涼宮ハルヒの静止

Sin Guilty

涼宮ハルヒの静止

 どうしてキョンが好きなのか。


 それは私自身にもわからない。


 いつ好きになったのか、どこが好きになったのか。

 頭は悪くないつもりなんだけど、さっぱりわからないのよね。


 箇条書なら、いくらでもできる気がするわ。


 最初の席が近かった。

 どう考えても頭のおかしい言動の私に、向こうから話しかけてくれた。

 私の髪型に気付いてくれた。

 「S.O.S団」をつくるきっかけを作ってくれた。

 無茶苦茶言っている私に、ものすごく付き合いがよかった。

 

 結構顔が好き。

 

 斜に構えたふりで、やさしい所が好き。


 夢に出て来た。


 そこで以下略。


 ポニーテールを褒めてくれた。


 私の馬鹿が度を過ぎると、真剣に怒ってくれた。


 どんな我が侭でも、キョンに出来ることなら最後は折れて聞いてくれた。


 なによりも、こんな私を絶対に否定しないキョンが私は好き。


 ――大好き。


 そんな理由ならいくつでも並べられる。

 キョンが望むなら一日中、ずっと並べて見せるわ。


 多分真っ赤になりながら、「勘弁してくれよ」とか言いながら聞いてくれるんでしょう、キョンは。


 その時はたぶん、私も真っ赤になっているとは思うけどね。


 だけどそういう事じゃない。


 私がキョンを好きなのは、そんな箇条書出来る理由じゃないって事に、私はとっくに気が付いている。


 一目惚れだとか、恋とはそういうものだとか、そういう話とも断じて違う。


 ――人を好きになるって事は、その人に心を奪われるという事。

 ――だから人を好きになったら、人はバランスを失うの。


 そういう甘酸っぱいものならよかったんだけど。


 どうやらそういうものでもないみたい。


 ほんとうなら奪われるべき私の心は、最初からキョンの手の中にあった気がするわ。


 小学生から中学生時代、どんな男の子からどんなふうに言われても私の心はほんの少しだって動かなかった。

 片っ端から「彼と彼女」という関係になってみたりもしたけど、何の変化もなかったわ。


 誰にも言わないけれど、ホントはそのことをちょっと後悔も反省もしてる。


 最初の彼氏っていう、そんなものでさえ捧げたいと思える相手がいることを知ったから。

 私のことを、今の私がキョンを想うように想ってくれていた人もいたかもって思えるから。


 ――キョンに出逢って、ヒトを好きになるっていうことを私は知ったから。


 キョンのすることに私は笑う。

 キョンの言葉に私は喜ぶ。

 キョンの態度に私は落ち込む。


 キョンに触れられて、私は赤くなる。


 キョンの一挙一動に、私の心は振り回される。

 私の心なのに、あたかもキョンのものであるかのように。


 周りは私がキョンを振り回していると思っているだろうけど、実は全然違う。


 振り回されているのは私。

 いまいましいけれど、それが真実だと私こそがよくわかっている。


 古泉君あたりは気付いてそうだけど、あえて確認したりはしない。


 だったら、私はどうしたいのか。


 まどろっこしいことは嫌い。

 好きならさっさと付き合って、いちゃいちゃすればいいんだわ。


 キスしてエッチなことして、それで満足ならそうすることに躊躇なんてしない。

 だって私がキョンを好きな事は、間違いないことなんだから。


 だけどそういう事でもないみたい。

 どうやら私は、今の関係が一番気に入っているみたい。


 有希がいて、みくるちゃんがいて、古泉君がいて――なによりもキョンがいる。


 「S.O.S団」の部室で、在りもしない不思議な事を求めて馬鹿な騒ぎを繰り返す。

 休みの日は街へ繰り出して、不思議探し。

 長期休みにはいろんなところへ行って、いろんなみんなを見たいわ。


 ――だけど。


 だけど二年生になって思った。

 当たり前だけど、ずっとこんな日々が続くはずなんてない。

 来年は三年生になって、受験して大学生。


 それはそれで楽しいと思う。


 でも時間が進めば、関係が深まれば、距離感だってきっと変ってくる。

 

 私とキョンがそうであるように、有希とキョンも、みくるちゃんとキョンだって同じだわ。


 ピーターパン症候群シンドロームみたいにずっと高校生でいたいだなんて、私は全然思わない。


 「S.O.S団」のみんなで大人になって行くなんて楽しいじゃないの。

 大人になっても馬鹿が出来る仲間がいるって、すっごくいいことだわ。


 そう思わない、キョン?


 あんたは思うわよね。

 なんだかんだ言ってあんたが「S.O.S団」のみんなを大好きなことくらい、私はお見通しなんだから。


 私の事も含めてね。


 でもだけど。


 私がキョンと「彼氏と彼女」になってしまっても。

 有希やみくるちゃんがそうなってしまっても。


 「S.O.S団」の空気は無くなってしまう。


 万が一、古泉君とキョンがそうなったら、世界なんて滅んでしまえばいいわ。


 そんなのは嫌。


 そうなるくらいなら、今のまま、未完のまま物語が閉じてしまえばいい。


 ハッピーエンドも、バットエンドも来ない。


 ENDマークはうたれない。


 この想いに決着はつかない。


 一番居心地のいい今の想いと関係のままに、キョンも私も――世界ごと静止してしまえばいい。


 いつでも再開できる――それだけを心の拠り所にして、眠り続ければいいわ。

 つまらない「おしまい」が来るくらいなら、そっちの方がずっといい。


 おやすみなさい、キョン。


 私が好きになった人。


 私の一番大事な人。


 おはようを言う事は、もうないわね。



 ――なんてね。






――そうして2011年6月15日。


世界は――涼宮ハルヒは静止した。



2018年3月7日。


彼女の世界は未だ、目覚めの時を迎えていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涼宮ハルヒの静止 Sin Guilty @SinGuilty

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ