だるま飼育日記

粟国翼

a Christmas present

a Christmas present

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 『割のいい仕事があるんだ』


 馬鹿な俺はそんな口車に乗せられて、気がつけば取り返しのつかない事になっていたんだ。


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 12がつ25にち



 きょうはクリスマス。


 『サシャは、ことしはいいこにしてたからきっとサンタクロースがプレゼントをもってきてくれるよ』っと、パパがいっていたのでわたしは、はやおきしてリビングのクリスマスツリーのところにはしっていった。


 クリスマスツリーの下には、きれいなリボンのついた箱が6つおかれていて一つ一つに『リズおばさんより』とか『エレナとフランクより』とかかいてある。



「ほかの皆からもプレゼントが届いているね」



 って、パパが言うけどわたしはそんなモノよりこのいちばんおおきな『サンタクロースより』とかいてあるまっ赤なリボンのついた黒いはこが気になってしょうがなかった。


 もじもじするわたしを見て、パパがあけてもいいよっといったのではこに飛びついてリボンを思い切り引っぱった。


 すると、ガタンとおおきな音がして中からゴロゴロとなにかがころげだした!


 わたしは、びっくりしてパパの後ろにかくれる!



「大丈夫、アレは『だるま』だよ」



 と、パパがいった。


「だるま?」



 パパが『だるま』といったそれは、口にベルトのついたボールをくわえて白い袋から顔をだしてウ~ウ~唸りながらこっちを睨んでる。


 ちょっと怖い。



「サシャ、あの『だるま』は何かに似てると思わないかい?」



 怖がるわたしの頭をなでながらパパがいう。



 わたしは、じっと『だるま』をみた。


 すごく汚れているけれど、まっくろな目にまっくろな髪でまるで人みたいに見えるけどわたしより小さいし袋の下でバタバタしてる手と足はとても短い。



「あっ! ルゥ! この『だるま』はルゥにそっくり!」



 パパがにっこりとわらう。



 『ルゥ』は、わたしが生まれる前からパパが飼っていた黒いラブラドールレトリバーでいつもわたしの側にいてくれてまるで本当の兄弟のように暮らしてきたんだけど……今年の夏があつすぎて年を取っていたルゥは死んでしまった。


 わたしは、とても悲しくてサンタクロースにおてがみを書いたの!



 『これからは、いい子になります! だからルゥを返して下さい!』



 て!



「きっと、この『だるま』はルゥの生まれ変わりなのね!」



 わたしがそう言うと、パパが『きっと、そうだね』っと頷いた。



 メイドのリーンが、『いくらサンタクロースでも、死んだモノを蘇らせるのは無理ですよぅ』なんていってたけどやっぱりいい子にしてたから願いがかなったんだ!



 袋の中で手足をモゴモゴさせる『だるま』は、目をみひらいて怯えたようなかをしてウ~ウ~と唸って転がりながらツリーにぶつかった!



「きゃ! 大変! パパ、あのこを袋から出しちゃだめ?」


「そうだね……袋から出してあげるのは地下室に行ってからの方がいいなぁ」


「どうして?」


「あの『だるま』は未だ『自覚』が足りないし、なにより皆が慣れるまで少し掛りそうだからね」



 パパはそう言うと、ちらりと後ろドアのほうを見た。


 リビングのドアの横に、いつものように立っている執事のゴートがあおいかおでパパを見ている。



 どうしたんだろう?



「ゴート、ケリガーを呼んでコレを地下へ運べ」



 ゴートは『かしこまりました』て、リビングから出て行く。


 少しして、わたしがほかのプレゼントをあけていると戻ってきたゴートが庭師のケリガーと一緒にウ~ウ~唸るあの子をかついで地下室へ連れていってしまった。



「気になるかい? でも、あの『だるま』も初めての屋敷に気が立っているだろうから今日はそっとしてあげようね?」



 パパが、くしゃりとわたしの頭を撫でる。



「サシャは良い子だからできるね?」


「うん! できるよ!」



 ほんとうはすぐに地下室に追いかけて行きたかったけど、ぐっと我慢する!


 ……やっと、『ルゥ』が帰ってきたんだもん!


 あと、もう少しくらい我慢しなきゃ!




 けれど、それから何日たってもわたしは地下室にいけなかった。


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 12がつ29にち




 わたしは、とてもおこっている!




「申し訳ござません、お嬢様」


「とおして!」



 地下室へいこうとするわたしをゴートがとおせんぼする!



「アレは、今お嬢様に見せられる状態ではありません……お許し下さい……!」


「どうして? ルゥはわたしのモノなのよ! なんで会いに行っちゃだめなの!?」


 

 おこるわたしに、ゴートは少し困ったような顔をした。


 

「アレは、病気なのです……きっと、急にこの屋敷に来たので驚いて体調を崩したのでしょう」


「え……そんな! だいじょうぶなの!?」


「ゆっくり休ませれば恐らく……面倒はケリガーが診ておりますの御心配には及びません」



 わたしは、『わかった』と答えてじぶんの部屋にもどった。



 ゴートは、いつものようににっこりほほ笑んでいたけど病気と聞いてわたしはいてもたってもいられなくなった!



 そうよ! 夜みんなが寝静まったらこっそり様子をみにいこう!




 ボーン。

   ボーン。

      ボーン。


 っと、リビングの時計が12回鳴る。


 わたしは、こっそり部屋をぬけだしてキッチンへしのびこんだ。



 月明かりの差し込む薄暗いキッチンで、ミルクとパンとソーセージをバスケットの中に入れる。


 これは『犬のルゥ』の大好物だったものだからきっと今のルゥもよろこぶはず!


 わたしは、足音を立てないように静かにキッチンを出て地下室の扉を目指す。


 いつもは暗くなる夜が怖くてたまらないのに、ルゥに会えるとおもうとちっとも怖くなくてこの長い廊下を駆け出したくなるほどウキウキしている!



 駄目よ! サシャ! 騒いだらゴートにみつかっちゃう!



 キッチンを後にして、リビングを通りすぎる。


 いつも、暖炉のまえで本をよんでいるパパはクリスマスの次のひにはお仕事でフランスにいってしまったからリビングには誰もいない……。


 ちょっとさみしいけど『ニューイヤーには戻るからね』っていってたからがまんしなきゃ。


 パパが、帰ってくるまでには前みたいにルゥと二人でお出迎え出来るといいんだけど……。


 考えごとをしていたら、アッという間に地下室の扉の前についちゃった。



 わたしは、バスケットの中からゴートの部屋からこっそりもってきた地下室のカギをとりだして鍵穴にさしこんだ。



 ガチャン!



 思ったよりも大きな音が、廊下に響いてビックってしちゃったけど_____よかった~だれも気がつかなかったみたい!


 地下室の扉を押すと、ギィィィィィっと不気味な音がしたけれどルゥにあえると思うとそんなの全然こわくなかった。



「でも、まっくらね」



 廊下は、月の光でなんとか前が見えてたけど地下室へ続く階段はまっくらで何も見えない……でも、だいじょぶ!


 バスケットにいれていた懐中電灯で階段をてらす! 


 これでよくみえるわ!



 わたしは、足元にきおつけながら階段をおりる。


 ここへくるのは『犬のルゥ』が死んでしまってから初めて。


 この地下室は、『犬のルゥ』とわたしの遊び場だったから……。


 死んでしまった『犬のルゥ』の事を思い出してすこし涙が出てきたけどもう泣かない!


 だって、またルゥと一緒にいられるんだから!


 階段をおり切ると、懐中電灯のオレンジの明りが地下室のはじっこにもそりと動くモノをうつした。



「ルゥ?」



 わたしは、壁にある配電盤の赤いスイッチを押す!


 ブウゥゥンっと音がして、地下室に明りがついた。


 ガランとして、モノが少ない地下室のはじっこに丸まるように横たわるあのこがいる。


 やっと会えて嬉しくてすぐにそばに行こうと思ったんだけど……なんだか様子がおかしい!



「ルゥ……どうしたの?」



 ルゥは、白い袋から顔をだし此方に背を向けたままピクリともしないの!



「ルゥ!!」



 わたしは、バスケットをほうりだしてルゥの肩を掴んで引っ張るとびっくりするほど体が軽くて簡単にゴロリとひっくり返った!


 そして、まるでお人形のようにカクンと此方を向いた顔がぼやりとかすんだ瞳でわたしを見てる。


 ……あああ、駄目……わたしこの目を知っているこれは『死んじゃうモノ』の目だ!


 『犬のルゥ』と同じ目だ!



「いや! どうして!?」


 それに、よく見たらすっぽり体を包んだ白い袋は赤黒くなっているし、ルゥの顔ははじめて会ったクリスマスのときより汚れてガリガリにやせてしまっている!


「お嬢様!!」


 うしろから、慌てたようなゴートの声がした。


「ケリガーが世話をしていてくれた筈じゃないの!? どうしてこんな事に!!」

 

「お嬢様、この方は……このまま死なせて差し上げるのがせめてもの救いでございます!」



 ゴートが、今まで聞いた事のないような声で叫んだ!



「……? 何をいっているの?」


 首をかしげたわたしをみて、ゴートは何かかわいそうなモノをみるような眼をした。



「お嬢様……私、ゴート・ル・フィッセは只今を持ちましてこのエステバン家の執事の職を辞させて頂ます!」



 ゴートはそう言うと、地下室の階段を一気に駆け上がっていってしまった。


 それからすぐ、上のほうでターンという言う音とゴトンと何が倒れたような音がしたけどそんなのどうでもよかった!


 目の前で死んでしまいそうなルゥ。


 嫌! 


 また、ルゥを死なせるなんて絶対嫌!




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 12がつ30にち



 ルゥがごはんをたべてくれない。



 どうしよう……ルゥがごはんをたべない。


 あんなに好きだったパンも、ソーセージも、ぜんぜん口をつけないの……!


 「ルゥ! おねがい! たべて! 死んじゃうよぉ!」


 ルゥが泣きじゃくるわたしをぼんやりと見上げて、微かに口をうごかして何かいってるみたいだけど何をいってるのかよく分からない。


 スプーンでミルクを口に流してみるけど、飲み込んでくれなくてそままボタボタと床にこぼれちゃう。


 「う、ヒクッ……ミルク、あ"っためてくるから」


 わたしは、すっかり冷えてしまったミルクを温め直そうと地下室から出てキッチンへむかった。 





 キッチンのドアを開けると、美味しそうなスープの匂いとトントントンとリズムをとる包丁の音。



 「おや? お嬢様……やはり食べてくれませんでしたか?」


 泣きながらミルクの器をもってぼんやりドアの前に立つわたしに、シェフのロノバンはふそりと口ひげを吊り上げ手招きした。



 「ロノバン……わたし、どうしたらいいんだろう?」


 「そうですねぇ」


 ロノバンは、わたしをキッチンの作業台にあるイスにすわらせて野菜スープとライ麦のパンを並べる。



 「お嬢様は、甘いのです」


 ロノバンは、低い声でピシャリとわたしに言った。



 「あまい……?」


 首をかくんってするわたしに、ロノバンは言葉をつづける。


 「お嬢様は『犬のルゥ』の事が大好きでしたよね?」


 「もちろんよ! 今でもだいすきよ!」


 コポコポとカップに紅茶を注ぎならわたしの言葉をきいたロノバンは、お髭をふそりとする。

 

 「では、お嬢様は『犬のルゥ』を叱った事はありますか?」


 「いいえ? ルゥはとてもいい子だから叱ったことなんかないわよ?」


 「そうでしたか……」


 それを聞いたロノバンは、お髭を触りながらため息を付いた。




 「お嬢様、ルゥがあそこまで良い子だったのは全て旦那様による『躾』の賜物だったのですよ?」


 「しつけ?」


 「はい、お嬢様が生まれる前……まだ子犬だったルゥが初めて屋敷にやって来た時そりゃもう悪戯好きで廊下で糞をするわゴートさんが育てた花壇を滅茶苦茶にするわで手がつけられなかったんですよ」


 「え? ルゥが!? 信じられない……」


 わたしの知っているルゥは、大人しくて人の言うことをよく聞くいい子だったからロノバンの話にとてもおどろいた!


 「それを見かねた旦那様が、何処に出しても恥ずかしくない様にと徹底的に躾けたのです」


 「パパが……」


 「はい、それはもう基本的な待てやお座りといった指示から粗相の始末、果ては体調管理に至るまで全て旦那様がお一人で!」


 ロノバンは、自分のカップにもティーとミルクを注いで一口飲んだ。


 「ルゥにとって、自分の主人は旦那様だけだったでしょうね」


 「え? でも! ルゥはわたしの言うこともきいてくれたよ?」


 パパだけがルゥにとっての『主人』だなんて!

 まるでわたしの事が好きじゃなかったみたいじゃない!


 「お嬢様は、旦那様にとって大切な人ですから、ルゥもお嬢様の事をとても大事にしていましたよ……でもそれは、自分の『主人』としてでは無かったでしょうね」


 ロノバンが、意地悪そうに微笑んだ。


 「お嬢様は、今のルゥをどうしたいですか?」


 「え?」


 意味がよくわからなくてわたしはまた首をかくんってしちゃう……ルゥをどうしたしかなんてロノバンはどうしてそんな事言うんだろう?


 「わたし______ルゥとずっと一緒にいたい……もう死なせたくないの!」


 その言葉をきいたロノバンのお髭が、ふそりと優しく微笑んだ。


 「では、どうすれば良いか分かりますね?」


 「……うん!」


 わたしは、すっかりぬるくなった野菜スープとライ麦パンを一気に食べてから温めなおしてもらったミルクをもらって急いで地下室にもどる!



 「ルゥ!」


 ルゥは、わたしに仰向けにされた状態からピクリともうごいて無いみたい。


 わたしが、階段をすたすた降りてルゥの傍にしゃがむとうつろな目が微かに動いてこっちを見た。


 弱弱しく息をしながら不安げな顔……そんなルゥの耳元でわたしは言う。


 「ルゥ、お前がどんなに嫌がっても死ぬなんてゆるさない……わたしを置いて消えてしまうなんてみとめない!」


 わたしは、呆然とするルゥの鼻をつまんで開いた口にミルクを流し込む!


 「グッ!! ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! ヒュッツ!?」


 最初口に入れたミルクをルゥは全部吐き出してしまったけど、わたしは何度も何度もそれをくりかえした!


 ゴクン!


 何度繰り返しただろう、ルゥのノドがようやく一口ミルクを飲み込んだ!


 「やった! ルゥ! ルゥ! いい子!!」

 

 わたしは嬉しくて、ルゥの頭ぎゅーてして黒い髪をめちゃくちゃになでなでする!


 「ん"ー!! ん"ん"ー!!!」


 「あ! ごめん!」


 あまりにつよくぎゅーってしちゃったから、息ができなかかったみたい。


 慌ててはなすと、ルゥは咳き込みながら袋の中の手足をばたばたさせている。


 「う"あ"……あっ、あ……!!」


 「ルゥ、まだだよ……もっともっと栄養を取らなきゃ……ね?」


 次はパンを手に持ったわたしを見て、ルゥが脅えた顔をした。


 そんなに脅えるなんて……。


 何だかとっても悲しい気持ちになったけど、今はルゥに嫌われたっていいの!


 死んじゃうことに比べたら何十倍もましだもの!


 わたしは、うなり声をあげるルゥの口にパンを押し込んだ。

 



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