終わる世界の、君と僕

炭酸。

序章

 2098年、3月4日。第三次世界大戦。

 この大戦で世界は疲弊した。

 人口は減り、誰もが己が生きることに執着した。他者を蹴落とし、奪い、傷つけ、殺した。

 もう、何も残っていない。

 優しさや思いやり、そんな綺麗なものは一かけらも残っていない。

 空は核兵器の影響で舞い上がった粉塵や、大地が疲弊しすぎたことによって噴火した山の火山灰が舞い、太陽の光は一切届かない。川や海は汚れ、人々が飲めるものではなくなっている。家畜や海産物、農作物はすべてが死に絶えた。世界に残されたのは人間という愚かな生き物だけだった。

「大丈夫か? 寒くないか? 今食べ物持って来てやるから」

 少年は電気もなく薄暗い部屋の中で、ボロボロの毛布を羽織り地面に横たわる少女に問いかけた。

「げほっ、げほっ……だい、じょうぶ、だよ。わたしのことは心配しないで?」

 少女の表情は、言葉とは裏腹に青白く、とても大丈夫とは思えない。少年は目の前の少女の頭を撫でる。少女がくすぐったそうに笑うが、その笑いにもはや生気はない。少女の頭を撫でることしか出来ない自分に腹が立つ。

 もう水も、食料もない。

 人の心ですら、荒みきっている。

 助け合いなんて言葉は等の昔に消え失せた。

 でも、せめて、せめて、目の前の少女だけでも救ってほしいと、少年は願う。誰に願うわけでもない。誰かが助けてくれるなんて思っていない。ましてや神様がいるとも思っていない。ただ、何でもいい、誰でもいい。たとえ悪魔だろうが、目の前の少女を救えるのなら自分の魂を売っても構わない。ただそう思っていた。

 だが現実は甘くない。運んでくるのは常に絶望か死のどちらかだ。

 少年が少女の頭から手を離すと、ふと部屋の外から声が聞こえた。

「ははっ! お前知ってるか? 意外と人間って美味いんだぜ? こんな世の中じゃたべるもんなんて人肉くらいだろ! どっかにいねぇかなぁ、人間。今すぐ料理してやンのになァ……」

「俺も昨日初めて食ったぜ。この世の中であんなに美味いもん食ったの久々だなァ。あのほのかに酸っぱいのがうめぇよなァ。あー腹減った、このあたりに死にかけの兄妹がいるって話なんだがなァ……? 早く俺らの飯になってくんねぇかな?」

 扉の外から二人組と思しき男の、下卑た笑い声がする。

 人を食べる……? 冗談じゃない。馬鹿げてる。少年はその言葉に吐き気すら覚えた。だが、あの口調からして男たちは本気だろう。もし見つかれば間違いなく食料にされてしまう。

 少年は息を潜める。今この場所から出ていけば、見つかるのは目に見えている。ならば、男たちをやり過ごす以外に手段はない。

「お兄ちゃん……? どうしたの、大丈夫? げほっ、げほっ、げほっ!」

 少女が少年の緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、声を上げると同時に大きく咳込んだ

「大丈夫か? 心配しなくていい。大丈夫だから」

 少女の背中を優しく撫で、ゆっくり呼吸をするように促す。しかし、

「あァ? この部屋だなァ? へへへっ、見つけたぜぇ、大事な獲物をよォ!」

 少年は歯がみをする。見つかってしまった。せめて目の前の少女だけでも守らなくては。

「お兄ちゃん、ごめんね。ごめんね」

「気にしなくていいよ。すぐ戻るから待ってて」

 少年は優しい笑みを少女に向けると、傍においてあった剣を持ちゆっくりと立ち上がる。 戻れる保証はない。むしろ戻れる可能性は限りなく低い。でも、戦わなければ全部失うのだ。

 少年は男が部屋に入ってくる前に内側から扉を蹴り飛ばした。

 外に出て、周りを確かめるも男たちはいない。

 少年の頭に嫌な予感がよぎったその時。


「いやぁぁぁぁぁァァァァ!!!」


 少女の声が聞こえた。少年が戻るとそこには、

「はっはっはァ! バカだよなァ! 子供ってのは! 力の弱い方から狙うのは狩りの鉄則じゃねぇか! なぁ、少年! 一つ勉強になっただろ?」


 男が、少女の引き千切られた小指を咥えていた。

 その隣の男は引き千切られた少女の耳を咥えていた。

 さっきまで少女が寝ていた場所は真っ赤に染まっていた。

 さっきまで少女が羽織っていたボロボロの毛布の色が変わっていた。


「よォ、少年? お前も食うか? 腹減ってんだろ?」

 男の言葉は、少年の耳に入らない。


 大切な人だった。


 誰よりも大切な人だった。


 大好きだった。


 愛していた。


 失いたくなかった。


 失えなかった。


 なのに、なのに、なのに、







 

 なのに、なのに、なのに、なのに、なのに、なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのなのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのに




「……返せよ」


 食いしばりすぎたせいで口は血で溢れた。


 握りすぎた拳も血で溢れた。

 

 悲しみのあまり目からは血の涙が出た。

 

 だが、そんなことどうでもいい。




 殺 し て や る




 コ ロ シ テ ヤ ル




 すべて、壊してやる。みんな、殺してやる。




「返せ、カイを返せええェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!」





 手に持った剣を振り下ろしたと同時に、辺りに鮮血が舞う。



 紅く、紅く、紅く、生臭いにおいをまき散らしながら。



 薄暗い空に、すべてを憎んだ悲しき少年の叫びが木霊する。


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