第2話 変えられた未来

 トマトレッドは光なき黒の街並みをよたよたと歩いていた。

 今にも力つきそうな、弱弱しい歩き方だった。

 今日も黒の兵隊に叩きつけられて、衰弱していた。

 そんななか、少し離れたところにいる黒の兵隊たちの間で小さな喧騒があった。

 誰かが、黒の兵隊たちに虐待されているのだ。ひょっとしたら、光のものがいるのかもしれない。トマトレッドは、気になって、黒の兵隊たちの中に跳びこんでいった。

「何だ、何だ。また、新しく敵がやってきたぞ」

 黒の兵隊はそういった。

 そして、トマトレッドの腕を取り押さえようとする。

 しかし、いつもいつも簡単に取り押さえられるトマトレッドではなかった。今日は右手に光の剣を持って、黒の兵隊に襲いかかる。

「いったい誰が」

 トマトレッドがいった。いったい誰が、黒の兵隊たちに虐待されていたのだろうか。

 見ると、そこには、ターコイズブルーの女の子が黒の兵隊に連行されていた。

 黒の兵隊にどかどかと足で蹴られている。

 トマトレッドの胸がきゅんとした。

 仲間だ。こんなところに、一緒に黒の帝国に逆らうべき光のものがいた。助けてあげなければ。

 トマトレッドが近づくと、ターコイズブルーは口から血をべっとりと吐き出した。げぱっと血が黒の兵隊にかかる。

「苦しい。苦しい。わたしの体を蝕むものは何者。トマトレッドの呪いがわたしに降りかかったというが、この苦しさがトマトレッドの呪いなのか」

 ターコイズブルーがうめき声を出す。

「おれだよ。おれがトマトレッドだよ」

 トマトレッドがターコイズブルーに聞こえるように大声で叫ぶ。

「おら、黒の帝国に忠誠を誓うんだ」

 そういって、黒の兵隊がターコイズブルーを殴った。

 また、ターコイズブルーが口から血を吐き出す。今にも死にそうな、ターコイズブルーだ。

 トマトレッドは光の剣で黒の兵隊に斬りかかり、ターコイズブルーを黒の兵隊から引き離す。

「逃げるんだ。きみの名は」

「あたしはターコイズブルー。助けてくれるの」

 ターコイズブルーは突然やってきた味方に感激する。この黒色に覆われた帝都で、光輝くトマトレッドとターコイズブルーは目立つ。黒の帝国に支配されるこの宇宙にあって、それは孤独と孤独との巡り会わせだった。たった一人、孤独に生きてきたトマトレッドにとって、初めて出会った光のものの仲間だった。

 トマトレッドは死んだ母親の胎内から生まれ、雑草を食べて黒の帝都で這いつくばって生きてきた。トマトレッドの母親はゾンビだったともいわれていた。そんな孤独なトマトレッドにとって、ターコイズブルーは初めて会った境遇を一緒にできる仲間だった。もの凄く胸がきゅんとした。

 一方、ターコイズブルーはというと、黒の帝都の片隅で、コバルトグリーンの母親と一緒に、黒の兵隊に見つからないように細々と生きてきた。それが、昨日、いいしれぬ呪いを突然受け、全身が病に襲われ、全身がだるくなり、しびれるような激痛とともに血を吐くようになった。そして、呪いを受けて、気がゆるんだ所為か、思わず中心街に足を踏み入れてしまい、黒の兵隊に見つかり暴行を受けていたところだった。

 ターコイズブルーは、トマトレッドとの出会いを心の底から喜んだ。すべては決められていた通りだ。ターコイズブルーは、トマトレッドにしがみついた。トマトレッドも、ターコイズブルーを守るために、ターコイズブルーを後ろにまわして、光の剣を振りかざす。

 しかし、その程度で黒の兵隊に勝てるほど、甘くはなかった。トマトレッドの光の剣では黒の兵隊の体をかき消すことはできず、黒の兵隊の暴行を止めることはできなかった。黒の兵隊にぼこぼこに殴られるトマトレッドとターコイズブルー。

 大勢の黒の兵隊に囲まれて、なすすべのない二人。黒の兵隊は、充分に二人を痛めつけると、二人を町外れのどぶの中に捨てて、帰っていった。

 全身を痛めつけられ、身動きも取れなくなっていた二人だった。

 最初に動いたのはターコイズブルーの方だった。大きくのけぞって、口から血を吐き出したのだった。

「大丈夫?」

 トマトレッドが心配して、聞いた。

 それを鼻で笑うかのように吐き捨てるターコイズブルー。

「あたしは、あたしを好きになる男の子の身代わりに呪いを受けたの。まったく、いい迷惑だわ」

 それを聞いてショックを受けるトマトレッド。

「きみを好きになる男の子っていうのは、おれのことだよ。今でも、胸がきゅんとなるんだ」

 トマトレッドが告白する。

「まあ、いいわ。あなたがトマトレッドだというのなら、あたしにもチャンスがあるんだから。あなたを踏み台にして、この黒の帝国でのし上がって見せるわ」

 ターコイズブルーが不気味なことをいう。

「この黒の帝国で、光のものがのし上がる方法なんてあるわけないだろ。光を、光を探さなくちゃ。一緒に、光のあるところへ逃げよう。この宇宙のどこかにあるという、光輝く星を探しにいこう」

 空を見上げても、星明りなんて見えはしない。真っ暗だ。黒の帝国の空は、昼も夜も真っ暗闇だ。光なき漆黒の闇が支配する帝都であるから当然である。この光なき帝都において、光のものであるトマトレッドやターコイズブルーは明らかに異端者だった。存在すべきでない邪魔者だった。

 ターコイズブルーは、傷だらけのトマトレッドを哀れみ、秘密の自宅であるコバルトグリーンの家に案内した。

「いい。ここは絶対に秘密だからね。あなたがトマトレッドだというから、特別に教えてあげるの。ここがあたしの住んでいる家だよ」

 黒の帝国にあって、外側は完全な黒色で塗りつぶされた建物だった。窓にも幕が下ろしてあり、中の光が一切、外に洩れないようにできていた。

 誰も見ていないのを確認して、ターコイズブルーがあっという間に扉を開ける。

「すぐ入って」

 二人が入る間に、少しだけ、入口から光が洩れる。危ない、危ない。そんな光を黒の兵隊に見つけられでもしたら、この家を叩き壊されかねない。本当に、一瞬の気の緩みもなく気をつけなければならなかった。

 トマトレッドは、中に入って、その鮮やかさに目が覚める思いだった。部屋の中を強いコバルトグリーンの光が覆いつくしている。この黒の帝都にあって、光で満ちた部屋を訪れたのは、子供の頃に光の使者に出会って以来だ。

「まあ、ターコイズブルーが男の子を連れてくるなんて初めてね」

 と、家の主人であるコバルトグリーンがいうのだった。

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