海の防人達

月夜野出雲

第1章 海の防人達

1 海の防人達

海の防人達(前編)

「パパ、おかえりなさーい!」


「ただいま!ちゃんといい子にしてたかい?」


 5歳になる娘・海里が、4ヶ月ぶりに帰ってきた夫にタックルするかのように向かっていきました。

 夫の帰宅はこれでも早かった方で、長い時は半年を超えるのもざらですが、今回は船・・・夫曰わく『護衛艦』の訓練が目的だったそうで早かったようです。

 私は夫の仕事をいまだに詳しくは理解していないのですが、今回は一番大きな部類の護衛艦で何年か前に新聞やテレビでも有名になった『いずも型』の4番目の護衛艦で『とさ』と言うらしいです。

 船の前部分には白い数字で『186』と書かれています。

 私には船の種類とか、見ても説明されてもよくわかりません。

 ですが、日本のためにいつも海を警戒してくれていたり、災害救助に駆け回ったりしているのは判ります。

 訓練とかテレビで見ていると、私にはとてもできないと思ってしまいます。

 時々私達は、船が見える所に行くのですが、私が「あれパパの船じゃない?」と海里に言うと、「もう!パパのふねは『とさ』、あっちは『いずも』!ぜんぜんにてないよ!?」と言われてしまいます。

 距離が離れていて、横の数字や後ろの船名は見えないのに、どうして海里には分かるんでしょうか?未だに不思議です。


「お帰りなさい、あなた。今日は海里と作ったカレーだよ。」


「おっそうか、今日だった。急いで帰ってきて正解だったな。」


 海上自衛隊では金曜のお昼に、カレーを食べる習慣があるそうです。元々は曜日の感覚を忘れないように、だそうで、昔は土曜日だったそうですが、週休2日制になって金曜になったんだそうです

 夫の乗る船は、港には3日くらい前に戻っていたのですが、すぐに離れられなかったそうで、昨日の電話でお昼頃の帰宅を知ったんです。

 いつもより大変だったと聞いたので、少し手間をかけて魚介カレーを作って、3人で食べようとなったのです

 実を言うと今日だけでなく、海上自衛隊に合わせているわけではないのですが、毎週金曜日に作ってるんです。

 カレーだと私も楽ができるし、海里も張り切って手伝ってくれるので、金曜日カレーの日が嬉しいのは内緒です。


「はやくいっしょにたべよ~よ!、はやくはやくぅ!」


「こらっ!海里、ズボン引っ張ったらダメでしょ!?」


「大丈夫だよ。ほらっ、海里も少し落ち着けって、な?」


 玄関に入った夫は海里に急かされて着替えに、海里は台所に向かった様です。

 さて、私も準備しましょうか。

 着替えも終えて、椅子に座った夫は「準備できたみたいだし、いただきますしようか?」と海里に水を向けます。


「じゃあ、みんないっしょに、いただきます!」


「「いただきます!」」


 夫は仕事柄なのか、食べるのが早いです。結婚当初はそれを知らなかったため、『もっとゆっくり味わって食べてよ!』などと怒鳴ってしまったことも、今では良い思い出です。

 海里が食べ終わると、夫は「海里、絵本でも読んであげようか?」と、数冊の本を持ってきました。

 私は、食器を持って台所に向かい、流しで洗い物を始めました。

 さて、何冊読んであげられるんだろな?

 理由はと言うと、もうすぐ聞こえてくると思うんだけど・・・


「パパ、やっぱりほんより、パパのおしごとのはなしききたい!」


 もう始まりましたか?一冊は読み切れたようですが・・・


「そっか、ならイルカに会った話しようか?」


「ききたい!どんなおはなし?」


「2ヶ月前なんだけど、お仕事が休みの日に・・・」


 海里は前のめりになって夫の話を聞き始めました。

 『仕事の・・・』とは言ってますがそれ以外の話もせがむので、夫と少しでも長く話たいという、海里なりの知恵なんだと思います。


「そうだパパ、あした『とさ』がみられるんだよね?」 


 夫のイルカの話が終わると、ふと思い出したように明日の話を切り出しました。

 基地で『艦艇公開』というイベントがあるそうで、明日はいつもより早めに護衛艦に“帰る”んだそうです。

 自宅から船に”帰る”、と初めて聞いた時は少し寂しい気持ちになってしまいましたが、船に乗り組む人達は、皆その様に言うそうです。

 夫の昔の免許証を見せてもらった事があるのですが、住所の最後が『護衛艦”しらね”』と書かれていました。

 夫曰く、この“しらね”と言う船は、もう解体されてしまったそうで、思い出を残すために名前の入った免許証をとっておいているんだそうです。


「あぁ、見られるよ。パパは忙しいから一緒にはいられないけど、ママの言うこと聞いて大人しく見るんだぞ?」


「うん!わかった!」


「海里はいい子だな!」


 そう言いながら夫は、海里の頭を優しく撫でています。


「そういえばパパ?またおねえさんにあえるかな?」


「お姉さん?まぁ、今は『とさ』にも配属されてるからいるけど。“また”って?」


「まえにパパがのってた『いわみ』のおねえさんだよ?きれいなおねえさん。」


 『いわみ』は、夫が『とさ』の前に乗っていた護衛艦で、『あたご型』の3番目だそうです。


「えっ?パパが乗っていた時のお姉さん?艦艇公開の時かな?海里、それってパパが『いわみ』に乗ってた時で間違いない?その後じゃなかったかい?」


 夫が不思議そうな顔で海里に聞いてます。どうしたんでしょうか?わたしはテーブルにカップを置くとコーヒーを入れ始めました。


「パパがのってるときだったよ?だってパパといっしょに『いわみ』でおしごとしてるって、いってたよ?」


「はい、コーヒー・・・って、あなた?考えこんでどうしたの?」


 私がカップを差し出すと同時に、腕組みをした夫に訪ねました。何か思い出そうとしているみたいです。


「ん?あぁ、いや、俺が乗ってるときWAVEは・・・あ、女性の海上自衛官の事な。で、その時はWAVE、いなかったから。今は何人かいるって聞いたが・・・。っと、コーヒーありがとう。」


 カップを手に取った夫は、一口飲むと、また考え込んでしまいました。

 そして「ちょっとごめんな」と海里に言うとスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけています。どうしたんでしょうか?


「もしもし、田浦か?俺だよ、長浦だ。・・・久しぶりだな。・・・今、上陸中だよ。ところで、『いわみ』に乗ってた時の事なんだが・・・そう、それで・・・」


 田浦さんは夫の中学の同級生で、夫より先の高校卒業後に海自に入ったそうです。

 『いわみ』に配属された時は、お互いにビックリしたそうです。

 今は海自の学校で船のエンジンについて教えていると聞きました。


「・・・だな。ああ、・・・いや、すまなかったな。それじゃ、また。」


 話が終わったようです。

 海里は少しすねたのか、夫に背中を向けてお気に入りの人形で遊び始めてしまいました。


「何か分かったの?」


「記憶通りだったよ。俺が『とさ』に乗ってからだった。」


 そう言った後、すっかり冷めたコーヒーを飲み干して、「ごちそうさま」とカップを渡してきました。



 翌日になり、夫はいつもより早めに基地に向かいました。海里はまだ眠そうで、大きなあくびを何度もしています。


○海上自衛隊基地正門内の広場 午前8時46分


 基地に着いた私達は持ち物検査を受けた後、時間まで見知った方に挨拶をしたりして待っていました。

 すると、海里は誰かを見つけたようで、背伸びしたり、手をふったりしています。ただ向いているのは、人のいる『とさ』ではなく、まばらにしかいない、奥の方に向かってのようです。

 『とさ』以外にも何隻か泊まっているんですが、海里の目線の先には、『179』と書かれた護衛艦がありました。


 あの番号はたしか・・・


「『いわみ』・・・だよね?」


 独り言を言ったつもりだったんですが、海里には聞こえたらしく、「うん!まえにパパがのってた『いわみ』だよ!」と嬉しそうにしています。


「誰か見つけ・・・」


 まで言ったところで、隊員さんがメガホンを持って、私達の所へ歩いて来ました。


「それでは、これよりご案内いたしますので、こちらへどうぞ。」


 その声に気付いた海里に、「あっ、ママはやくいこっ!」と手を引っ張られてしまいました。

 そのままの勢いで、他の見学者の流れに乗って艦内に入ると、『とさ』はとても大きく、今までの護衛艦と違うのだと、改めて思います。

 最初に入った格納庫は、奥の方に羽根を畳んだ白いヘリコプターが1機あるだけなので、本当に体育館のように見えます。

 人の流れに沿って歩いていくと、大きなエレベーターに行き着きます。

 それに乗って上がると、広々とした場所、確か夫は『飛行甲板』と言っていましたが、そこに出ました。

 私は海里と一緒に、夫がいるか探してみました。

 結局、私達は夫を見つけられず、海里は『とさ』の格納庫に降りる時、少し元気が無いように見えたんです。

 格納庫から船の外に出た時、家のご近所の方が見えたので、話かけに行ったんです。

 話を終えて、海里にもう一回夫を探してみるか提案しようとした時、そばに姿が無いのに気付いたんです!

 普段はあまり私から離れる事がないため、油断してしまいました!


「海里!海里!!どこ行ったの!?」


 辺りを見回しても近場におらず、遠くの方にいるのかと、人の少ない方へ移動してもう一度見回すと、少し奥の方で見つけました。

 海里のそばには、しゃがんでいる女性の自衛官さんもいます。もしかしたら、さっき『いわみ』を気にしていたので、何も考えず行ってしまい、あの自衛官さんに見つかってしまったのでしょう。


「申し訳ありません!海里、こっちに来なさい!こっち来たらダメって言われてたでしょ!?」


「え~せっかく、“また”おねえさんにあえたのにぃ!」


「えっ?“また”?もしかして海里の言っていた『お姉さん』て・・・」


 さりげなくネームプレートを確認すると『石見』とありました。 肩の階級章は太い線が上下2本と真中が細い線で1本。

 夫は今確か太線3本で2等海佐と教えてくれました。

 少し前が石見さんと同じ階級章だったから、3等海佐さんで良かったかな?


「えっと“石見いしみ”さんでしょうか?申し訳ありません、娘が勝手に・・・」



「いえ、私のせいかもしれません。たまたま、気分転換におりたら海里ちゃんに見つかってしまいまして。それと言いにくいのですが、私は“石見いわみ”と申しまして・・・。あ、でもよく間違えられるので、お気になさらないで下さい。」


 “いわみ”さん?今、降りてきたって言った?この『護衛艦いわみ』から?・・・


「“石見いわみ”さんですか?失礼しました。降りてきたって、こちらの『いわみ』からですか?」


「はい。よく仲間から、『いわみに石見いわみあり』なんてからかわれています。」


 顔を少し赤くして、恥ずかしそうに笑う石見さん。

 なぜでしょう?とても綺麗に見えて、つい見つめてしまいました。


「おねえさん、わらうとすぅっごぉ~くきれいだよ!!」


 海里はそう言うと、マンガの世界なら星がたくさん浮かんでいそうな目で石見さんを見つめてます。


「か、海里ちゃん、そんな事言われたら恥ずかしいよ!」


 石見さん、ますます赤くなってます。相当恥ずかしいようですね?


「石見3佐!こちらだったんですか!?副長がお呼びです!すぐ艦にお戻り下さい!!」



 突然船の方から石見さんに呼びかけがあって、声のする方を見ると『いわみ』の甲板から、女性自衛官さんが呼んでいました。急ぎの用事みたいです。

 立ち上がった石見さんは私達に軽く会釈すると、「すみませんが、これで失礼します。またね、海里ちゃん。」と挨拶してきました。

 一変して、凛々しい雰囲気になり、さっきまで海里にからかわれていた事など微塵も感じさせないものになっていて、私は少し戸惑ってしまいます。

 海里は麦わら帽子をかぶると、「おねえさん、またね」といいながら手を上げる方の敬礼しています。

 石見さんはそれを受けて、敬礼しかえしてくれました。

 海上自衛官の妻として、式典等で色々な方の敬礼を見ましたが、ここまで綺麗な敬礼は、夫の上司の方(確か、艦隊司令と夫が言っていました)位です。

 不思議な方だなと思っていると、踵を返して艦に戻っていきました。

 家に着いた私達は夫がいつ帰ってきてもいいように、食事の支度を始めました。

 海里と一緒に野菜を切ったりしていますが、心の中では、石見さんの事を考えていました。


 一体あの人はどういう方なんだろう・・・?


 やっぱり、夫に聞いてみよう。聞けば、夫もわかるかもしれないし・・・


「『いわみ』の石見3佐?知らないぞ?もし・・・って、君を疑う訳じゃないが、万が一にいたら艦どころか基地内で有名人だぞ、きっと?」


 そう・・・ですよね。でも、実際会ったわけですし・・・。


「パパ、おねえさんはちゃんといたよ!?ママもいっしょにあったよ!?なんでおこってるの!?」


「い、いや怒っている訳じゃないんだよ、海里?ただ、パパは・・・」


「でも、おこってるときみたいに、こえ、おおきかったよ!?なんでなの!?」


「海里?よく聞いてくれるかな?パパは怒っていたんじゃ無いんだよ?ねっ?」


 夫は私の話に驚いただけだったみたいですが、海里は怒っていると受け取ったようです。


「あなた、『いわみ』の副長さんなら何か知っているんじゃないかしら?何か用事があったみたいで、石見さん、副長さんに呼ばれてたし。」


「あぁ、今度会ったら聞いてみるか。」


 この時、海里は何か呟いていたのですが、夫と話をしていたため聞き取れなかったのです。


(“いわみ”のおねえさん、いたもん。ママもあってるっていったもん!なんでパパしんじてくれないの!?)


さかのぼって護衛艦『いわみ』士官室・ヒトロクフタインディア


「石見3佐、危なかったんですよ!まだ、周りに人が少なかったから良かったですが・・・」


 士官室で向かい合いあう女性自衛官が2人いて、1人は席につき、1人は休めの姿勢ですぐ側で立っている。

 1人は先ほどの石見3佐、もう1人は甲板上から、石見を呼んだ女性自衛官である。


「海里ちゃんなら、大丈夫よ?少し前に乗っていた長浦2佐の娘さんですから。前にも話したことがありますし。」


「いえ、私が言いたいのは、その後ろにいた海里ちゃんのお母様でしょうか?そちらの方です。」


 心配そうな顔で、石見を見つめるもう一人の女性自衛官。階級章は石見と同じで3佐のものである。


「海里ちゃんのお母さんなら、やはり問題ないと思うけど?」


 もう一人の自衛官はため息を吐きながら、石見の向かい側に座る。

 彼女達の奥側には、白いカバーのかかった艦長の椅子が見える。


「石見3佐、お子さんならごまかしようがあると思います。けれど、大人は別です!もう少し慎重な行動をお願いします!!」


 士官室に大声が響き、石見はやや五月蝿そうに右耳を右手でふさぎ、両目を細める。


「あなたも慎重になりましょうね?声が少し大きいわよ?まぁ、後10分位なら大丈夫だけど。それに、あなたもご挨拶しなくて良かったの?今は、“あなた”が長浦2佐と一緒に“行動”してるんでしょ?」


「っ!し、失礼しました、石見3佐。ですが、今後は慎重に行動していただくよう具申します。それに私は、わざわざ騒ぎにしたくありませんので、会う必要はありません。石見3佐申し訳ありませんが、私はこれで戻ります。失礼します。」


「具申って、私、よ?それに騒ぎって、考えすぎじゃないかしら?」


 扉に手をかけようとした自衛官はそれを聞き、振り向いて不動の姿勢をとる。


「考えすぎるに越したことはありません。それから、階級は一緒ですが、私から見たら石見3佐は“”ですので、間違ってないはずです。」


 言い終わると、10度の敬礼をして退室していく。


 一人残された石見。ため息を吐くと「彼女、少し頭が固いのよね。」と、つぶやきながら扉を眺めた。

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