様に涙を流したであろう。


 そして、ただただ時間は流れていく――

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