仕事始め(後編)

○横須賀地方総監部・『はしだて』甲板 1730


 大晦日から元日にかけての夜に満艦電飾を披露して、年明けの賑わいを彩った各艦艇も、仕事始めを控える今夜は静かな雰囲気である。

 必要最低限の人員以外離艦しているためもあるのだが、そんな中、『はしだて』の甲板からはザワザワした雰囲気が漂ってくる。


 「皆さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますわね。明日からは、任務や訓練で忙しい日常が戻って参りますわ。お互いに怪我や事故が無いよう、それぞれ頑張りましょう!それでは、乾杯!」


 「「「乾杯!」」」


 橋立のかけ声で、艦魂達の新年会が始まった。それぞれに日本酒やジュースにお茶等が注がれたコップを当てている。

 いくつかテーブルが用意され、軽食やおつまみが用意されていて立食パーティーの形式をとっているようだ。

 あちらこちらにグループの塊が出来ていて、間を縫うように曳舟の数人が給仕している。テーブルに置ききらない分を配って回っているようだ。

 ちなみに横須賀の曳舟達の給仕は、時間で3交代にわけているそうだ。誰もが楽しめる様にと、主催者である橋立の配慮とのことである。

 そして、当の橋立は近くにいた遠州に話しかける。


 「今年もよろしくお願いいたしますわね、遠州2曹。あら、今夜は無礼講ですし、敬礼は無しですわよ?」


 敬礼をしかけた遠州に、橋立は右手で制する。


 「あっ、申し訳ありません、橋立1尉!こちらこそ、今年も1年よろしくお願いします!」


 そんな2人に給仕している曳舟の1人が近付いて、声をかけてくる。


 「橋立1尉、遠州2曹、お雑煮です!熱いうちにどうぞ!」


 トレイの上にはお椀が3つのっている。橋立と遠州はそれぞれ手にとり、橋立はテーブルの上の空いているスペースにお雑煮を置くと、曳舟の頭をなで始めた。


 「ふえっ!?あ、あの橋立1尉?」


 「感謝の気持ちですの。受け取っていただけますか?」


 「は、はい!あ、ありがとうございます、橋立1尉!」


 トレイに残った最後のお椀を、落とさないように注意しながら10度の敬礼をする曳舟。頭を上げると、頬を桜色に染めながら近くの別グループに向かった。

 橋立はそれを見やると、蓋を取ってからお椀を手にとり、箸で赤い蒲鉾カマボコをつかみ、口に入れる。


 「やはり、お雑煮に紅白の蒲鉾が入っていると、それだけで気分が華やぎますわね、遠州2曹?」


 ちょうど四角い焼き餅を一口分、歯で切り終わった遠州は、慌てて口を動かし、飲み込もうとする。


 「あら、駄目ですわよ!慌ててお餅が喉に詰まったら大変ですわ!?ゆっくりで構いませんから、ねっ?」


 言われて、噛むペースを落とし、ゆっくり飲み込む遠州。


 「すいませんでした、橋立1尉。えっと、紅白のカマボコでしたね?確かに華やぎますよね。それに、小松菜と鶏肉と焼いたお餅。私、焼いたお餅の香ばしい匂いと、パリッとした食感が大好きなんですよ!焼いたお餅だけってありますか?これにお代わりで入れたいんですが?」


 そう、橋立に問いかける遠州だが、橋立は首を横に振る。


 「お餅自体はありますの。でも、ごめんなさい。焼くのが間に合わないので、お代わりは無しでお願いしますわね。もしよければ後で言っていただければ、お昼か夕ご飯にでもまた準備いたしますわよ?」


 「本当ですか?!それなら、後でまた食べにきますよ。」


 「橋立1尉、遠州2曹、明けましておめでとうございます。」


 声をかけながら、鳴潮が近付いてくる。


 「鳴潮1佐、明けましておめでとうございます。昨年は色々大変でしたが、今年もよろしくお願いしますわね。」


 「明けましておめでとうございます。今年も訓練の支援、させていただきます!」


 橋立、遠州、それぞれが鳴潮に挨拶する。


 「それにしても、これだけの料理、大変でしたでしょう?言っていただければ、私も参加させて頂こうかと思っていたんですよ?」


 「いえ、曳舟の方々が全員と、摩周さんが舞鶴に帰るギリギリまで手伝ってくれたので、人員は間に合ってしまいましたの。申し訳ございませんでした。」


 曳舟の全員は毎年手伝っているので驚かなかったが、料理上手な橋立と双璧をなす、あの摩周も手伝っていたとあって、鳴潮も驚いていたが、それが聞こえた周りも驚いている。


 「もしかして、そのお雑煮も?あのカナッペもですか?」


 「日持ちのするものは、摩周さんが取り仕切って作っておられましたわ。わたくし達が作ったのは、サンドイッチとか、カナッペにのせる具材などですわ。それにしてもあの手際、素晴らしかったですわ。まるで、オーケストラの指揮者のように指示して下さいましたの。今年の年末にも来ていただけると、嬉しいのですけれども。」


 まだ今年が始まったばかりだというのに、もう年末の話をする橋立。ギリギリ鬼は笑わないが、不思議な事に、鳴潮は吹き出しそうになるのを押さえるのに必死のようだ。

 ちなみに普段であればこのような事はないが、鳴潮は日本酒を飲んでいるため、笑い上戸になっているのだろう。

 それを見て曳舟の1人が橋立に耳打ちする。彼女は最近横須賀に来たばかりで、事情がわからないのだろう。


 「あの、橋立1尉?鳴潮1佐、どうされたんでしょうか?ちょっと何時もと様子が違うんですが・・・」


 「大丈夫ですわよ?鳴潮1佐、普段から潜水艦という事もあってか、誰にも言えない事が多く『強いストレスを受ける』と言っておられましたの。恐らくお酒を飲んで解放されてしまわれたのですわ、きっと。それにお酒が弱い方ですから、もう少し飲まれたら寝てしまいますから、心配はありませんわよ?」


 そう言った橋立は、ニッコリと笑って曳舟を見る。

 すると、下を向いて笑うのを我慢していた鳴潮が、手を口に当てたまま、正面の遠州と橋立、それに曳舟を見る。


 「す、すいませんでした。急に・・・笑いが・・・ククッ・・・あの、こみ上げて・・・クククッ・・・ごめんなさい、席外します!」


 言い切るか否かのうちに、右舷側に走っていく鳴潮。姿が見えなくなった直後、少し離れているにも関わらず、はっきり聞こえる鳴潮の笑い声。

 事情を知っている古参の面々は「また、鳴潮1佐か」と言った顔で、事情を知らない面々は何事かと古参の面々に聞いている。

 そして黒龍らしき姿が鳴潮のいる方へ向かうのが見えたので、橋立と遠州は任せることにした。


 「少しホッとしますわね、遠州2曹。こんなに楽しく新年会ができるのですもの。」


 少ししんみりとした表情で、両手でコップをもち、日本酒を口にする橋立。

 遠州は翌日に響かないよう、オレンジジュースを口にする。


 「そうですね、何回か自粛でやりませんでしたから。みんなでこうやって騒げる年はホッとします。我々が新年会で騒げるのも、平和でなければできませんから・・・。」


 「本当にそうですわね。今年も何事もなく、ここ横須賀の・・・だけではありませんわね?大湊、舞鶴、呉、佐世保、そして新しく出来た浜田基地・・・それぞれの皆が・・・誰一人欠けることなく、すごしたいものですわね?・・・」


 そう言うと、橋立は右舷側の海に、自分のコップに入った日本酒を捧げるように持ち上げると、横の遠州にも乾杯し、噛みしめるかのようにゆっくりと飲んでいく。

 遠州も、橋立と同じ様に海に向かってコップを捧げると、飲み干していく。



 この平和が続きますように



 橋立と遠州は示し合わせたかのように、同じ思いを胸に、横須賀の静かで穏やかな海を見つめている

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