第5章 年の瀬から年明け

1 年の瀬

年の瀬(前編)

 ある年の大晦日の日没


 海上自衛隊・呉地方総監部のさん橋に二人の女性自衛官の姿がある。

 彼女達の背後には、暗くなりつつある風景に溶け込んで行くような艦影が2つ、さん橋にメザシ係留されている。

 艦尾には、彼女達の特徴であるX舵の一部も見えている。


 「今年の国旗降下も終わったね、黄龍。」


 「そ、そうだね、せ、赤龍1佐。」


 「ちょっとちょっと、もう課業終了したんだし、いつもみたいに『お姉ちゃん』で大丈夫だよ?」


 『そうりゅう型』の姉妹、『SS508 せきりゅう』と『SS512 こうりゅう』の艦魂、赤龍と黄龍である。

 普段、『せきりゅう』は横須賀、『こうりゅう』は呉にいるため、二人が会うことは滅多にない。


 「あ、あのお姉ちゃん、え、演習とかで怪我とかして・・・ないよね?お、おなか壊してたりしてなかった?」


 不安そうな顔で近寄り、赤龍の手を取り顔を覗き込む黄龍。突然ではあったがいつもの事なので、少し慌てながらも赤龍は対処する


 「ちょっ、ちょっと!近い!近い!落ち着いて考えなって!怪我とかしてたら、こっちには来られないから!」


 「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん。ひ、久しぶりだったから、つい、その・・・。そ、それに、お姉ちゃんの入港が日没ギリギリだったから、こ、国旗降下の時間になっちゃって、お姉ちゃんの事だから、す、すぐ話に行かないと艦内にこもっちゃうかもって思ったら・・・あ、あの、いっぱいお話したくって、その・・・」


 取った手を離さないままに、赤龍を引き寄せようとする黄龍。

 あまりの強さにこけそうになりながらも踏みとどまり、黄龍の頭をなでて、なだめる。


 「あぁもう!ほら、頭ナデナデしてあげるから。・・・落ち着きなってさっきも言ったでしょ?いつもそうなら、護衛艦達に勝てないよ?Pー3CとかSHー60(J/K)には・・・悔しいけどさ・・・」


 「お、お、お姉ちゃん!まさか、対潜哨戒機にもケンカ売ってるの!?止めて!お願いだから!いつか絶対大怪我しちゃうよ!」


 黄龍は泣きそうな顔で赤龍の両腕を強くつかみ、激しく揺さぶる。


 「いたっ!痛いって!哨戒機達の前に黄龍に怪我させられちゃうって!だ、第一、哨戒機達にどうやって喧嘩売るのよ?」


 「む、無線とか使って・・・?」


 泣く寸前の黄龍は、赤龍の問いに思ったままに答える。


 「黄龍、あんた、まさか・・・自分の任務中とか演習中に無線使ってたりしないよね?」


 視線を鋭くして、黄龍に問う。返答次第ではケンカになりかねない雰囲気になってきている。


 「つ、使ってないよ、お姉ちゃん!も、もし使ったら、バ、バレちゃうよ!そ、そんな怖い事・・・」


 黄龍の返答に、ため息をつきながら座る。そして、さん橋から投げ出した足をブラブラさせながら、自分の横の地面を叩く。


 「なら、良いけど・・・。とりあえず、ここに座んなさい。ほら。」


 「はい・・・」


 隣に申し訳なさそうに座る黄龍。少し間をあけている。


 「どうしたの?もっとこっちに来なよ?」


 無言で距離を詰める黄龍。赤龍は目の前の、『自分と妹の艦尾』を黙って眺めている。

 黄龍はそんな赤龍の横顔を少し怯えたような表情で見つめる。


 「お、お姉ちゃん・・・?お、怒って・・・るの・・・?」


 赤龍は黄龍を見る事無く、しかし、軽く笑みを浮かべて答える。


 「怒ってたらさ、自分とこ戻って籠もっちゃうって。」


 「そ・・・そう・・・だよね。」


 黄龍は、赤龍と同じように『姉と自分の艦尾』を眺める。

 二人はそのまま会話もなく、波の音を聞きながら座って足をブラブラさせている。


 「ねぇ、黄龍。」


 どの位の時間がたっただろうか?沈黙をやぶった赤龍は黄龍の方を向く。


 「何?お姉ちゃん?」


 赤龍が自分の方を向くのに視界の端で気づき、赤龍の方を向く黄龍。


 「お腹・・・すいてない?」


 「す、すいてるよ?」


 「お蕎麦、食べられるよね?」


 「う、うん。食べられるよ?」


 よしっ!と一声かけてその場に立ち上がると、黄龍に手を差し出す。


 「じゃあ、お姉ちゃんが黄龍に年越し蕎麦作ってあげるよ!あ・・・中海さん達と比べるのは禁止だからね!比べたら絶対作ってあげないからね!」


 「うん、わかった!絶対比べないよ!だって、絶対お姉ちゃんの方が美味しいもん!」


 黄龍は赤龍の手を取りながら立ち上がると、赤龍と腕を組み、先に行こうとする。


 「全く、まだ食べてな・・・わっ!ちょっ!コラッ!引っ張んないでって!」


 「お姉ちゃんと年越し、初めて!っと、お姉ちゃんが『私のとここうりゅう』渡って行くのも初めてだったね!それから、それから・・・えっと・・・こんなにお話するのも初めてかも!嬉しいなぁ!それから・・・」


 満面の笑みでグイグイと赤龍を引っ張る黄龍。それに翻弄される赤龍。


 「さっき渡ったから、これ2度目・・・って、黄龍!引っ張んないで~!何でこんなに強いの!?普段こんなじゃなかったよね!?」


 今までの記憶にある黄龍と、今の様子に戸惑いながら引っ張られる赤龍。


 「お姉ちゃん!早く早く!」


 「待って!引っ張んないでってばぁ~!」


 日も沈みきり暗くなった呉のさん橋には、二人の姉妹の声だけが微笑ましく響いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る