LUNATIC MACHINOID

@s_hukami

第1章 メッセージ

 心臓が止まるかと思った。イヤな夢で目覚めた。目覚まし時計を見る。二時四十九分。最低。

 寝直そう、と思って。けど、寝付けなくて。水でも飲もう、と起き上がる。足音忍ばせて階下へ降り、台所へ入ってコップを取り出し、蛇口をひねる。水を飲み干して、ふとテーブルの上を見る。

 今夜いや、今午前だから昨夜の食事が残っている。

 ……あいつ、またやったな。ここ半年ほど、深夜帰りが続いているが、理由を聞いても答えない。何やってんだろうな、あのバカ。

 仕様がねェ奴。コップ洗って伏せて、ふと気になって窓の外を覗くと、あいつのバイクがなかった。何だか、イヤな感じがした。物凄くイヤな予感。

 慌てて二階へ駆け上がり、あいつの部屋のドアを開ける。電気を点けた。誰もいない。帰った形跡もない。胸騒ぎがした。……さっきの夢、何だった?どんな夢、見てた?


 ぞっとした。物凄くぞっとした。……大したことない。いつかが今日だっただけだ。

 今まで、あいつはどんなに遅くても帰って来ていた。だが、それが今日もとは限らない。気のせいだ。考えすぎだ。忘れろ。……でも、どんな夢だった?


 ……確か、誰かに追いかけられて逃げていて……目が覚めたのは、そいつに……殺されたから……。


 違う。そんな……。でも、治まらない動悸。ガタガタと震えが来る。……違う。そんなの、妄想だ。気にするな。考えすぎだ。……でも。

 舌打ちする。……とりあえず、朝まで様子を……いや、もう、眠れない。捜しに行こう。それで俺の気が済むなら。

 本当、バカだ。判ってる。こんなコトしたって、あいつにうっとおしがられるだけだって、知ってるのに。

 どうしてこうなったんだろう。いつからすれ違ったんだろう。優等生だったくせに。俺なんかよりずっと優秀だったくせに。

 俺にいつも劣等感と挫折抱かせてたくせに。何が不満だったというのだろう。何が不満だというのだろう。

 今でも、あいつは俺のコンプレックスのままだ。……今でも。


 服を着替えて、ジャンパー羽織って外に出る。自転車に乗って走り出す。行き先なんて判らなかった。

 だけど、体が勝手に動き出す。何処にいるかなんて知らない。でも、いつだって俺の行く先にお前がいた。

 だから、きっと今、俺が向かってる先にも、お前がいるんだろう。


 栄町商店街。夜なんて何もない一直線の道路。二車線で真ん中の分離帯に桜並木。田舎のくせに。両端の歩道には銀杏の木と紅葉が交互に。

 この辺は時々暴走族が走るので、歩道を走る。商店街を数m走った処で、左端の電信柱から煙が上がっているのが見えた。

 ぎくりとした。近寄ってみた。炎上したけど既に火が消えつつあるバイク、その傍らに転がるヘルメット。

 何かに惹かれるように振り返った斜め後方に、人の体。くの字型に折れて倒れている。恐る恐る近付く。

 ぴくりとも動かない。辺りはしんと静まり返っている。ひどく、時間が長く感じた。そっと、顔を覗き込んだ。思わず悲鳴を上げそうになった。

 そこには『俺』が倒れていた。頭から血を流して。



各務かがみ~ィッ」


 ガタン、とドアを開けて、天井見ながら、天野司あまのつかさ俺の悪友が入ってきた。


「……言っとくけど、俺は幽霊じゃねェから、そんなトコにはいねーぞ」


 天野はひょいと肩をすくめた。


「そんな軽口が叩けるようなら大丈夫だな?」


「……何が?」


 部屋の隅っこ、寄っ掛かったまま、ペットボトルの炭酸飲料の残りを飲み干した。


「……各務ィ、お前、座る時、どーしてそんな背中丸めるんだ? そんなんじゃ腰とか背骨、痛めるぞ? それともその高い座高がコンプレックスとか?」


 天野の黄色い頭をガツッと殴る。


「ばぁか。俺様は座高じゃなくて身長がたけーんだよ!! 悔しかったら二m越えてみろ」


「っ冗談!! 鴨居に頭ぶつけて歩くようなマゾな趣味、俺にはないよっ!!」


「そんな趣味、俺にだってねーよ、ボケッ」


 天野の頭掴んでぐしゃぐしゃにかき回す。


「……やめろよぉ、各務ィ」


「泣いて土下座して頼んだらやめてやる。ヒヨコ頭」


「……俺の頭を愛してるのは判るけど」


「愛してるとかゆーなッ!! 気色悪ッ!!」


「……良かったな」


「は!? 何言ってんだ!! てめェッ!!」


「……いや、だから……」


 言い掛けて、天野は首を振る。


「ま、俺の台詞じゃねーなっ」


「何、訳の判んねーコトを……」


「ま、平和で平穏なのが一番よっ」


「隣の隠居ジジイのよーなコト抜かしてんじゃねーよッ!!」


「お前ンの隣はラブホだろ? じーさん住んでんのか?」


「ばーかッ!! んなコト誰が言ったッ!!」


「だって今、自分で隣の隠居ジジイって……」


「フザケんなッ!! モノのタトエだろッ!! モノのタトエッ!! こーのヒヨコ野郎ッ!!」


「あっヤだやめてっいやエッチ!」


「バカ野郎ッ!! 何がエッチだ!! このボケッ!!」


 不意にドアが開いた。


「……いつ見ても思うんだけど」


 ギクリとして振り返る。


「アンタ達ってホント、不毛な遊び、好きね」


 黒髪、ショートカットのやたら迫力ある美少女。ガンつけやらせたら世界一。


「……で? イケナイ遊びゴッコ? ケンカ? それとも男の服脱がせるのがシュミなの? ヘンタイ」


 氷点下にクールな声で、触れたら斬れそうな瞳で、左手腰に当てて、右手でドア押さえて立ってる、のは俺のやってるバンド『LUNATIC《ルナティック》 MACHINOID《マシノイド》』のボーカリスト、高月たかつき麗奈れな、だった。

 レナ、なんて名前のクセに、甘さも愛らしさもカケラもなくて、凶暴に強烈でクールで、冷たい表情とハスキーボイス。

 マジで奴の中には紅い血の代わりに絶対零度のオイルが流れてるんじゃないかと思う。これが女だとしたら、俺はホモに走ってもイイ。それくらい、強烈。


「……各務かがみ佳月かづき、な」


 レナはふっと冷たい笑みを浮かべる。


「全く驚いたよ? 昨日のニュース」


 全身の血が、凍る。


「……わっ!! バカッ!! レッ……!!」


 天野の声など無視して。


「……各務葉月かがみはづき、十七歳。午前二時五十分頃栄町の見通しの良い一本道で激突死。事故か、覚悟の自殺か?」


 内臓が、締め付けられる。


「双子の弟がいるなんて話、聞いてないね? 危うく間違うトコだったよ。名前も紛らわしいけど、何より顔がそっくりだからね。てっきり本人だと思ったよ」


 心臓が、痛い。


「……悪ィ。兄弟仲、悪いんでな」


 声が、掠れる。


「ほう。……双子なのにか?」


「双子でも何でも、仲悪ィモンは悪ィんだよッ!!」


 カッと血が昇る。


「双子ってのは痛みを共有したり、共感したり、片っぽが怪我すると判るって言うけど、本当か?」


「知ッらねーよッ!! オカルトの見過ぎじゃねーのッ!!」


「へ~え……」


 膝が、ガクガクする。……こいつ……きっとわかってて、俺をいたぶってやがるッ……!!

「おい!! 大丈夫か!? 各務!! ……おい、レナッ!! どーしてお前そうシュミ悪ィんだよっ!! 各務殺す気かっ!! 折角っ……!!」


「知っての通り、私はサドだからね。泣きそうなのにガマンしてるバカ見ると、泣かせるかボロボロにしてやりたくなるんだ」


「おまっ……各務が再起不能になったらどーすんだよっ!!」


「これくらいでダメになるような奴、イラナイね」


「お前の論理で行動すんなよ!! バカ!! どーすんだよっ!!」


「……過保護だコト。佳月とデキてんの?」


「んな訳あるかっ!! 俺も各務も健康なコーコーセーダンシだぞっ!! お前がそーゆー性格じゃなきゃっ……!!」


「……うるせェッ!!」


 ダン、と壁叩く。ギョッとした顔で天野が振り向く。


「ゴチャゴチャっとにうるせェんだよッ!! ボケッ!! で? レナ、何の用だよ? 『物理実験準備室』、に」


「別に用具取りに来た訳じゃないよ? ただ、今朝、アンタが教室いなかったからね」


「……それはドーモゴ苦労様」


「一言言うと、こんなトコでサボるなよ。留年したり退学したいなら別だけど」


「ゴ忠告ドーモアリガトゴザイマス」


「用はな、コレだ」


 そう言って、五線譜の束を出す。


「……アレンジは任せた」


 そう、微動だにしないクールな面で言って。


「放課後、遅刻するなよ?」


 命令して、ふわりと立ち去った。人間離れした軽い足取り。何の表情も読めない、機械人間マシノイドのような面。ひどく綺麗な人形のような顔で。

 ……悪魔だ。あの女。


「…………」


「……大丈夫か? 各務」


 人を見透かすみたいなあの瞳。人を冷酷に谷底へ突き落として微笑わらって、それで……。


「……クソッ」


 五線譜、握り締めて立ち上がる。


「何処、行くんだ?」


「教室」


「もう、三限だぞ?」


「……大遅刻だな」


「良いのかよ? 家は?」


「……知らね」


「知らねって……おまっ……本当は今日、色々あんじゃねーの?仮通夜とか何とかっ……!!」


「……出ねーよ、んなの。俺とヤツは仲の悪い兄弟なんだよッ!!」


「嘘つけっ!! 各務、お前昔は良く、弟のコト……っ!!」


「うるせーんだよッ!! どーせ家帰ったって、事情聴取やら何やらでゴッタ返してっし、遺体もまだ一週間は返って来ねーしッ!! もぉイイんだよッ!! ゴチャゴチャとッ!!」


「……悪ィ」


 しゅん、とした顔で天野が言ったのを見て、途端、悪いと思った。八つ当たりだ。

 昨日明け方前、捜しに行って見つけたモノ。とりあえず家に連絡して、学校サボって一日映画見たり繁華街ぶらついた事。

 もう、ウンザリだ。もう、十分だ。もう、イラナイ。忘れたいのに、忘れられない。恐くて鏡も見れない。

 誰にも会いたくない。誰とも話したくない。何もしたくない。何も喋りたくない。ただ、ひたすら永遠に眠れれば良かった。

 ……無理な話。


「……天野」


「うん?」


 何事もなかったかのように、天野は笑う。


「……俺、マゾかもしんねー」


「……そいつはいただけないシュミだな」


 大真面目な顔で。


「でも、安心しろ。お前が世界一の変態マゾ男でも、友達やめないから」


 ……こいつ、どーしてこんなバカかな?


「ヘンタイ野郎が」


 吐き捨てると、あはは、と天野は笑う。救いようのないバカ。ついでに物凄いお節介。

 十年相棒やってて、未だに俺の思考回路把握してないバカさ加減が、時折腹立つけど。でも、ま。とりあえず、親友、ということにでもしておこうか?


「教室行こうぜ」


 天野は本当、何も考えてなさそうなバカ面で笑う。


「ところでお前、何で俺があそこにいるの判った?」


「……お前ン家、電話したし。オフクロさん、心配してたぜ? 昨夜、帰ってないんだって?」


「じゃ、何であいつは知ってたんだ?」


「あいつ? レナか? さあ? 靴箱でも見たんじゃねェ?」


「そーゆータイプか?」


「それとも、各務は来てると思い込んでたとか」


「…………」


 高月麗奈は一年だ。年下のクセに、あの傍若無人(?)ぶりと不敵さは一体何だろう。当然クラスでは浮きまくりだ。友人らしきものを見た事ない。

 レナをメンバーに入れたのは『声』で、初めて会った時はその中味まで判らなくて、不覚にも見惚れた。奴は一人で歌っていた。シンセやMIDIやら大量の音源に囲まれて、たった一人で。

 折れそうに華奢な中性的な香りの美少女。心臓ハートを貫く透明で鋭い非人間的な硬質の高音で。甘さのカケラもなかった。

 たぶん、アレの中味がもうちょっと別のモノであれば、きっと友達にも恋人にも不自由はないだろうし、歌だってきっともっと女の子らしい甘く柔らかなものになるんだろう。

 その時は、きっと異性として惹かれても、メンバーにしようなどとは考えなかっただろう。知り合って半年。だが、未だにアイツは理解不能の機械人間マシノイドだ。

 心を開いてないのか、ああいう奴なのか。たぶんアレが地で、普段はもう少し猫をかぶっているのだろう。

 幸か不幸かアイツがああいう奴だからこそ、仲間でいるのだろうなと近頃思う。忍耐はかなり必要だが。


「……なあ、天野。お前、あいつのコト、好きか?」


「どっちかってーとキライ」


 即答。


「でも、歌声は文句なしにいい」


「天野」


「うん?」


「あいつ、気ィ使ったつもりかな、と一瞬考えたんだが……」


「あんまり、コワイ想像すんなよ」


 天野はきっぱり言い切った。


「天災でも起こったらどうする」


「…………」


 そこまで、言うか?


「あいつはたぶん、感情表現が屈折してるだけかなと思うコトがたまに……」


「それは妄想だよ、絶対」


 ……ま、俺もそう思うことが多いけど。しかし、天野、随分……。


「アレをタダの女と思っちゃいけねーよ。この半年で、俺ら、随分学習したろ? あいつのせいでベース、辞めたし」


「……ああ」


 ベースやってた広瀬ひろせって奴が、レナに肋骨折られて入院した。どうしてそうなったか経緯は双方とも口を割らなかったけど、理由は何となく判った。

 直後の現場に入った時、機械人間マシノイドの顔がほんの少し上気して、汗ばんでいた。

 いつもの能面顔にわずかばかり覗いた嫌悪と侮蔑。あれが初めて見た、レナの表情。


『どうした?』


 って聞いたら、


『……別に』


 ってスカして答えてやがったが。……だが、そんなコトくらいで奴がカワイイなんて思ったらとんでもないくらい、凶悪なコトも知ってる。


「あいつ、俺が今日、バンド練習行くつもりなの知ってたな?」


「……と言うより、人の都合考えてねーだけじゃねーの?女王サマだし」


機械人間マシノイドだし?」


「その通りっ」


 胸張って言う天野がおかしくて、思わず笑った。天野はチビだ。高二にもなって一六三cmしかない。一コ下でしかも女のレナが一六四cmあるのに。

 もっとも身長のコトはひどく気にしてるようなので俺はチビとは言わない。が、レナは言うのだ。一cmしか違わないクセに。

 俺のコトは佳月って呼ぶくせに、天野のことは天野でも司でもなくチビ。だから天野が怒るのはムリないだろう。その上、天野は童顔だし。

 気合い入れて髪を金髪にしてるけど、私服だと未だに中学生に見える。


「各務っ!! レナの言う事なんか気にすんなよ!!」


「してねーよ」


「そっか。悪ィ。余計なコトだよなっ」


 ……ま、時々カワイイと思うコトはある。レナよりは全然。……弟ってやっぱ、こーゆー感じだよな。バカで素直で単純で。


「……で、どんな曲なの?」


 ちなみに天野はドラムス。五線譜渡す。


「今回、バラード調?」


「その方があいつの声には合うんじゃねェ? ……この辺の音域とかメロディラインは奴にしか出せない」


「……しっかしこの詞……」


「……どういう顔で付けたか見たいトコではあるな」


「何でレンアイものなんだよ? あいつ、どっか調子おかしーのか!?」


「本人に聞けば?」


「……聞けるかよ」


「……全くだな」


 泣かないで 一人で あなた 一人じゃないから 私 あなたの そばに いるわ 泣かないでイイの ずっと そばにいるわ 愛しているから


「……しかし、どういう顔で歌うのか見たいな。朗読でもイイ」


「コワイことゆーなよっっ!!」


「マジに怯えんなよ」


「どーせアイツは能面のよーなツラでスラスラと何の感情もなくキカイ的に……」


「そういう想像すっから恐くなるんだよッ!!」


 ……俺へのエールかな、何て考えたりすんのは……思い上がりかも、しれない。


「……あのさ、天野」


「うん?」


「……あのな、笑うなよ? 俺さ……歌ってる時のレナの顔、好きなんだ」


「…………」


 天野は無言で俺の顔を見上げる。顔に『正気か?』と書いてある。


「……いや、普段のアイツはちょっとかなりコワイし苦手だけど」


「……血迷うなよ? アレは人間じゃない」


「判ってる。……ただ、歌ってる時が好きなだけ」


 ぞくりとする。白い、レナの顔。生きている人間の顔に見えないのに、その瞳が。青い炎、たたえているような、冴え冴えとした鋭くて熱い、瞳が。

 ぞっとする。全身に、痺れが走る。全身の血が、カッと熱を持つ。普段至近距離にいても全然平気なのに、歌ってる時のレナは……いつも、ヤバい感じになる。

 ひょろひょろの手足が、薄っぺらい胸さえもが、なまめかしくすら見えるんだから、コレを病気といわずに何と言おう。


「……女作るかな」


「バーカ、女なんかいたらバンド練習やってらんねーぞ?」


「いや、病気なのかと思って」


「……お前」


 がっくりと天野は肩落とした。


「判った。今度二人できれーなオネエチャンのいる店行こう!! そうしよう!!」


「……お前、入れるのかよ?」


「悪かったな!! 映画館、中学生料金で入れるよ!! ええ!! おかげ様で!!」


「悪ィ」


「いや、本当のコトだしな。けど、捨てる時は二人一緒だぞ。抜け駆けすんなよ」


「……それが本音か、オイ」


「こら、それくらいでマジな顔すんなよ!! 俺達親友だろう!?」


「あー、ハイ、ハイ、親友サマサマ、ね」


「……くそっ。どーせ俺の方が可能性低いよ。チビだし童顔だし……」


「スネるなよ、バカ」


「バカだよ、どーせ」


「安心しろ、俺もバカだ」


「……各務ィ」


 その時、始業のベルが鳴った。慌てて駆け出す。教室滑り込み、セーフ。


「各務!?」


 教室がざわついた。


「悪ィな、社長出勤だ」


 そう言って席に着く。


「……おまっ……なんでガッコ来てんだよっ!?」


「るせェよッ!! 人がガッコ来ようが何しようがカンケーねェだろッ!! ゴチャゴチャ抜かすとブッ飛ばすぞオラッ!!」


 それで静かになった。


「……お前、そんなんだから、不良だとか番張ってるとか言われるんだぞ?」


 天野がこそっと言う。


「うざってーのと面倒なのが、一番苦手なんだよッ」


「暴力はイカン。暴力は」


「うるせーよ、お前も」


「……お前もと来たか、お前もと。俺はな……っ!!」


「そろそろ授業時間だ。早く自分の席行けよ」


 天野は舌打ち。


「っとバカ」


「るっせェ」


 席に着くとほぼ同時に、ガラッと戸が開いた。


「起立」


「礼」


「着席」


「……えー、授業始める前に、各務」


「はい?」


「後で職員室・谷川たにがわ先生の処へ行きなさい」


「……ハイ」


 どーせ説教だろーな。くそっ。



   ◇◇◇◇◇



「各務、お前、行方不明になってるぞ。家へ電話しなさい。昨日、弟さんの件で家に電話したきり、戻らないし連絡もないと、心配していらしたよ」


「…………」


「気持ちは判るが、ご両親に心配掛けちゃいけない。弟さんが亡くなった今、君だけがたった一人の子供なんだ。

 君までどうにかなったら、と心配するのは当然だろう? すぐ連絡しなさい」


「…………」


 差し出された受話器を取る。番号を押す。


〔……もしもし〕


 母親の声。


「……俺」


〔佳月!? 佳月なの!? 今、何処にいるの!?〕


「……学校。授業受けてる」


 三限から、とは言わない。


〔……ああ……あんたって子は……っ!!〕


「…………」


〔今日、帰って来るわよね!?〕


「帰る」


〔早く、帰ってらっしゃいよ!! お父さんも……っ〕


 ガチャン、と受話器を置いた。


「……ドーモ、心配掛ケテ、申シ訳アリマセンデシタッ」


「判れば良い。さ、戻りなさい。授業受けたければ受けていっても良いが……なるべく早く帰って、ご両親を安心させてあげなさい」


 ぺこりと頭下げて退室する。……バーカッ。


「……どうだった?」


 天野。


「予想通り。大したコトない。行こうぜ」


 だーれが授業受けたくて受けるっつーの。担任だから俺の成績知ってんだろが。


「各務ィ、帰り、どっかで何か食ってこっか?」


「余計な気ィ回さなくてイイんだよッ、バーカ」


「ってーなーっ。上から殴んなって」


「殴りやすいんだよ、お前の頭」


「もうちょっと丁寧に扱え。壊れっだろ」


「あのなーッ……」


 恐くて、まだ鏡は見れない。亡霊なんて、信じちゃねーけど。



   ◇◇◇◇◇



「……遅刻せずに来たな」


 無表情で、眉一つ動かさず、口だけ動かして喋るから、コイツ、コワイんだろーな。早速スタジオ入って、レナのシンセと音合わせして、セッティング。

 天野のカウントで練習開始。……また、ビョーキが始まる。それを吹き飛ばすように、ギターに集中する。

 目を閉じても、魔物のように耳から侵入してくるレナの声。熱に浮かされたようにギター掻き鳴らす。

 ……エクスタシー。曲のクライマックスで達して曲の終わりでようやく醒める。気が狂いそうなくらい、中毒してる、俺。


「……佳月、すぐトリップするよな」


 ギクリとする。


「ま、演奏はイイから許してやるケド」


 ギク、ギク。


「……お前、その顔」


「……なッ……何だよッ!?」


 レナは冷たい瞳で見て、


「ま、いっか」


「何なんだよッ!?」


「言って欲しいのか?」


「……何を……」


 心臓がどくどく言い出す。


「まるで、ヤッてるみたいな顔するよな」


 ……なっ……!?


「おい、コラ、レナッ!!」


 天野が間に入る。


「ヤラシイ顔」


 誰か止めてくれッ!!  この女ッッ!!

「レナ!!  お前っなあっ!! 」


 天野が叫ぶ。


「お前、女のクセに『ヤッてる』とか言ってんじゃねーよっ!!  もっと恥じらい持て!!  愛らしさとか色気とかイラナイから……っ!! 」


「……つまらないね」


 ふっと氷のような笑みを浮かべる。


「チビみたいなコト言う男って、ホントつまらない」


「……なっ……!?」


「おいコラ待てッ天野!!  一応コレでも女だ!!  殴るのはやめとけ!! 後悔するぞ!! 」


「各務と一緒にすんな!!  誰が殴るつった!!  もーいいっ帰るっ!! 」


「待てって!!  カンシャク起こすな!!  おいレナ、お前が悪いんだぞ!!  謝れ!!」


「何で?」


 無表情で。


「何でってお前、天野を怒らすようなコト……」


「……先に言ったのはチビだ」


 こ……こいつでも怒るのか。けど、表情変わってないぞ?


「それはお前が先にヘンなコトを……」


「ヘン? それはお前のコトだろう? 音楽に欲情してんじゃないよ、ヘンタイ」


 ……ぐっ……。


「本当、お手軽だよな。ギター弾きながらオ×ニーしてるのか?」


 ……ッ!!


「……お前なァッ!!  いくら何でもそれ以上言うと、俺だってッ……!! 」


 途端にレナは能面のような顔のままで、


「悪かった」


 何の抑揚もない声。


「……悪かったな」


 にこりともしないで。……それは初めて、レナが謝った言葉、だった。頭など下げたりしなかったが。俺は天野と顔を見合わせた。


「何だ? 土下座も必要か?」


 全くの無表情で。


「……えッ!? いやイイッ!!  十分だ!!  悪ィッ!!  こっちの態度も悪かった!!  すまんッ!! 」


「ふうん?」


 でも、やっぱりレナは無表情だった。こいつって……。


「次、始めないのか?」


 レナ。


「時間、勿体ない」


「……悪ィ」


「ああ、そうだ」


「へ?」


「曲、忙しいだろうから急がなくて良い。どうせ期限があるワケでなし」


「……あ、うん」


 どういうつもりであの曲書いたんだ、とは恐くて聞けなかった。


「何か顔についてるか?」


「……あ……いや……お前って(一応)美人だなっと……」


「…………」


「……あ、悪ィ、いやこれはセクハラじゃなくて……」


「いや、本当のコトだから別にイイけど」


 さらっと言うか!?  さらっと!!


「……女王様……」


 ぼそりと天野。


「何か言ったか?」


 白い目でレナ。


「いや、何でもない!!  何でもないッ!!  気のせい!!  気のせいッ!! 」


 バカ天野、何てコトを!!  コイツ怒らすとメチャメチャ恐いって知ってるクセに!!


 結局、その日俺が家に帰ったのは八時過ぎだった。ファミレス経由で。

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