第2話

 地球から出発した人類の宇宙船は海王星軌道の外側を飛んでいる最中にロキシーに捕獲された。ロキシーはすぐさま宇宙船を解体し、その中にいるヒトを探しあてた。ヒトは分解されながら解析され、それが知性をもった生命であること、道具を改良する習慣をもつこと、そして、異質なものであることが判明していった。

 宇宙船の乗組員の何人かは脱出に成功し、無事地球に帰り、白い糸くずのような地球外生命体を見たと大々的に報告した。

 これが最初の遭遇である。

 地球側は大騒ぎになったが、ロキシーの側では事務的に処理されていた。ロキシーはすでに千を越える数の異種文明に遭遇しており、その対応はマニュアル化していたからだ。地球からやってくるあらゆる探査船を徹底的に捕獲し、有無を言わさず分解し、解体し、解析していった。ヒトの脳を電磁気的な解析にかけると、それが精神中枢であることが判明した。捕獲されたヒトの脳を大量に分解しながら解析していき、それによって、すぐさま、地球側の言語の解析に成功し、地球のことばで地球人に語りかけるようになった。

 ほとんどにおいて、ロキシーの対応の方が人類のそれより早かった。ロキシーが地球に通信を送ってくる。ロキシーの通信は地球人たちの情報機械をジャックして、強制的に内容を伝えてくる。テレビが、電話が、ラジオが、さまざまな情報機器がいっせいにロキシーからの通信を流しはじめる。目の前にあるテレビが、突然いきなり切り替わって、ロキシーの放送を流し始める。

「降伏せよ。我々に友好の意思はない。我々の命令にすべて従え。従属せよ」

 そして、その後で、ロキシーの偉大な成り立ちについてだらだらと冗長な説明がつづく。その放送の中で、彼らは「我々はロキシーである」といった。その意味不明のことばを信じ、地球人は彼らをロキシーと呼ぶようになった。

 情報力において、ロキシーはあきらかに人類を上まわっていた。情報力だけではない。その言語学においても、電気機械技術においても、ロキシーは人類より上だった。いまだに人類はまるでロキシーのことばを解明することができないのに、ロキシーはすでに地球のことばを自由に使って交渉をしかけてくるからだ。

「我々はロキシーである。我々は最も偉大な生命体だ。よって、この銀河を征服することにした。降伏せよ。そして、従え。我々は星を越えてやってきた。おまえたちを征服する。降伏せよ。そして、従え。……」

 テレビの画面がロキシーを映し出し、ロキシーの奇妙な体操を放映し、さらに、ロキシーの乗っている宇宙船を映し出した。それから、意気揚々と銀河を侵略しつづけるロキシーの征服活動をざっくばらんに放送していった。ロキシーの軍事番組だ。内容を正確に理解した地球人は一人もいないが、どうやら、ロキシーは銀河の何分の一かをすでに征服し終えているようだった。

「地球は終わりだ」

 誰かが呟いた。

 もうすぐ、ロキシーの宇宙船が地球に到着する。


 地球最高会議が開かれた。

「戦争だ。戦うしかない。探査船の乗組員はすでに殺されているんだぞ」

 会議は喧々諤々の大議論になったが、結論はおおむね大多数が一致していた。すなわち、戦争である。地球側の安全が確保できるまで、軍事力でもってロキシーの行動を制限することが決定した。その過程で破壊活動が行われてもしかたないとする大多数の意見がまとめられた。

 かくして、地球側は宇宙航空機のほとんどを動員して、ロキシー討伐軍を結成した。一大決戦だ。負ければ、地球は侵略されてしまう。絶対に負けるわけにはいかない。可能なかぎり最強の火力兵器が準備された。最強の炸裂弾に、最強の鉄鋼弾。地球で最も高性能な宇宙巡航ミサイルに、最も高性能な迎撃ミサイル。わずかだが、ひょっとしたらロキシーに効果的かもしれない化学兵器に細菌兵器。そして、最初の戦いから、核兵器も搭載された。地球側は、全力の戦力を整えていた。戦うと決めたら、少しも手加減するつもりはなかった。

 地球にとって、初めての異種文明との戦争だ。どのくらい勝算があるのだろうか、みんなが疑問に思った。そうだな、そりゃあ、苦戦するのは当然だろう。世の中、そう甘くはないさ。それ相応の被害が出ることは覚悟しておかなければいけない。だが、人類というやつは、本当に乱暴な生き物で、殺し合いに関してはちょっと突出した才能を持っている。だから、人類の爆弾は、地球外生命体に対してもけっこう効果的なのではないか。ロキシーの宇宙船も爆弾をくらったら壊れてしまうだろう。

 ぼくらが犯してしまう失敗のひとつに、何でも人類の視点でものごとを見てしまうということがある。この広い宇宙で、そんな先入観は自分たちの足枷となる以外の何物でもない。ましてや、その相手が銀河を征服しつつある種族だというならば、なおさらだ。ロキシーの武器が人類と同じような爆弾だろうか。ロキシーの防具が人類と同じような装甲だろうか。そんなわけはまずないのである。

 ロキシーの道具の規模というものが、人類のそれとは大きく違った。

 ロキシーの宇宙船の武器は、恒星砲という大砲だった。それは人類の大砲よりもだいぶ威力のある大砲であり、恒星を一個撃ちだしてくるのだ。燃えさかる恒星。温度は十万℃を越え、大きさは太陽よりも大きかった。かわせない。ものすごい速度で飛んでくる一個の恒星をかわすことができない。

 一撃。まさに、ただの一撃だった。一撃で地球側の宇宙艦隊はすべて消滅してしまった。

 絶体絶命である。

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