第3章 防人達の宴
防人達の宴(前編)
○海上自衛隊横須賀基地『なかうみ』艦内・
『AOE429 なかうみ』の艦内。普段の航海中は隊員達で賑わっているが、今は深夜で停泊中。不気味な程に静まり返っている・・・
はずだった。
「岩代3佐、紅茶です。どうぞ。」
「あらぁありがとうね、中海ちゃん」
艦内食堂に青の作業服の中海1曹と、紺の作業服の岩代3佐の姿があった。そんな食堂に、さらに2人のゲストが入ってきた。
「こんばんは、中海さん。あら、岩代さんもこんばんは。」
「どうも、こんばんは中海。あれ?岩代も来てたんだ。」
2人とも紺の作業服の両肩に、太い4本線の乙階級章をつけている。1等海佐のものだ。
「こんばんは大鷹1佐に響1佐。先にいただいています。」
「ささっお二方、おかけ下さいな。直ぐに紅茶準備しますよ。」
ミサイル挺『PG826 おおたか』は、佐世保の『第3ミサイル艇隊』に所属している。速度は約44kt(約80km/h)と海自1足が速い。そのため、シートが他の艦艇と違いシートベルトも配備されている。
そんな大鷹が横須賀に居る理由。それは・・・
「お待たせしました、どうぞ。今日の訓練お疲れさまです。でも本番近いのに、大丈夫ですか?こんな時間まで。」
大鷹の前に紅茶を置く中海。大鷹は受け取ると一口飲んでから答える。
「私は大丈夫だよ、受閲の7群だし、訓練展示もいつもの訓練と変わらないし。それより観閲艦の
「大鷹さん、先導の
響はカップを置くと、ガチガチに緊張していた村雨1佐と鳥海1佐を思っていた。
「私は観艦式の話を聞いた時、大隅姉さんがうらやましいって思っちゃってましたけどねぇ・・・そんなお話聞いてたら、出なくて正解かなって。」
海上自衛隊最大の式典・『観艦式』
それに参加する事は、
そもそも『観艦式』とは、陸上自衛隊の『観閲式』、航空自衛隊の『航空観閲式』とで持ち回りで行われる3年に1度の式典。一般人も抽選に当たれば艦艇に乗艦できるが、かなりのプラチナチケットとなっている。
そして海上自衛隊の観艦式は、各国の海軍の観艦式には見られない、あえて名付けるなら『観受閲艦移動式』である。
他国では『観閲艦』という、その国のトップ(大統領や首相等)が乗艦する艦艇(見る側)が、『受閲艦』と呼ばれる、海の上に並んで動かない艦艇(見られる側)の前を通過して観閲していく『観閲艦移動式』である。
しかし、日本では観閲部隊も受閲部隊も共に動く。なので『観受閲艦移動式』としたのである。これは文字にすると簡単そうであるが、一筋縄ではいかない。
なぜなら、最高速度だけでミサイル艇の44ktから潜水艦の13kt(水中なら20kt)、全長も『いずも型』の248mからミサイル艇の50mと文字通り幅広い。
日本の場合、一直線に並んで観閲艦と受閲艦がすれ違うだけでなく、ある点で一斉に梶を切ったりと難度が高い。もちろん周りが見えづらい潜水艦といえども、隊列に参加している以上は例外ではない。
大回りする『いずも』等と、小回りの利く『おおたか』や『ひらしま』等が一斉に回れ右をして、また同一直線上に並ぶ。これは全参加艦艇の練度が揃って高くなければ、到底綺麗に出来るものではない。
そして、話に出てきた『DD101 むらさめ』は先導艦、『DDH144 くらま』が観閲艦、『DDG176 ちょうかい』が随伴艦となり以下計7艦で『観閲艦艇部隊』となっている。
他に
・『DDG173 こんごう』以下計6艦の『観閲付属艦艇部隊』
・旗艦『DDG177 あたご』以下7群、計20艦の『受閲艦艇部隊』
・自衛艦『DD107 いかずち』と海外艦艇6艦の『祝賀航行部隊』
・指揮官機『P-1』以下海自機小計13機・陸自機小計4機・空自機小計6機、合計23機の『受閲航空機部隊』
という構成になっている。
「そんなこと言ってさ、本当は参加したかったんじゃないのか?顔に『出たい』って書いてあるぞ?うりうり!」
そう言って岩代の頬を人差し指でつつく大鷹。
岩代は「そんな事ないですって」と笑顔で大鷹の人差し指を掴む。
「あいたたた!ごめん、岩代!てか、岩代様ごめんなさい!さっきの冗談だから!ほんっとに許してぇ!」
「全く大鷹さんは・・・この前も返り討ちにあったばっかりだったじゃないですか。」
呆れた響は、中海に紅茶のお代わりを頼んだ。
中海が紅茶を入れて戻ってくると、なぜか腕十字固めをきめている岩代と、逃げるようにもがく、きめられた大鷹の姿があった。
「あの、響1佐?私が戻るまでの間に何が?」
「見ての通りです、中海さん。岩代さんの逆鱗思いっきり掴んじゃっただけです。いつもの事ですから気にしないであげて下さい。」
紅茶を受け取った響は何事もないように、紅茶を堪能している。
「あの、お二方、今すぐ苺のロールケーキ持ってきますから、一時休戦しましょ?ね?」
「中海ぃ~、それは岩代様に言ってよぉ。って、あだだだだ!!」
「中海ちゃん。大鷹ちゃんの分、私の所に入れておいてくれたら、一時休戦出来るんだけどなぁ?」
普段と変わらない、優しい雰囲気で笑顔の岩代。だが顔以外は優しいものではないので、笑顔が逆に恐怖心をあおる結果になっている。
「わかりました!わかりましたから、大鷹1佐を解放してあげて下さい!すぐ持ってきますから!」
脱兎のごとく厨房に駆け込むと、3皿のうち1皿だけ2人分の苺のロールケーキをもって戻ってきた。
そしてテーブルまで持ってくると、響とすでに着席している岩代、そして腕をおさえながら着席しようとする大鷹の前に皿を置いた。
岩代の前には当然2人分の皿である。
「あれ、中海?私の分って岩代のとこだよな?これは?」
疑問符を浮かべる大鷹。中海は、岩代の方から絶対零度のような空気を感じつつ、大鷹の疑問に答える。
「これは私のロールケーキです。でも、“味見”の必要があるので大鷹1佐に“味見”をしてもらおうと思いまして。あくまでも“味見”です。そうです“味見”です。文句のある人は言って下さい!その人にはもう差し入れしませんから!以上です!」
一気にまくし立てた中海は席に座る。岩代の怒気に当てられたのか、テーブルの下では膝がガクガクと震えている。
岩代は言いたいことがあったようだが、中海の『宣言』によって封じられた格好である。
それだけ中海の作るスイーツ等は、ある種の『力』があるとも言える。
「うまーい!中海・・・いや、中海様々って呼ばせて欲しいよ!すっげーうまい!くぅ~!“味見”最高!」
ロールケーキを口に含んだ直後、突然立ち上がった大鷹。中海の両手を掴むと上下に振った。
「大鷹さん、美味しいのはわかりましたから、座って下さい。みっともないですよ?それと、中海さんが困惑してますから。」
たははっと笑うと大人しく着席する大鷹。そんな大鷹をよそに、真剣な顔でスポンジケーキとクリームを別々にして食べ比べている岩代。
「中海ちゃん、質問していいかしら?このロールケーキの事なんだけど?」
「ええ、良いですけど、どんな事ですか?」
「このロールケーキのクリームとスポンジの苺って・・・味が違う気がするのよね?品種が違うのかしら?」
え?と驚く大鷹と響。ロールケーキと中海と岩代に、視線を行ったり来たりさせている。
「岩代3佐、ご名答です!じつは買った苺が思ったより酸っぱかったのと、数が足りなかったんで甘めの苺を後から買い足したから、品種が変わったってのが真相です。よくわかりましたね?お気に召しませんでしたか?」
中海も品種が違うことを当てられるとは思っておらず、驚いている。
「私もね、本当の事言うと、たまたまクリームとスポンジに苺の塊があって、ちょっと違うかも?って思っただけなのよ。それに美味しかったから流石って思ったのよ。お気に召したから、もっといただけると嬉しいなぁ。中海ちゃん、お代わりもらえるかしら?正解したご褒美にってことで。」
「クイズを出したつもり無いんですが」と言いつつ、岩代から皿を受け取るとロールケーキを取りに行った。
「岩代さんも料理を披露して欲しいものね。そんなに良い舌をお持ちなら、当然作れるんでしょ?」
「そうだね、私も気になる。中海とか摩周以上にうまいスイーツとか作ってくれそうだよな。」
響もそうだが、大鷹はまさしく『名は体を表す』様に猛禽類が獲物を見つけたときのような目を岩代に向けていた。
「あらぁそんなに期待されちゃうと、困っちゃいますねぇ~。まぁ今度機会があったら、と言うことでよろしいでしょうか?響1佐、大鷹1佐?」
「次の機会・・・か。ま、有るだろう。良いよ岩代、絶対にご馳走しろよ?出来れば金曜日の昼に会いに来てやるから、カレーとデザートのセットでよろしく!響も一緒だろ?」
「え!?・・・あ、はい!岩代さんのカレーセット、私も楽しみにしています。」
大鷹の言葉に思う事があったらしく、反応が遅れる響。
そんな2人に対して疑問に思う岩代。だが、岩代も大鷹の言葉にもしかしたら?と予想をたてた。
「お待ちどうさまです!お二方の分も一緒に・・・ってお三方、黙っちゃってどうしたんですか?」
まるでお通夜状態の場に、一瞬たじろぐ中海。
「ん?いや、なに、岩代がどんな金曜カレーとスイーツのセット作ってくれるか想像してたんだよ。なっ、響?」
「大鷹の言うとおりです。中海さんも楽しみではないですか?」
「え!?岩代3佐、私もお
まるで某3等海尉の子供時代のように、目をキラキラさせて岩代を見つめる中海。
今まで作ることの方が圧倒的に多く、作ってもらった記憶があるのは同じ補給艦の
だから余計に岩代の作る料理が気になったようだ。
「いいわよ中海ちゃん。そうそう、私と中海ちゃんのコラボってありかしら?」
「おおっ!最高のコラボになりそうだ!明日の夕食・・・いや、朝食にでもやってくれないか?すぐ食べたいよ!」
「大鷹さん、いきなり朝食って無茶ですよ。せめて夕食にしてあげましょうよ。」
「岩代さんが良ければ、明日の夕食一緒に作りましょうよ!楽しみだなぁ~。」
4人は完全にノリノリの状態で、翌日の夕食のアイディアを出し始めるのであった。
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