艦艇公開 その2

(作品中の医療系専門用語や医官・衛生士等の動きは法律や実運用に照らし合わせると、法律違反や間違いの可能性があります。こちらにつきましても、月夜野の取材でも限界がありますので、よほどの酷い間違いでない限りフィクションとして、目をつぶっていただけると助かります。)



 艦艇公開の日を迎えた横須賀地方総監部前では、0630i現在、約20から30名ほどの一般客が門前で既に並んでいる。

 1人で黙々と、ヴェルニー記念館の建物と別の建物の間から見える海に向かって、望遠レンズのついた一眼レフカメラを構える者や、列の中に久々に見かけた仲間に挨拶する者などもいる。


「久々だよな!”しらせ”に“たかなみ”と“あきづき”、それに毎度お馴染み“いずも”!」


「そう言えば“てるづき”見ないな?知ってる?」


「“てるづき”は今、日本海沖だね。ほらこれ。」


「AISのアプリかぁ。お?何これ!?“てるづき”に”とさ”?“ゆうだち”!?」


「おいおい、“いわみ”に“いわしろ”って、訓練なわけ!!?どこ行くの!この艦隊!?情報無かったよな!?東北?北海道?撮りに行きてぇ!!」


「浜田から出航してるから、情報少ないのしょうがねぇよ。」


「あそこ、撮影スポットが総監部の建物のせいでほとんど無いもんな。漁船のチャーター位だろ?」


「でさでさ、この艦隊、噂では北海道行きらしいけどさ、良く分かんないんだよ。ここで停泊してるみたいなんだけど、理由わかるか?」


「なんだぁ?12時間近く停泊してるみたいだな?あっ!それよりY4に”くらま”いるんだよな?」


「残念!公開無し!!」


「マジでか!!くっそー!!目の前にいるのにぃ!!」


「しかも、Y4だからY3の”おおなみ”と“ありあけ”のお陰でほとんど見えないし、向きが出だから高台からも2連の主砲が撮れないんだよなぁ。あ~あ、ツイてねぇー!!」


 『向きが』とは出航がすぐ出来る向きの事で、Y1~4バースの場合は艦首を沖側に向ける事、逆の陸側向きが『いり』となる。

 また参考にH1バースの場合は、艦首がヴェルニー公園側だと『入』、Y1バース側が『出』と呼ばれる。


「補給艦の“なかうみ”が昨日の夕方、呉から出航したってネットで呟いてる人いるけど、途中でAIS切ってるんだ。佐世保にでも移動かな?」


「補給艦なんかどうでも良いって!佐世保って言えば、“くらま”は間に合うのかな?来週だろ?延期した『させぼフェス』って?」


「おいおい!補給艦無くちゃ作戦継続出来ないだろ!?大体お前いつも支援艦を軽く・・・」


「悪い悪い!支援艦スキーに悪口言った俺が悪かったって!」


「そんな護衛艦スキーに自慢だが俺、来週佐世保行き決定!代わりに部活頑張れよ!応援するぞ!支援艦は良いぞー!」


「そうだった、護衛艦スキー、俺もだ!わりいな!頑張れ部活!支援艦は良いぞー!」


「マジか!嘘だろ!?くらまあぁー!!」


「「「ずりーぞ!!そこの2人!」」」


 和気あいあいとした雰囲気の中、横須賀駅に列車が到着する度に、見学希望者の列が伸びていく。

 0715iになると横須賀地方総監部(略称:横監)から2等海尉を筆頭に、5名ほどが周辺の整理の為に出てくる。


「皆様、おはようございます!本日の艦艇公開は9時からとなっています!8時半頃になりましたら・・・」


 と、横監のスコードロンキャップと案内の腕章をつけた2尉が来場客に、予定と列の整理の案内を告知していく。

 また腕章で海曹の階級章が一部しか見えない人物達は、横須賀駅そばの横断歩道での案内や誘導、複合商業施設側に伸びた列の整理などに追われている。

 0730iになって、予定を早めて警備詰所前まで列を移動させ始め、先頭がそこに着くと、今度は4~5列ほどになるよう案内し誘導していく。

 その先頭から約6~70m程離れた場所には、手荷物検査場が設けられていて、第3種夏服の海自隊員の他、応援として防衛省の関係者らしきYシャツにスラックス姿の人物達も、金属探知機や手荷物検査場の係員側に待機している。

 その中で、旧知の仲なのだろうか、Yシャツ姿で首から身分証をぶら下げている人物と、ほぼ似た年齢の1曹が時々列を見ながら談笑している。


「今年はすごいですね!?去年や一昨年よりも集まりが早い!」


「護衛艦と、今年は“しらせ”も参加してるし、毎度とは言え、夏休み中だから、”いずも”の人気もあるんだろうな?」


「数ヶ月前は“いずも”だけの公開でしたけど、よく見かける人達来てましたもんね?」


「それだけ熱心なファンがいてくれるんだ。海自うちらとしては大切にしなきゃな。」


「マナーを守ってくれる限りは、って注釈付きますけどね。」


「それは横監うちだけじゃなくて、外の一般イベントも場所によっては悩まされてるって、最近聞くからな。どこだったっけ?マナー違反多くて中止になったのは?」


「確か西日本だった気が・・・。すいません覚えて無いですが、確かそんな様なの、あったのだけは覚えてます。一般イベントでも、そういうのあったっていうのは、聞いてます。」


「ファンになってくれるのは、ありがたいんだけどな?」


 2人は列を見やりながら大きな事故やトラブルが無いようにと、不安げな表情を浮かべる。

 時間は刻々と過ぎていき、0755iになり、横監や艦艇から放送で「5分前!」と流れる。

 知っている者はカメラを、”いずも“の艦首や、横監の屋上に設置されている旗竿に向けて、ピント調整などに勤しみ、知らない者は、側にいる人間に聞いていたりする。


「すみません、何が5分前なんですか?」


 親子連れの父親が、すぐ側にいたカメラの準備をしている人物に声をかける。


「えっ?あぁ、8時ジャストに建物の上や、船に国旗や自衛艦旗を揚げるんですよ。『自衛艦旗掲揚』の時間ですね。」


「へぇ!だって、たっくん!?」


 自分が抱っこしている、3歳くらいの男の子に話しかける父親。

 子供は興味がないのか、そっぽを向きどこかを見ている。


「そうだ、8時から君が代流れたら、演奏中は自衛官さん達が直立不動、『不動の姿勢』って言うんですが、『かかれ!』って放送流れるまでは自衛官さん達に話しかけたりしないで下さいね?そういうルールがあるので。」


「はぁ・・・大変そうですね?」


「そろそろ10秒前かな?門のそばに3人青い迷彩の人達いるでしょ?見てて下さいね?」


 カメラの人物はそう言うと一度時計を見てから、”いずも”艦首にカメラを構える。

 父親は隣の母親と、抱っこされている1歳位の子供を見ると、「そうなんだって。」と言って時間が来るのを待つ。

 10秒前の放送がかかり、門の側、手荷物検査場、“いずも”飛行甲板などでは、自衛官達が不動の姿勢で掲揚を待っている。


「時間!」


 建物から通常演奏の君が代が録音で、護衛艦等からは生演奏で信号ラッパ用の君が代が、それぞれから聞こえてくる。

 そして、日常のセレモニーが終わると、「かかれ!」と放送され、自衛官達は持ち場に戻ったり、業務に戻る。

 その後も、父親とカメラの男性は色々話し合い、艦艇公開で見ておくべきポイントや、7枚信号旗が上がったら『WELCOME』の可能性があるなどを、スマホやカメラの過去映像等で確認していったりしている。

 その横で母親は、時折小さく溜め息をつき、寝てしまった1歳の子の背中を一定のリズムで軽くたたきながら、呆れたような顔を父親に向けている。

 どうやら、父親が突発的に参加を決めたようである。

 0815iになると、横監から1尉が歩いてきて、「少し早いですが、入場を開始します!走らず、ゆっくり、前にお進み下さい!」と繰り返し、進んでいく列に向かって声をかけていく。

 別の海曹も、列に向かって「走らないで下さい!護衛艦は逃げませんので、落ち着いてゆっくりお進み下さい!」と声をかけている。

 手荷物検査場の方はと言うと、戦場のような忙しさになっている。

 一々カバン内をチェックしたり、手持ち式金属探知機をかざしたりしているのだが、単位時間あたりでチェック出来る数には当然限界があり、スムーズに動いたのは当初のみで、すぐに列が詰まってくる。


「すみませんが、飲み物を一口飲んでいただけますか?」


 PETボトルや水筒を発見したのか、所持者に対してそのような声かけが、あちこちから聞こえる。

 手荷物検査場を抜けた者たちは、歩いたり走ったりしながら、お目当ての艦艇に向かっていく。

 そして、そんな彼らを一番最初に出迎えたのは、横監前の広場で整列している、『横須賀音楽隊』である。

 入場開始とともに、軽快な音楽を数曲演奏して、公開を待ち望んでいた者たちの気分を盛り上げている。

 家族連れや音楽隊目当てに来ている者は足を止めて聞き入ったり、ビデオに収めたりしながら、それぞれ楽しんでいる様である。

 “いずも”の格納庫に目を向けると、第1昇降機が見学者を乗せて上がっていくのが見える。

 その上がった先には、ファランクスやSeaRAMシーラムを模したキャラクターが昇降機から降りた見学者を出迎えたり、甲板用の消防車やフォークリフト、そして第2昇降機(別名、舷外エレベーター)では退役寸前のSH-60Jも展示されている。

 そして、第1昇降機が帰りの見学者を乗せて下降していると、飛行甲板直下の通路に『いずもの妖精』や『いずも馬』と呼ばれ人気のあるキャラクターが、帰る見学者にパフォーマンスしている。

 逸見へみ桟橋に目を向けると、地本の募集や模型の展示コーナー、子供や大人用の3自衛隊制服での記念撮影も出来るようになっている。


「うわっ!冷たっ!」


「なんか白っぽいね!?」


「おじさん!これ触ってもいい?」


「良いよ!南極の氷、どんどん触ってみて!」


 気温が高いだけに、“しらせ”乗員による『南極の氷コーナー』は、子供達だけでなく大人達にも人気である。


「あの先任伍長?今からこんなに触らせてたら、終わりまで保たないのではないでしょうか?」


 海士長の男性が、気温の高さと見学者の多さに溶けきってしまうことを危惧して小声で進言する。


「ん?溶けたら溶けた時。それに子供らの顔見ろよ?あんなにキラキラした目で嬉しそうだろ?お前から言うか?『制限するぞ』って。ガッカリした顔が見たいんなら、俺は止めないけどな。」


 先任伍長は優しそうな顔で笑うと子供達のところに戻る。

 海士長は「失礼しました」と言うと、先任伍長同様に子供達の質問や疑問に答えていく。


○護衛艦“いずも” 医務室 1030i


「黒川?お前、今からそんなにガチガチだと、終わりまで持たないぞ?俺らは1300から飛行甲板だけど、不測に備えろよ?。」


「はっはい!佐伯1曹!えっと、今日は高温注意情報と、湿度が高いって情報ももらってますので、冷却剤とかチェックを・・・」


 冷蔵庫に向かおうとする黒川を、ジト目になった佐伯が止める。


「お~い、黒川~?チェック怠るなって言ったの俺だけど、何回目だ?冷蔵庫冷えないぞ~?」


 0840頃から、少なくとも4回を超えるこのやりとりに暗澹あんたんとした気分になる佐伯。


(黒川、大丈夫かな?艦艇初めてにしても心配だなぁ、こりゃあ)


 落ち込んだ素振りの黒川から、視線を壁のバッグに目をやり、一つため息をつく。

 すると、扉がノックされ、佐伯が「どうぞ」と声をかけると、第3種夏服姿の1佐の女性が入ってくる。


「出雲1佐!どうしてこちらに!?」


「出雲1佐!?この方が!?」


 慌てて不動の姿勢から10度の敬礼をする佐伯と黒川。

 答礼すると、「気を使わせてしまってすみません」と、佐伯と黒川の中間に立つ出雲。


「黒川さんの様子が気になったので、お忙しい所を失礼しました。」


 そうに言うと2人に座るよう促す。

 出雲は2人が座ってから、佐伯に軽く自己紹介して、黒川に向く。


「随分暗い顔されてますが、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です!」


 ほぼ条件反射で答える黒川に、佐伯の突っ込みが入る。


「大丈夫じゃ無いだろうに?何回も冷却剤確認しようとしたりしてたろ?」


「す、すみません、佐伯1曹。」


 しゅん、として暗い顔に戻る黒川。出雲は少し前屈みになり、黒川の顔を覗き込む。


「白瀬さんが仰ってました。暗い顔をしていると、被災者の方や患者さんに不安を与えるから気をつけなさい、と。この前行った、初めての災害派遣直前に、白瀬さんから言われた言葉です。」


 顔を上げ出雲を見つめる黒川と、その2人の横顔を見つめる佐伯。

 そこから出雲と会話が続き、黒川の表情にも自然と笑みがこぼれ始める。

 佐伯は2人の様子に(出雲1佐なら、もしや?)と、黙って推移を見守ることにする。


「あの、出雲1佐!ありがとうございます!私が落ち着かないと、迷惑になるのは患者さん達ですもんね!習ったはずなのに、緊張で忘れていたみたいです。」


 黒川の表情に佐伯も安堵し、軽く笑みをこぼして一度座り直す。


「そう言えば出雲1佐、質問よろしいでしょうか?」


 黒川は話が途切れたタイミングで、昨日解決出来なかった疑問を出雲にぶつける。


「ええ、どうぞ?」


「あの、白瀬さんとはどのような方なのですか?気になっていたのですが、伺いそびれてしまいました。お答えいただける所だけで結構ですので、教えていただけますか?」


 出雲は「それなら・・・ちょっと失礼しますね」と右耳に右手をあて、独り言をつぶやき始める。

 佐伯と黒川が訝しんでいると、「すぐ来てくれるそうです」と、右手をおろしながら2人に答える。

 それから約5分経った頃、3人で会話していると、出雲が突然立ち上がり、右手で右耳を抑える。


「白瀬さん!?そちらは多目的区画で、反対方向ですよ?医務室分かりますか?・・・えぇ・・・でしたら、迎えに行きますのでそこを動かないでくださいね?」


 そう言いながら、医務室の扉まで歩いていく出雲。

 一旦振り向くと「すぐ戻ります」と言いながら、扉から出て行く。

 残された2人は顔を見合わせて同じ疑問を浮かべる。

(どうやって白瀬と連絡をとっているんだ?)と。

 そして、30秒もかからないくらいで、外から2人の女性の声が聞こえてくる。


「いやぁ、真反対に行ってしまうとは、僕もビックリしたよ!」


「白瀬さん、注意して下さいね?良いですか?」


 1人は出雲、もう1人の声が白瀬らしいと佐伯と黒川は見当をつける。


「佐伯1曹?あの、ここから多目的区画って遠いですよね?30秒もかからず往復出来ませんよね?」


「あ、あぁ・・・正確に計った事はないが真っ直ぐには走れないし、防水隔壁もあるから、全速で往復5~60秒くらいは多分かかるんじゃないか?それにあんなのんびりおしゃべりの余裕なんて・・・」


 そんな会話をしていると、扉が開き出雲が入ってくる。

 その後ろから、制帽に第3種夏服でスカート姿の白瀬が入ってくる。


「うわっ!く、黒川が、ふ、2人!?」


「わ、私だ!!」


「おやぁ?鏡を見ているみたいだよ!!出雲君!あそこに僕がいるねぇ!!」


 2人は立ち上がると、佐伯は黒川と白瀬を何度も首を往復させて見比べ、黒川はずり下がったメガネを何度も上げ直して、白瀬を凝視している。

 一方の白瀬は面白そうに佐伯と黒川を観察し、出雲はそろそろ場を収拾しようとタイミングを伺う。


「白瀬さん、面白がるのは良いんですが、そろそろ自己紹介した方が良いですよ?お二人も時間無さそうですので。」


「あぁ、艦艇公開での当直だねぇ?それなら手早く済ませようかねぇ?僕は『南極観測船』の白瀬だよ!よろしくお願いしてほしいねぇ!!」


 ショックから先に立ち直った佐伯は簡単に自己紹介すると、放心していた黒川を揺する。


「おい、しっかりせい!黒川!!黒川!!!」


 あまりの放心状態に、佐伯が平手打ちしようかと思った時、我を取り戻す黒川。


「はっ!あ・・・えっと白瀬・・・さん?」


「おい、黒川しっかりしろ!自己紹介!!」


 慌てて10度の敬礼して、白瀬に自己紹介する黒川。


「はい!“いずも”第4分隊衛生員の黒川です!!初めまして!!」


「よろしくねぇ!黒川君!」


 白瀬と黒川が握手をし、雑談を始めたタイミングで、佐伯は出雲に気になった点を聞く。


「あの、出雲1佐?白瀬さんの階級章未着用と白のパンプスが気になるんですが、何か理由でも?」


 第3種夏服着用時に乙階級章を着けるのは当然だが、それと同時に女性の場合、准尉以上は白の、海曹長以下は黒のパンプスを履くことになっている。

 つまり、白瀬は准尉以上の階級と言うことになるが、事前の分析で海曹長以下と結論付けていたため、矛盾が生じたため、出雲に確認しているのである。


「白瀬さんは、もう1人と言っていいのか分かりませんが、『白瀬1尉』の艦魂も存在しています。」


「白瀬1尉?ですか?」


「はい。本来であれば、3佐に昇任していてもおかしくはない頃ですが、本人が、いえ、船の『白瀬さん』は頑なに固辞しています。ご自分は・・・」


「南極観測船だからねぇ?僕は極地研の“船”だから、自衛隊の階級は着けられないと思う。本当なら、僕は私服を着ていたいんだけどねぇ、持っていないから制服や青の作業服を着ているんだよ。階級とか制服を着用する資格があるのは本来、今は僕の中で眠っている『白瀬1尉』の方なんだよ、佐伯君に黒川君?」


 出雲と佐伯の会話に割り込んだ白瀬は、右手で心臓の辺りを押さえながら、2人を順番に見る。

 そして静かになった瞬間、医務室の電話が鳴る。急いで電話をとる佐伯。


「はい、医務し・・・はい・・・はい・・・」


 電話を受けながら指を2回鳴らして、人差し指を衛生バッグに向ける佐伯。

 黒川は表情を引き締めると、それを手に取って肩にかけ、半身になった状態でいつでも飛び出せる用意をする。


「増援・・・はい・・・はい、待って下さい。黒川!艦首ファランクス側、2名熱中の可能性!行け!今黒川を・・・」


 佐伯の言葉を最後まで聞くことなく、医務室から飛び出す黒川は、すぐ側のラッタルの手すりを掴み全力で駆け上がっていく。

 飛行管制室下の扉から、広い甲板に出て左に3~4歩走ると、誰かに手をとられ引っ張られる。


「うわっ!っと、出雲1佐!」


「落ち着いて!そっち艦尾です!右に!」


 黒川は軽く頭を下げると、右に走って患者の元へと向かう。

 出雲はというと、すぐに黒川の出てきた扉に飛び込んでラッタルへと走って向かう。

 ラッタルを降りきってすぐ、荒くなった息を整えていると、目の前に白瀬が現れる。


「随分汗をかいているねぇ?はい、タオルだよ!」


 顔の前に突き出された水色のタオルに驚きながらも受け取り、汗をふき取る。

 広げてみると、アデリーペンギンが2羽寄り添うように描かれていて、一部氷を表現しているのか、白い部分が数カ所ある。

 それを見てから、タオルで顔を覆い、「見られてしまった・・・でしょうね・・・」と、力無く言葉をはき出す。


「出雲君?黒川君が艦尾に行ってしまってのタイムロスを考えると、患者さんが待っていたんだ。出雲君の行動は間違ってはいないと思うんだけどねぇ?」


 出雲の左肩を右手で軽く2回叩く白瀬。


「ですが・・・」


「ほら、とりあえず佐伯君の所に戻ろうじゃないかねぇ?僕の分かるのはその辺りくらいだからねぇ?他の場所がいいんなら、案内してほしいんだけどねぇ、出雲君?」


 その言葉に戸惑いながらも、顔からタオルを離して、白瀬を見る。


「私も飛び出してしまいましたから、一旦戻って佐伯さんに断りを入れておきましょう。」


 2人が歩いて医務室付近まで戻ると、奥から男性が走ってくる。

 どうやら医官のようで、紺の作業服に聴診器を首からぶら下げて電話をしている。


「・・・あぁ、今着く。1人が度?動かせるか、野原?・・・ちょっと待て。佐伯!2つベッド空けろ!男性1名、Ⅱ度、女性1名がいち度からⅡ度の熱中症!!バイタルとる準備!点滴と冷却も!それから吐き気を訴えて・・・」


 そう言いながら、医務室に入っていく医官。さらに医官の来た方向から、応援の衛生員らしき人物も走ってくる。


「医務室は大変そうだねぇ?さて、出雲君?どこに行こうかねぇ?」


「それでしたら・・・居住区の休憩室に行きましょう。今はタイミング的に、人もいないので。」


 出雲は左手を前に出し、先導を始める。

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